第2話 タロットカードは死の使い

「次のお客様、どうぞ」


 女占い師は、待ち客に声をかけた。うらぶれた雑居ビルの二階にあるオフィスを改装した部屋だが、薄暗い照明と壁にかけられた魔法陣やホロスコープのタペストリーが、いかにも占いの館らしい雰囲気を醸し出している。女占い師が座る前の相談卓の上には水晶玉とタロットカードが置かれていた。


 ビルの外では既に夜のとばりが下りていた。そろそろ終業時間になる。最後の客は女子高生だった。都立でも一二を争う名門進学校のセーラー服を着ている。


 その顔を見て、女占い師はわずかに目を見張った。もっとも、顔の前に垂らした薄絹のベールが、その表情を隠しているから、女子高生には見えなかっただろう。


「おや、お客様。私のお勧めしたパワースポットには行かれませんでしたか?」


 女占い師がそう声をかけたのには理由がある。この女子高生は、この日の午後に既に一度この部屋を訪れているからだ。


「いいえ、行ってみたわ。あなたの占いがので、もう一度来たの」


 相談卓の客用椅子に座りながら女子高生が答える。それを聞いた女占い師は目を細めて警戒する表情になった。


「お客様のお求めだったのは、恋を成就させるパワーでしたよね?」


 そう問いかけながら、女占い師は自分の「力」を発動させた。その瞳が怪しく黄色に光る。だが、その光は薄絹のベールに遮られて女子高生の目には届かない。


「ごめんなさい、それは嘘。でも、あなたの占いは正しかった。あなたに教えてもらった廃ビルで、あたしは求めていたものを見つけられたの」


「あら、それは何だったのですか?」


 そう問いかける女占い師。だが、返事を待たずにその黄色の瞳が驚愕で大きく見開かれた。


「わかっているんでしょう? 親友の仇よ。そして……」


 バン、と席を蹴立てて立ち上がった女子高生は、その瞳を赤く輝かせながら開いた右手を女占い師に向かって突き出した!


「あなたたちサイキック・ステートと戦う力よ!」


 その手の動きに合わせて、女占い師の体は背後に飛ばされた。


「グッ、サイコキネシスですか……」


 見えない力で全身を壁に押しつけられて呻く女占い師。


「そうよ」


 うなずいた女子高生はさらに言葉を続ける。


「さあ、話してもらいましょうか。あなたたちサイキック・ステートがどんな組織で、どこに、どれだけのメンバーが居るのか」


 それを聞いた女占い師は嘲笑うように答える。


「言うと思うのかしら? 我ら誇り有るサイキック・ステートの構成員は死んでも機密を漏らしたりはしませんわよ」


 だが、それを聞いた女子高生も口の端に冷たい笑みを浮かべて言い返す。


「思わないわ。でも、奪う事はできる……ね」


 次の瞬間、女子高生の瞳の輝きが赤から黄色に変わる。それと同時に、女占い師は驚愕の叫び声を上げた。


精神感応テレパシー、それも私より強い!?」


 それに対して、女子高生は冷然と答える。


「そうよ。今、あなたがあたしに使って心を探っているのと同じテレパシー。でも、感応力はあなたの倍」


「バカな、あり得ませんわ! お前の超能力はサイコキネシスだと読んだばかり……クッ、シールドしましたね!!」


「そう、同じテレパシーの使い手同士なら、心を読まれないようにシールドすることもできる。たった今、あたしはその力を手に入れた……


 それを聞いた女占い師は恐怖に顔を歪ませて、壁から床にずり落ちる。


「お前は……お前の能力は、敵の能力を奪えるのね!?」


「そう。それも、あたしに使われた能力の倍の力を得られる。だから、いくらシールドを張っても無駄よ。倍の感応力があれば、あなたのシールドを貫いて心を読むことができるんだから」


 それを聞いて顔面蒼白となる女占い師。このまま組織の機密を奪われることは何としても避けねばならない。だが、そのための方法が彼女にあるのか。


 そのとき、女占い師は気が付いた。自分の体が自由に動かせることに。先ほどまで全身を押さえつけていたサイコキネシスの力が無くなっている。二つの能力を同時に行使することはできないようだ。


 女占い師はニヤリと笑った。確かに、この女子高生の能力は非常に強力だ。だが、テレパシーを身につけたばかりである。その使い方に習熟してはいない。それに対して、彼女はテレパシーを使って相手の心を読むことも、逆に敵のテレパシーから自分の心を守る方法も知っている。シールドだけが防御ではない。心の表層に関係ない情報をたくさん思い浮かべて、相手が探ろうとしていることを読みにくくするような方法もあるのだ。


