第79話:影での努力

今はミナ達がいないとはいえ、後で他の女の子に自分の着ていた服を持たせたことがバレて怒られるのが嫌なのでそのままアレクに持たせることにした。


さて、そんなことで一々怒るような女の子ってどうなのと思った人もいるだろうがこれには理由がある。というのも俺は結構パーソナルスペース関係には五月蠅い人間なので、仲が良くない奴に自分の服を持たせるなんてことは絶対と言っていいほどしないのだ。


つまりここであの子達に持ってもらっていたことがバレたら、いつの間にそこまで仲良くなったのだと問い詰められるのが目に見える。じゃあ収納ボックスに仕舞えよと思う人もいるだろうが、これに関してはマジでそれの存在自体を忘れていた。しかもなんかアレクが大切そうに持ってくれているから今更やっぱりいいとは言えない。あとこれが原因で俺までセクハラ扱いされたら嫌だし。


「そうじゃ、ついでに装着者の動体視力を上げる眼鏡も人数分出してやってたもう。アベルクラスならば不要じゃろうがこやつらではどうせわらわ達の動きを追いきれんからのう」


「お前は一々人を煽らないと気が済まないのか? だいたい俺がお荷物なのは事実なんだからいい加減許してやれよ」


「それはお主が今のところわらわとしか合わせられぬからじゃろうて」


これ以上反応すると俺もみんなのことを煽ってることになりそうなので無視して右手にムラマサを召喚させ、ティアの許可を取らず勝手にカウントを開始させた。


それにより俺達二人の間で10・9・8と数字を刻み始めたのだが、どうやらまだ言いたいことがあったらしく


「模擬戦が始まる前に言っておくがのう、二週間の修行終了時のソウジではそこの馬鹿四人を助けられる程の反応速度はなかったからの。精々たらない頭でこの言葉の意味を考えながら見学せい」


3・2・1・ピー‼


スタートの合図と同時に自分の意識を完全に戦闘モードに移行させ何も聞こえなくなった瞬間、ティアが凄いスピードで一直線に突っ込んできた。


「おいおい、何時もは俺が動くまで待ってくれてるのにどうしたんだよ」


そんな軽口を叩いておいてなんだがこっちに余裕なんて一切ないのでティアの背後へと転移したと同時に後ろから斬りかかったのだが、咄嗟にティアが右手を木刀ごと背中に回し攻撃を防いだ。そして流れるかのように自分の右足で蹴りを入れようとしてきたのでそれを避けるために右へ逃げるように飛ぶと、後ろに向かっていた筈の足がいつの間にか俺の腹へ向かってきていた。


その為ムラマサで受け止めようとしたのだが、後ろを向いたまま左の親指と薬指でそれを掴まれており


「ッチ、なんだよそのバカ力は。……やば、間に合わねえ」


そう考えた俺は一旦ムラマサを引っこ抜くのを諦め左手でティアの蹴りを受け止めたものの、咄嗟の判断だったため威力を殺しきれず義手は完全に根元ごと吹き飛ばされた。


そしてこっちに自分の口元が見えるようワザと振り返り


『抑えられた刀を一旦諦めて左手で受けることに切り替えたのは良かったのじゃが、魔法を使えば完全に威力を殺すことも出来たはずじゃぞ』


「はいはい、次はそこまで反応出来るように頑張りますよ」


そう言いながら俺はティアに掴まれ続けているムラマサを一旦武器庫へと戻し、代わりにジャッジメントを召還させながら距離を取った。そしてSランク冒険者だろうと圧死させられる程の重力魔法を思い浮かべると空中に四つの黒い球が現れたため先ほどの反省を活かし、今回は転移魔法で直接それをティアの周りに送り込むとそのまま体に吸収されていったので


「お前は少しそこでジッとしてろ」


『ふむ、これは重力魔法かの? 随分と体が重くなったのう』


おいおい、Sランク冒険者レベルであっても対処できずに押し潰されて即死するレベルって頭の中に情報が送られてきてるのになんでこんなに余裕そうなんだよ。


………今はその場でジャンプとかして自分の体の重さを確かめてるけど、これはすぐに慣れてまた突っ込んでくるやつだぞ。そう思った俺は即座にジャッジメントとムラマサを入れ替え、今度はこっちから一直線に突っ込んで兎に角スピードにものを言わせてムラマサを振るい続けてたのだが


『重力魔法のせいで動きが鈍っておる者に対してスピード勝負を挑んでくるのは悪くない判断じゃが、それじゃあまだまだ遅いの~う。ほれほれほれ』


「こっちだってまだスピードを上げられるっつうの。後で泣いて後悔するなよ」


見た感じまだ自分の体の重さに慣れてないせいか防戦一方だし、今日こそは俺の攻撃を当ててやる。………いや、反撃される前に潰す!


