第74話:釣り

ということで俺達二人は朝の四時から近くの海で釣りをしているのだが……現在朝の七時過ぎ、釣れた魚の数はゼロ匹。そして今日は三月二日、つまりひな祭り前日である。


「このままだと一匹も釣れないどころか姫様達が考えた企画が出来なくなるけど、どうするんだ?」


「ちらし寿司に刺身がなくたって特に問題ないんだから別にいいだろ…って言いたいところなんだが、このまま帰ったら間違いなくリアに怒られるよなぁ」


「だいたいなんで坊主がリアーヌに化けただけで怒られたんだ? 昔お前が姫様の声で俺を揶揄って遊んでた時は別に何も言ってなかっただろ」


「リアーヌが言うには『誰かの声真似や、城内で遊ぶだけならまだしもそれが癖になって外でも同じようなことをなされると国民の皆様にご迷惑をお掛けする可能性もありますので、今後は緊急時以外でその魔法を使うのは一切禁止です。……お返事は?』だってさ」


最後の『お返事は?』とか完全に子供扱いされてる感じだったから今回はそんなに怖くはなかったが、その代わりに説教は何時もより長めだった。


「声真似だけは許されたとはいえ早速リアーヌの声で当時の状況を完全再現するとかお前全然反省してないだろ? しかも前回の姫様の声真似とは違って今回のは無駄にクオリティ高いし」


「失礼な奴だな~、俺だって怒られればちゃんと反省するっつうの。それより今はどうやって刺身用の魚を釣るかを考えろ。言っておくけど普通の魚を数匹釣っただけじゃ全然足らないからな」


生魚が苦手な人のために刺身抜きの分もある程度用意する必要があるから少し釣らなきゃいけない魚の量が減るとはいえ、それでもかなりの量が必要である。それに加えて使う魚を定番どころに抑えたとしても、マグロ・サーモン・エビ・いくらは欲しいところ。


しかも調べてみたら鮭とサーモンは違う魚だったらしく、いくらを用意するためだけに鮭を釣らなければいけないし、鮭は火を通さないと食えないのでマジでいくらの為だけに別で釣らなければいけないのだ。


「だいたいこの海で本当に釣れるのか? 俺達ここで三時間以上も釣り竿握ってるのにお互い一ミリも反応してねえじゃん」


「俺が初めてドラゴンを倒したのがこの海の上だったからいるんじゃね。……あ~、でもあのドラゴンはカモメを食ってたな。ってことはやっぱり魚はいないってことなのか?」


「だから海の上をカモメが飛んでるのか。……でもカモメの餌って基本は魚なんだからいるんじゃねえの。それにあそこの船って漁船だろ?」


そういえば朝早くから何台かの船が海の上を走ってたり、網っぽいのを引き上げてるのが見えてたな。


ということで俺は千里眼を使い海の上を走っている何台かの船を見てみると


「確かに漁船みたいだけど……なんでみんなして奥に向かって走っていってるんだ? 漁業のことなんて別に知らないけど、時間的にはそろそろ沖合に向かってきててもいいんじゃないか?」


「ちょっ、今すぐ俺にも見せろ‼」


珍しくアベルが真剣な顔でそう言ってきたので視界を共有してやり


「なんかいたか? 俺的にはマグロとかが―――」


「おい坊主‼ 今すぐ船の後ろを泳いでる巨大魚を何とかしろ! ありゃあ完全に船が襲われてるやつだぞ!」


言われてみれば確かにデカくて黒い影が泳いでるようにも見えるな。


「なあ、あれって食えるのか?」


「んなこと言ってる場合じゃねえだろ‼ 早くしないとあのバカデカい魚に船ごと飲み込まれるぞ!」


そんなに慌てなくてもまだお互い距離が離れてるから大丈夫だっつうの。


とか思いつつ俺は対象を定め転移魔法を発動させると……例のデッカイ魚が凄い勢いで地面を跳ね始めた。ちなみに大きさはこの間俺が倒したドラゴンの半分くらいなので多分10メートルくらいだろう。


「普通陸に上げられた魚っていうのはこ~う、『ピチピチ』ってのが普通なのになんだよこの魚、『ピチピチ』じゃなく『バン‼ バン‼』って。しかもさっきから地面がスッゲエ揺れてるし。……………ぶははははは‼ やばい、なんか面白くなってきた。……ぎゃははははは‼ 笑い死ぬ~、あははははは‼」


「おい、笑ってる場合じゃねえぞ坊主‼ こいつは浮遊魚の一種だ!」


「なんだそれ? 魚のくせして空でも飛べるってか? ぎゃははははは‼ おい知ってるかアベル、魚っていうのはな基本エラに張り巡らされている毛細血管に水を通過させることで血管の二酸化炭素を水中に排出し、水中にある酸素を取り込むようにできてるから水がない地上では呼吸が出来ないんだぞ。まあマグロにはエラがないから呼吸方法がまた違うらしいけどな」


