第八章

第86話:初めてのお買い物

昨日はひな祭りということもありブノワの親父達と夜中まで飲み続けていたらしいアベルは、よく分からないがエメさんに滅茶苦茶怒られていた。まあ俺には関係ないのでどうでもいいのだが。


ちなみに親父達二人は地球の酒を珍しがって馬鹿みたいに飲んでいたせいで仲良く二日酔いになっていたが母さん達が引きずって帰って行った。


そんな二人を眺めながら実はこの世界に来てから初めての買い物をしに家を出てきたのだが


「なんでお前ら二人が付いてきてんだよ。誰も誘ったは覚えはないぞ」


「なんでって基本家に引きこもってるソウジ君が珍しく髪の毛までセットして玄関に一人で向かってるところを見たらついて行きたくもなるでしょ。それにソウジ君の予定は全部私が管理してるんだから、どこかに出掛けることは最初から知ってたしね」


確かに普段の寝癖を直すだけの姿に比べれば櫛で髪の毛をとかしてるだけでも珍しかっただろうけど、セットではないだろ。あと別に一日中引きこもってないし、毎日訓練場と家の往復をしてるし。極力家から出ないのにだってちゃんと理由があるっつうの。


「わらわは単純に予定が無くて暇しておったらお主が出掛けようとしておるところが見えてのう。気になってついてきただけじゃ」


「なら目的地を教えてやるから帰れ。少なくとも今はお前に関係ない場所だ」


「それにしてもお主、凄い人気じゃのう。さっきから子供の元気な声やら女子の黄色い声がよう聞こえてくるわ」


サラッと話をすり替えてんじゃねえぞ、ロリババアが。


「それに手を振ってる子にソウジ君が手を振り返すと今度は『きゃ~♡』って声が聞こえてくるしね」


「その代償かの如く男共から呪いの呪文のようなものが聞こえるんだが、これは俺の気のせいか? そして何故お前らは手を振られても振り返してやらないんだ?」


というのも主に男共が明らかにこの二人に向かって手を振っているのだがそれらに対して軽く微笑みはするもの一切手を振り返そうとはしないのだ。


「お主のように誰彼構わずそれをやってしまうと自分に気があるのでは? と思わせてしまうかもしれんからのう。こういうのは社交辞令程度で返しておくのが一番よいのじゃよ」


(俺はただミナに教わった王族が外を歩いている時の対応ってのをやってるだけであって女好きってわけじゃないからな)


「あ~、そういえばリビングでそんな授業をやってたね。他には何を習ったの?」


周りに聞かれるのはあれかと思って念話で話したのに無視かよ。まあ無言で歩いてるのも変だしいいか。


「愛想よく振る舞えって言われた」


「あははははは、全然出来ておらんではないか」


「でも報告書によるとソウジ君の場合は逆にそれが人気に繋がってるって書いてあったよ」


これに関しては少し気になったので詳しく聞いてみると、なんでも普段は挨拶などをすればクールに返してくれる姿とティアと二人っきりの時(修行時の二週間の一部映像)の無邪気な姿にギャップがあっていいとかなんとか。ただ愛想が悪いだけなのにクール扱いしてくれるとかお前ら頭大丈夫か?


「そんな報告書あったか? 昨日は午前中寝てたぶん夜に一人で仕事をしてたが見てないぞ」


「そういう報告書はソウジ君に回る前に私達が全部止めてるんだから当たり前だよ。昨日の分にもそういうのが一つあったけど見せてあ~げない♪」


本当はミナとマイカの二人に注意すべきなのだろうが、嫌われている報告書ならまだしも自分が褒められているものなら別に読まなくても大丈夫か。そんなもの一々読みたくないし。






その後も同じような状況が続き、正直面倒くさくなり始めたところでようやく目的地に着き


「確かお主はこういう店は嫌いではなかったかの?」


「そういえば少し前にミナがソウジ君を高めの洋服屋に連れて行こうとした時なんか凄い嫌がってたもんね。それなのによくこんな所に一人で来ようと思ったね」


「正式に三人と婚約する以上指輪くらいは渡しておかないと後が怖いからな。俺は初めてマイカ達に服を買ってきた日のことを、そしてあの時の高くついた代償を一生忘れないと決めたんだ。……というのは半分冗談で、いくら俺でもそれぐらいは用意しなきゃなとは考えてたんだよ。ってことで先に入れティア、そしてここの店員の人間性を見極めてこい」


こういう店が嫌いなのには幾つか理由があるのだがその中でも一番のそれは店員にどう思われてるか気になってしょうがないという点だ。これに関してはただの気にし過ぎだということは分かっているのだがどうしても店員に『ここはお前が来るような所じゃねえよ』と思われている気がして普通に怖い。


分かる人には分かると思うが、俺はサイ○リヤなど誰でも入りやすい雰囲気の店は普通には行くけどス○バみたいなTheお洒落な人が行く所みたいなのには絶対に行かない派である。というか頼まれても行きたくない。


その為本当はこんないかにも高級店って感じの、しかもジュエリーショップなんて場違いな場所になんか死んでも入りたくないのだが今回は流石にそんなことも言ってられないのでせめて店員が良い人そうな所に入ろうということでティアに偵察を頼んだんのだが