 そして、女占い師には、もうひとつ切り札があった。


 女占い師は脱兎のごとく駆け出すと、相談卓の上に載っていたタロットカードの束を掴んだ。


「ッ、何を!?」


 驚く女子高生に向かって、手にしたタロットカードの一番上にあった札を引き抜いて突きつける。咄嗟のことに反応できなかった女子高生は、そのカードに描かれた図柄を見てしまった。


 フードをかぶった骸骨が鎌を持って立っている絵。「死神」のカード。大アルカナの十三番目。タロットカードが示す運命の中で、最も不吉なものを象徴するカード。


 そのことが分かった瞬間、女占い師は自分が賭けに勝ったことを知った。


!」


 女占い師の言葉が強力な呪縛となって女子高生を縛る。その瞳から黄色い光が消える。それどころか、それまで示していた強力な意志の光も霧散し、まるで虚ろなガラス玉であるかのように、焦点を失ってしまう。


 それを見た女占い師は、勝ち誇って言い放つ。


「油断しましたね。自分以外にも二種類の超能力を持つ者がいると考えなかったのが、お前のミスです。私にはテレパシーのほかに、タロットカードを媒介として相手に強力な暗示を与えることができる催眠暗示ヒュプノの能力もあったのですよ」


 そして、右手に持っていた死神のカードを左手のタロットの束に戻し、自分の顔のベールを上げると、女子高生の顎を右手の人差し指と親指でつまんで顔を持ち上げ、少女の虚ろな瞳をのぞきこみながら言葉を続けた。


「残念ながらカードが示す内容に関する暗示しかかけられないのですよ。違うカードだったら、お前を生かして我らの役に立たせることもできたのでしょうが、『死神』だったら殺すしかありませんね。まあいいでしょう。惜しい能力ですが、お前は危険すぎます。我らの理想世界実現の邪魔をする者には死んでもらいましょう。さあ、死ぬのです。自らの命を絶ちなさい!」


「はい……」


 自分の意志を感じさせない、棒読みの答え。そして、女子高生は自らの頭に向けて右手を向ける。その瞳が赤く輝く。


 バァン!


 弾けて飛んだのは、女子高生の頭ではなく、女占い師の左手だった。タロットカードが血にまみれながら飛び散っていく。


「ぐぁああっ!」


 激痛に思わず左手を押さえて床に崩れ落ちた女占い師を、意志を取り戻した瞳で冷然と見下ろしながら、女子高生はつぶやいた。


「暗示の種がタロットカードなら、それを奪ってしまえば、もうあなたは暗示が使えない」


 その女子高生を恐怖の表情で見上げながら、女占い師はわめいた。


「なぜ、なぜお前は暗示にかからないの!? 私の能力は効いたはずよ! お前は自分で死ぬこと以外は考えられなくなるはずなのよ!!」


 それに対して、女子高生は一切感情を感じさせないような、冷静な、これ以上無いほど冷静な調子で答えた。


「既に自分が死人だと思っている相手に自殺しろと命令しても効果は無いわ」


「な、何ですって……」


「あなたたちに改造されたあのとき、あたしは死んだのよ。適応できなかった明日香と同じようにね。今のあたしは、あなたたちサイキック・ステートを滅ぼすために動いているだけの、動く死体リビングデッドに過ぎないんだから」


 そう言うと、女子高生は女占い師の瞳をのぞき込む。その瞳を黄色に光らせながら。


「ヒッ……」


 恐怖におののく女占い師を見据えながら、女子高生は宣言した。


「さあ、あなたの持つ知識、すべて見せてもらうわ」


~~~~


「これは貰っていくわね。あなたから貰ったヒュプノ能力を発動させるための鍵ですもの」


 そう言いながら、女子高生は拾い集めた血まみれのタロットカードの束をスカートのポケットにしまう。


 だが、言われた女占い師の方は、既に答える力を永遠に失っていた。


 その、頭を失った死体を見下ろしながら、女子高生は初めて感情を載せた言葉を女占い師に向けて贈った。


「恨み言なら地獄で聞くから待っていてちょうだい。いつかすべてが終わったとき、必ずあたしもそこに行くから」

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ロンリーサイキックガール 結城藍人 @aito-yu-ki

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