第82話:処罰について

それから少しだけ雑談をした後三人は仕事に戻るために訓練場を出て行った瞬間、自分でも分かる程に顔を歪ませ


「はぁ…はぁ…はぁ、ぐっ―――⁉」


「………いっつも思うんだけどよ、確か師匠って坊主の魔法を使って治療してるんだろ? ならリアーヌなんかとは比べ物にならないほどのスピードで治せそうなのに、なんでこんなに時間が掛かるんだ?」


「確かに性能だけで言えば今のわらわが使っておる回復魔法の方が圧倒的に上じゃが、それを専門にしておるリアーヌと違ってこっちは素人じゃからのう。他の魔法ならまだしも治療関係となると慎重にならざるを得んからどうしても時間が掛かるんじゃよ。まあさっきの馬鹿共にしたような簡単な治療なら話は別じゃが」


おかげでこっちは長時間痛みに耐えなきゃいけないんだけどな。


「だからといってこんな常人がやったら頭がおかしくなって廃人コース確定の模擬戦をリアーヌに見せるわけにもいかないからしょうがないと。あいつらは今回の見学を通して一体どこまで理解したのかねぇ」


「まあ最初の方は傷を完全に治してやっても記憶が残っておるせいで毎日廃人状態になっておったからのう。その状態でムラマサを振り回された時などは動きが全く予測できんせいで無傷で取り押さえるのが結構面倒じゃったわ」


「あ~、そんなこともあったな。人間て壊れるとここまで無茶苦茶な動きをしたり、化け物みたいな叫び声を出すんだなと思って怖くなったのを覚えてるわ」


「今はこうやって大人しくしててくれるまでに成長したがの」


そう言いながらティアは優しい顔をしながら汗でべちゃべちゃになっていたオデコをハンカチで拭き、前髪を整え始めた。


「はぁ…、なんでアベルが俺達の、はぁはぁ…、模擬戦について知っ…うぅ、……てるんだよ」


「お前よくそんな状態でさっきまで普通に喋ってたな。師匠とこれを始めてからまだ二週間とちょっとしか経ってないっていうのに凄い根性だことで」


こいつ、どこまで知ってやがるんだ?


「わらわ達がその日の盗賊狩りを終えた後に、こっそりここに来て模擬戦をしておったのは知っておる…というより最初の方は毎日見学しておったぞ。王族用の観覧席なら闘技場から見えぬようにもできるしの」


「なるほど、だからあんなヤクザみたいな…ことを自分の部下に、はぁ……、してたのか」


「ここにはアベルしかおらんのじゃから、苦しいならもう喋らずに大人しくしとれ。なにかあればわらわがお主の代わりに喋ってやるわい」


初めてティアの心が読める魔法が便利だと思ったわ。正直今の状態で喋るのは結構体力を使うから助かる。


「そういえばずっと気になってたんだけどよ、坊主って戦闘時は耳が聞こえなくなるはずなのにどうやって師匠と会話してるんだ?」


「あれはワザと口元をこやつに見えるように喋ってやって、それを読唇魔法で読み取っておるんじゃよ。まあこれをやるには戦闘時ということで複数の魔法を併用しながら使わなければならんし、何よりどちらか片方にだけ集中しておっては駄目じゃから実践ではまだまだ使い物にはならんがの」


使い物どうこうの前に、俺に口元を見せるためだけに敵に背中を向けるとか舐めプ以外のなんでもないだろ。お前なら余裕なんだろうけど。


「そもそもそんなことをせんでもわらわならお主に合わせて動けるし、模擬戦時にアドバイスをしてやる時以外は関係ないがの」


それもそうか。……疲れたから寝る。


「確かに疲れもあるのじゃろうが、痛みのせいで意識を保っておるのがギリギリなだけじゃろうて。なぜ何時も正直に言わずカッコつけるかのう」


うるせえ、ほっとけ………。






ティアの言う通り眠りにつく前は痛みによる影響もあったのだが、朝早くから釣りをしに行かされたりその後リアと色々したことによる疲れにプラスして模擬戦のせいもあって起きたのは夜ご飯の少し前だった。


そのため急いで家に帰りみんなで夜ご飯を食べた後、俺とティアは再び男子寮の食堂にきていた。アベルはどうしたかって? あいつなら今頃リビングで子供達と見たことない量の酢飯を混ぜてるよ。ちなみに魔法で俺が時間を止めているので冷めることも、腐ることもないので安心である。


「え~と、今度は全員いるな……。んじゃあ突然だけど俺からお知らせがありま~す。まず副団長はリサに決めたからよろしく~」


「これは完全に疲れておるな。リアーヌと楽しんでから帰ってきたことを知らんかったとはいえ、ちと無理させすぎたかのう」


「はい、隣のロリ婆がなにか言っていますが無視して話を進めていきますよ~。ということで次は皆さんお待ちかね、宗司陛下が侮辱された、していた奴(合計24名)の処罰についてで~す。パチパチパチ~」


あー、駄目だこれ。完全に疲れててテンションがおかしくなってる。家に帰る時は気を付けないと。てか明日の段取りはみんなに伝えてあるし、ちらし寿司の運搬は玄関にある転移魔法を使えばいいだけだから俺は昼過ぎに起きよう。そうしよう。


「あのソウジ様、この状況で拍手ができる方は中々いないと思いますわよ」


「この状況でこやつに意見できる者も中々おらんと思うがの。……あと、お主の隣で小さくじゃが拍手しておる者が一人おるぞ」


「あわわわわわ、もうこの二人と一緒にいたら僕の心臓いくつあっても足らないよ~」


「あっははははは、お前らホント面白いな。……ということで今後俺に何か言いたいことがある場合は陰でグチグチ言ってないで、ユリーみたいに直接言うこと。直接が嫌ならアベル・ティア・リサの三人に相談するか、玄関に意見箱と専用の紙を置いておくからそれでどうぞ。そうすれば匿名で俺に話が伝わるから」