「へ~、お前相変わらず頭いいな」


「こんなの中学の理科で習う基礎だろうが…ってこの世界の教育レベルがどんなもんか分からないから何とも言えねえか。………あれ? そういえば何時の間にか揺れが収まって―――」


そう言いかけた瞬間、もの凄い殺気を纏った何かが一直線に突っ込んでるのを感じた俺とアベルは咄嗟に上へジャンプすると、俺らがさっきまでいた場所には例の魚がいた。しかもマジで浮いてるし。


「クソッ‼ 坊主の知識自慢に付き合ってたせいでこいつのことを完全に忘れてたぜ! おい坊主、何か武器を貸せ!」


「それよりあいつって食えるのか? 見た目はマグロっぽい…いや、でもニジマスにも見えるよな。つか、なんかあいつの尻尾がエビの尻尾にも見えるんだが……。どうなってるんだ?」


「そんなことどうでもいいから早く武器を貸せ‼ 坊主があの魚の観察をしてる間に何回突進されてると思ってんだ! いい加減避けるのも飽きてきたぞ!」


その言い方だとまるで戦闘狂みたいだぞ。……まさかとは思うけどティアのせいでうちの騎士団の連中が戦闘狂になってたりしてないだろうな。


「いいから食えるかどうかだけ教えろ、このボケ! 武器はそれからだ」


「チッ、見た感じあれは浮遊魚だけじゃなく混合魚でもあるみたいだから、あの一匹だけで色んな種類の魚を食うことが出来るけど……」


『けどなんだよ』、そう言おうと瞬間だった。混合魚? の体から『グチュ、グジュグジュグジュ!』という音が鳴り始め、それが収まったかと思えば今度は一度だけ、しかし爆発音みたいな『バンッ‼』という音が鳴り………何故か魚にムキムキの手足が生えた。


「………えっ?」


「遅かったか。気を付けろよ坊主、あの状態になった混合魚はスピードもパワーも段違いだ」


そんなアベルの言葉を肯定するかのように目の前にいる混合魚は地面に着地したと同時に凄い勢いでこっちに向かって走り出した。しかもご丁寧に腕まで振って。


「ぎゃああああああああああああああああああ‼‼‼‼‼」


「あっ、おい逃げるな坊主! というか逃げてもいいから武器だけ貸せ‼」


「無理無理無理‼ なにあの気持ち悪いやつ⁉ 早くどにかしてこいよアベル!」


流石にこのまま走り続けて街中に行くわけにもいかないので二人して浜辺をグルグル走り回っている状態なのだが、中々アベルが行かず


「どうにかしてやるから早く武器を寄こせ!」


「バッカ! 食えるんなら武器を使うのはナシだ。素手でなんとかしてこい!」


武器なんかを使ってやっと釣れた魚をグチャグチャにされたらたまったものじゃない。釣ったというよりは、引き揚げたの方が正しいけど。


「馬鹿はお前だバカ‼ 俺の戦闘スタイルは大剣を使ったものだってことは坊主も知ってんだろ!」


「うちの騎士団は状況によって戦闘スタイルを変えるのが絶対ルールだからそなんの関係ねえんだよ!」


「そんな無茶苦茶師匠でも言わねえぞ! 誰だそんなルールを決めた基地外は⁉ 今すぐここに連れてこい!」


「るっせえ‼ 今俺が決めたんだよ! なんか文句でもあんのか? ああ゛っ⁉」


俺は魔法を使って走ってるからあれだけど、こいつ自力で走ってるとか凄いな。しかも普通に会話しながらなのに全然息を切らしてないし。ティアが認めてるだけはあるってことか。


「文句しかねえよ‼ とんだブラック企業じゃねえか、ああ゛っ⁉」


「ったく、スマホを渡してからというもの、みんなして知らなくてもいいことばっかり覚えてくるんだから。………この役立たず」


この前行った会議でマイカが公共料金という言葉を知っていたり、ミナがそれについての仕組みを完全に理解していたことを思い出しながら俺は久々に武器庫の画面を呼び出し


「え~と、電気ショックを使えそうな武器は………ん? ガントレットか」


~ジャッジメント~


名前の通り使用者が求めている威力を自動で判断し、その威力に応じてこのガントレットが必要な分だけ魔力を吸収してくれる。ただし使用者の魔力保有量などお構いなしに必要な分だけそれを吸い続けるのでご注意を。


妖刀ムラマサといいこのジャッジメントといいなんで使用者を殺しにかかってくる武器ばっかり出てくるんだよ。……その分性能はとんでもないけど。


「おい、こんな時になに新しいおもちゃを買ってもらった子供みたいな顔してんだよ、このクソ上司が‼」


「お前が今言った言葉、絶対に忘れないからな」


そう静かに言った後、俺がジャッジメントを頭の中で思い浮かべると黒に近い紺色と金色の二色でデザインされたガントレットが自分の右手に嵌められた状態で現れた。


ふむ、肩まであるタイプだったから動きにくそうとか思ってたんだけど、結構動かしやすいな。流石自称日本で一番偉い神様が用意してくれた武器なだけはある。


さあ、ここからは反撃の時間だ‼

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