HAPPY BIRTHDAY to YOU

ポムサイ

HAPPY BIRTHDAY to YOU

「おめでとう。」


 そう言われて机から顔を上げるとそこに渡辺奈央が立っていた。俺は後ろの誰かいるのかと思い振り向く。


「あんたに言ってるのよ相沢。」


「俺?でも何で?」


「私は『おめでとう』って言ってるの。『おめでとう』って言われたら何て言うの?」


「え…あ…ありがとう…。」


 渡辺奈央。ギャル系かつ体育会系で文系ネクラの俺にとってはどちらかといえば…いや、間違いなく苦手なタイプの女子だ。

 入学初日、担任は1年間席替えはしないと宣言した。よって『あ』から始まる俺は廊下側1番前、『わ』で始まる渡辺奈央は窓側最後尾と同じクラスで最も遠い席で1年間を過ごして来た。

 同じ年齢、同じ学校、同じクラスになる事自体が奇跡の様な確率なのだろうが、俺と渡辺奈央との間にはそれが最小公約数だったはずだ。現に話すのはこれが初めてなのだ。


「よし。じゃあ、これあげる。手出して。」


 そう言って渡辺奈央は握っていた物を俺の手にチャラリと置いた。


「キーホルダー?」


 手に置かれたそれは大小2つの星が組合わされているキーホルダーだった。長く握られていたのかそれは渡辺奈央の体温を宿していた。


「あんた今日誕生日でしょ?プレゼントだよ。」


「ありが…とう。どうして俺の誕生日なんて知ってるの?」


「私も今日が誕生日だからよ。クラスに同じ誕生日の人がいたら覚えてるでしょ?」


「ごめん。俺は知らなかった。」


「別にいいよ。あんたはそういう所あるからね。」


 俺の何を知っているのかと思ったが、きっと女子達の間でネクラな俺を小バカにしながら観察でもしてたのだと結論づけた。


「あっ、明日俺も何か持ってくるよ。貰っただけじゃ申し訳ないし…。」


「別にいいよ。」


「そういう訳には…。」


 食い下がる俺に渡辺奈央は少し考えると口を開いた。


「じゃあ、来年何かちょうだい。」


 それだけ言うと渡辺奈央は廊下に出て行ってしまった。

 俺はまだ彼女の体温の残ったキーホルダーを見つめながら強く頬をつねった。



 あの日の後、俺は渡辺奈央と話をしていない。あれが夢幻だったのではないかという思いも手元にある星のキーホルダーが振り払う。

 『じゃあ、来年何かちょうだい』彼女の言葉が繰り返し頭の中で繰り返される。丸々1年あるのだが、何が良いか考えている自分がいる。

 女子に何をあげたら喜ぶのだろう?皆目見当がつかない。アクセサリーとか?いや、キーホルダーのお返しがアクセサリーじゃ釣り合いが取れないし重すぎるだろう。服なんかも同様だ。キーホルダーにキーホルダーを返すのも何か違う気がする。ハンカチとかが妥当かな?…などと同じような考えが何度も何度も廻る。

 女の子に誕生日プレゼントを貰うのは何年ぶりだろう。小学4年生位までは仲が良い友達や近所の幼なじみ達を招待して誕生日会なんてやってたな…、とふと思い出した。そうだと、俺は押し入れを開けた。


「捨ててないと思うんだよな…。」


 がさがさと押し入れの下段を漁ると千葉にある夢の国のキャラクターが描かれた広辞苑程の缶が見つかった。

 俺は懐かしい気持ちで開けた。それは子供の頃の俺の宝物を入れた缶だ。眺めているとその中の1つに目が止まる。


「これは…。」


※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


「渡辺さん!」


 翌日、俺は廊下を1人で歩いていた渡辺奈央を呼び止めた。


「何?」


 彼女は歩みを止めて俺に向き直った。


「あの…これ…。」


 俺は小さな包みを渡した。その包みを開いた彼女の口元が緩む。


「もしかして思い出した?」


 彼女の手には夢の国のキャラクターの鉛筆が握られている。


「やっぱりそうなの?」


 昨日俺は缶の中に渡辺奈央に貰ったキーホルダーによく似たキーホルダーを見付けた。

 それは小学2年の時に幼馴染みのナッチャンに貰った物だった。父親の転勤か何かで引っ越したのは確か3年生の夏だったと思う。

その時のナッチャンの誕生日に俺は鉛筆をプレゼントしたのだ。


「1年もあれば思い出すかもってお返しは来年でいいよって言ったんだけど、まさか3日で思い出すなんてね。」


「髪も染めて化粧までされたら気付かないよ。それに名字だって…」


「中2の時に親が離婚しちゃったからね。入学した時、私はすぐ分かったよ。」


「それは俺が髪も染めてなくて化粧もしてなかったからじゃないの?」


「バカじゃないの?」


 渡辺奈央は昔のナッチャンの顔で笑った。


「思い出させてくれてありがとう。」


 俺は彼女に手を差し出した。


「思い出せた事におめでとう。」


 彼女も手を出して握手をした。


「それは日本語的におかしい感じがするな。」


「『おめでとう』と『ありがとう』はセットみたいなモノじゃない?」


「う~ん…。」


「分かったよ!じゃあ、思い出してくれてありがとう。」


「思い出しておめでとう。」


 渡辺奈央は俺の背中を強めにバンと叩くとニッカリと笑った。



 


 

 


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