「どうやらこやつはユリーとミリーの二人のことを気に入っておるようじゃし、この二人に言っても大丈夫じゃと思うぞ。ああ、勿論女子としてではなく人としてじゃから狙っておった者達は安心してよいぞ」


実際に狙ってる奴がいるのかは知らないけど、少なくとも女の子三人は一切興味なしって感じだな。可哀想に。


「んで、ちょっと話はズレたけど今度こそ処罰についての話しな」


そう言い終えた後、どことは言わないけど音楽室という名前の部屋がありそうな建物にお邪魔して無断でお借りしてきたスネアドラムとスティクを収納ボックスから出し


ドゥルルルルルルルルルルルルルル………ドゥン‼


「明日は騎士団員全員でちらし寿司を配ること。場所は訓練場を使用、来る人達は子連れの親子とお年寄りだから何時も以上に気を使うように。開始時間は朝の九時から夜の五時まで、ただし無くなり次第終了とする。仕事がある人もいると思うけど、そこら辺は明日までに自分達でシフトを組むなりしてなんとかしろ。これをちゃんとこなしたら今回の件は不問とする、以上」


ちなみになぜ子連れの親子とお年寄りのみに絞っているかというと、基本的には街の飲食店に協力をお願いしているのだが物珍しさで混むことは目に見えているし、そんなところにそういった人達を行かせるのは危険だろうと考えたからだ。同じ理由で孤児院にいる子達の分は直接アリス達が持って行くことになっている。


また飲食店でちらし寿司を受け取るには必ず一人一品何か注文しなければいけないので協力するメリットはちゃんとあるし、ルールを守らない奴は問答無用で国外へと強制転移されるように設定済みである。


「他にもなにか言っておくことがあったのではないのかの? 別にわらわは自業自得だとしか思わんし、これだけ甘い処罰で済んだのじゃからこれ以上お主がフォローしてやる必要はないと思うがの」


「ん? ああ、忘れてた。今回の件はそこの四人が悪いみたいに思ってる人がいるかもしれないけど元々俺に不満があればアベルに言ってくれってお願いしたのはこっちだし、伝え方が悪かっただけで別にその他は何も問題なかったんだから…余計な揉め事は起こすなよ」


この前ミナに自分の部下に優しいのもいいが、あまり甘やかし過ぎるのは国王としては駄目だと言われたので最後の部分だけ少し殺気を込めて言ってみると、何故か異常に怯え出す奴が多数現れた。


「やり過ぎじゃアホおぅ。相手を脅したいだけの時はちゃんと力量を測ってから殺気を出せと教えたじゃろ」


「ちゃんと測ったぞ。そこの三人で」


そう言いながら俺はユリー達三人を指さすと、ティアは呆れながら


「こやつらはこの騎士団の中ではトップクラスの実力じゃから全く参考にならんし、その実力を見込んだからこそミナが……なんでもないのじゃ」


「あっそ、もう面倒臭いからなんでもいいわ。帰ろうぜ」


ティアが言いかけた言葉が気にならないといえば嘘になるが、正直な話もう帰って寝たいので俺はティアの返事を待たずに玄関へと向かい始めた。するとユリーが後ろを着いてきたのでこの子も女子寮に帰るのかなくらいに考えていると、外に出た瞬間


「あの、ソウジ様」


「ん、なに?」


「今回の件ですが、あんなに甘い処罰で本当によろしんですの?」


いつの間にか俺の隣にいたティアが、いかにも少し付き合ってやれみたいな顔をしてるし答えてやるか。


「元々俺は気にしてなかったんだし、別にいいよ。あと理由はさっき言った通りな」


「皆さん勘違いしているようですけど、そもそも国王というのは戦場の前線に赴き戦果を上げることが仕事ではなく自国をより良いものにするのが仕事です。つまりソウジ様があのような過酷すぎる模擬戦を行う必要はないはずですわ」


「そうだな。でも俺は勇者召喚ではないとはいえ異世界から来た人間であり、みんなの想像を絶する程の力を持っている。そして動機はどうであれその力を使ってこの国の人々に希望を与えてしまった。だから俺は二週間掛けてどうにか人間を殺せるようになって帰ってきたし、みんなの期待を裏切らないよう今も努力し続けている。ただそれだけだ」


そう言うとユリーは納得したらしく、硬かった表情がほころび


「こんな素敵な方が馬鹿にされたとあればティア様がお怒りになるのも分かりますし、ミナ様達が貴方のことを好きになるわけですわ」


「なにこれ、今俺は口説かれてんのか?」


「確かにソウジ様は殿方としてもかなり素敵な方ですが、私としてはこの国の王としての貴方にお仕えしたいという気持ちが強すぎて恋愛感情にはならなさそうですわ」


「別にこやつはそんな大層な男ではないぞ。まあ折角貴族という鎖から解放されたのじゃし、これを機会に自由に恋愛してみるのもよいと思うがの。何やらそれを他国の貴族共に邪魔させぬように済む案を既に用意しておるようじゃし」


また勝手に人の心を読んだな……と思ったけどこれに関しては治療中に考えたことだからしょうがないか。


「まだ詳細については言えないけど、守ってやるのは変わらないから何かあったら言えよ。あとティアはその案のことを無暗に広めるなよ。これに関してはバレたら二度と使えない諸刃の剣だからな」


「じゃが、ミナ達三人には教えておいた方が良いのではないかの? 口では気にしないと言っておっても、実際は不安でしょうがないじゃろうしのう」


それもそうだなと思いつつ俺達はユリーと別れ、みんなが待っている家へと向かった。

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