そんなことを考えながら更にスピードを上げ続けると一瞬だが確かにティアは顔をしかめた。


ここでティアに対して割いている警戒の全意識を刀を振るっている右手に移せばもう少しだけスピードを上げられるが…それをするのはやはり危険か? いや、今までティアが俺相手に顔をしかめるなんてことは一回もなかった。つまりこれはまたとないチャンスだ!


そう思った俺はすぐにムラマサを振るうことだけに集中し、自分でも驚くほどのスピードに達した瞬間、ティアはニッと笑った後これまでとは比べもにならないほどの殺気を醸し出しながら


『その油断が何時かお主を殺すことになるのじゃぞ。まあわらわは優しいから殺しはせんけどの』


その言葉と同時に今までは防御にのみ使っていた木刀を軽~い一撃でも放つかのように一振りしムラマサに当ててきたかと思えばそれの威力はこちらの想像を遙かに越えるもので


「っ⁉ ――――――ガハッ‼ なんだあの威力は、どう考えてもあいつだけの力だけじゃ―――⁉」


壁まで吹っ飛ばされたせいで肋骨が何本か折れていたり、血や胃液がせり上がってきているのはもう慣れているので別にいい。問題は今までティアが繰り出してきていた本気の攻撃に比べてさっきのはそれの数十倍はあったことだ。


そして何故なのかをこの場で考え始めたのが失敗だった、というよりも気付くのが遅すぎた。


というのもティアが使える魔法だけではあり得ない速度で空から木刀を下に向けて降りてきていたからだ。そしてその木刀は膝立ち状態だった俺の右太ももと脹脛を串刺しにした。


『こんな時に考え事とは余裕よの~』


「――――――‼」


『痛みによる叫び声を我慢しおったのと、この状況でもわらわから一切目を離さず反撃のチャンスを覗っておるのは合格じゃが……わらわがその様な隙を見せると思うかの?』


ロリ状態のこいつの攻撃手段は木刀のみ。となればこのまま手前にスライドさせて俺の足を裂くのが有効な手だが、流石にそれはやらないだろう。しかしこのままの状態でいるわけにはいかないし、いさせてくれるとも思えない。つっても自力でこれを抜くのは無理だしな。


そう結論を出した俺はこの場から一番離れた場所に転移し、右足が使い物にならないことを考慮して飛行魔法で浮きながらも警戒心を一切解かずに索敵していると


「ティアは………ん? うわ、本当に気絶してる奴らを殴って起こしてやがる。でもこれで少し―――⁉」


『これで少しは時間が稼げるとでも思ったかの? 残念ながらその考えは甘いんじゃな~。あの馬鹿共を起こすのに一秒も掛からんわ』


「ぐっ、なんなだよさっきからいきなり攻撃力とスピードが極端に上がりやがって。まだ俺の重力魔法は効いてるはずだよな?」


そんな質問をしている間も鍔迫り合いは続いているのだが、ティアの握っている木刀が重すぎて今にも押し潰されそうである。


『確かに効いておるぞ、そのお陰で今日はいつもより早く終わりそうじゃがの。もちろんお主の負けで』


「はあ? どういう意―――⁉」


分かった! 今こいつは重力魔法によって体や木刀が重くなっている代わりにその分一発一発の攻撃力も上がっている…というよりティアがそれを上手く使いこなしてるんだ。


『どうやら分かったようじゃのう。ならば今回みたいなことが二度と起こらぬよう今後は新しく覚えた魔法はどういったメリット・デメリットがあるのか検証なりなんなりをするんじゃな』


クソッ、確かに油断してたとはいえどうやったらあんなスピードで落下出来るのかと思ったらそういうことかよ。


「お前以外の誰が重力を数十倍にされても木刀を振り回したり、それを活かして高いところから超スピードで降りてくるってんだよ」


『そもそも魔法でいくらわらわの体を重くしようともお主の防御魔法でダメージは一切食らわんのじゃから、ただただ攻撃力とスピードが上がるだけじゃろうて』


ってことは全部演技だったってことか? ………完全に嵌められた。

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