「仮とはいえお主はこの国の王なんじゃから感謝こそされど、誰も馬鹿にしたりなんてせんわ」


「すごーい! なんでソウジ君の心を読んだわけでもないのに分かったの?」


「わらわはこやつといる時間が意外と長いからのう。特定の分野だけに絞ればミナ達が知らんことも知っておるぞ」


何故かティアは自慢げにそう言うとマイカは対抗心を抱いた子供みたいに


「私だってティア達が気付いてないだろうソウジ君の――を知ってるんだから!」


――ってなんだよ、――って。上手い具合に隠してんじゃねえぞ。


「こやつはただの子供のように見えてたま~に大人な部分が出てくるからのう。時々わらわですら心を読めんことがある程じゃし」


「ミナも含めてソウジ君のことを一定以上知ってる人はみんなそう言うけど、実は違うんだよな~」


自分のことながらマイカが何を言いたいのかは分からないがこれ以上喋らせてはいけない気がしたので俺は無理やり話を切るために店の扉を開け


「おい、何時までもこんな所にいたら邪魔になるからさっさと入るぞ」


「あっ、これ、勝手にわらわの手を握るでない。というか手を繋ぐなら歩調くらい合わせんか!」


「それって喜んでるの? それとも怒ってるの? あと手を繋ぐなら私も右手がいいんだけど。ティア変わってよ~」


こいつら、俺が店員の目を気にしてるって知ってるくせして騒ぎ続けるとかいい度胸してるな、おい。これで店員に変な目で見られたら一生お前らのせいにするからな。


などと考えながら店の中へと進むと面倒臭そうな客が来たためその相手を無理やり押し付けられたのか、この店では一番若そうな女の店員がこちらに近づいてきて


「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件でいら…っしゃった…のでしょうか?」


「え~と、その前に一つ聞きたいんだけど、他の客っているか? もしあれだったら―――」


「いっ、いません! 一っ人もいませんよ! ソウジ様達以外は誰もいませんので帰らないでください‼」


なんかその言い方だとここには滅多に客がこないみたいに聞こえるぞ。実際は違うんだろうけど。


「んじゃあ案内というか、ちょっと相談に乗ってほしいんだけど…ぶっちゃけ婚約指輪ってどんなの買えばいいんだ?」


「………え?」


「いやだから婚約指輪のデザイン決めを手伝ってほしいんだけけど。……あ~、そういえば言うの忘れてた。このことはまだここの店員だけの秘密にしといて」


店内に人がいるかどうかを確かめることしか頭になかったせいで一番重要なことを忘れていた俺はそのことを思い出した流れでなんとなくお願いしてみると、どうやらこの子は驚きよりも相手が気になったようで


「だっ、誰ですか⁉ もしかして今日一緒に来られたあちらのお二人のどちらかですか? それとも…両方とか?」


「いや、違うけど」


というかなんであの子達は熱心に別の店員の話を聞いてるわけ? 君達そんなにお金持ってきたの?


「う~んとじゃあ、騎士団にいる女の子の誰かとか?」


「それも違うな。というか面倒臭いから答えを言うと、ミナ・マリノとそのメイドのリアーヌ、あとうちで働いてるメイドのセリアの三人。ああ、セリアっていうのは昨日龍を操ってた子な」


「………私なんかがアドバイスをするなんて失礼なこと出来ませんので、ちょっと店長を呼んできますね」


歳が近いせいか話しやすい気がするため出来ればこのまま相手をしてほしいと考えていたものの、ここで無理に引き留めて立場にものを言わせたセクハラだの何だのと言われたくないので大人しく待っていると、さっきの子と一緒に店長らしき人が近づいてきて


「初めましてソウジ様。私ここの店長をしております、アデールと申します。本日は当店へ来ていただき誠にありがとうございます」


「そんなに畏まらなくていいですよ。別に俺はたまたま運が良かっただけの一般人ですし、本当ならこんな素敵なお店に来るような人間でもありませんでしたから」


今の俺には国王(仮)とはいえ立場というものがあるからいいが、ただの学生がこんな高そうな店に来たら場違いもいいところだからな。まあ結局今の俺にはその立場もこの店も場違いなんだけど、そんなことを気にしているようでは何時まで経っても変わらないとミナに教えられたのでそこは無視である。


「オーダーメイドのアクセサリーは付けてくださる方に合わせるものですが、立場というものはその方の努力次第で誰よりもお似合いになるものですし、その逆もあり得ます」


「一応俺の周りは厳しい人なのでかなり努力はしてるつもりですし、成長途中ってところですかね…って、決めるのはこの国の皆さんなんですけど」


「成長途中…ですか。少なくとも私の旦那はソウジ様のことを良い意味でそうは思っていないみたいですが、ご本人がそう言うのでしたら一つお願いがあります」


旦那さんって誰ですか? とは流石に聞けないので後で確認しとこ。俺にその話をしたってことは騎士団の誰かなんだろうし。


「ええ、私でも出来ることなら」


「では、少々言い方は失礼かもしれませんが、ご自分がまだ成長途中だというのでしたら…こちらも成長途中のエレーナをソウジ様の担当にしていただきたいのですが」


えっ、マジで? まさかそっちから言ってくれるとかラッキー。

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