タイミングは大事
さくらねこ
君からの相談
夏の日差しが照りつける中、JR大阪駅前は休日であることも相まって、沢山の人で溢れていた。とてもお洒落な女性やイヤホンを付けている若い男性、派手な服装のおばさん、おなじみの野球帽を被って汚いジャンパーを着たおじさんなど特徴的な人も多く、人間観察をするにはもってこいである。
大阪駅、梅田駅周辺は、地下街を歩けば焼き付けるような太陽からは逃れられるのだが、いかんせん案内板が適当であるため迷宮のようになっており、迷う人も多くいる。
特に待ち合わせには向かず、目印は改札口ぐらいだが、そこはそれこそ人、人、人で待ち合わせ相手を探すのも一苦労である。
そこで、大阪駅の中央口や周辺の建物の前などで待ち合わせをする人も少なくない。
コウスケは大阪駅の外から中央口を見渡せる場所でマユが来るのを待っていた。コウスケが大阪駅についてから、十五分ほど経っている。別にマユが遅刻しているわけではない。コウスケが待ち合わせ時間の三十分も前に着いただけである。
男が先に待っているのはマナーだとコウスケは個人的にそう思って女性と付き合ってきた。それにマユはとても真面目な女の子なので、おそらく十五分前には来ると予想しての三十分前行動であった。
コウスケの予想通り、待ち合わせ時間のだいたい十五分前にマユが中央口に姿を現した。コウスケがすでにいるとは思っていないのだろう、周囲を確認することなく、スマホを触っている。
マユがスマホから目を離してすぐにコウスケのスマホからメール着信を知らせる音が鳴った。マユからのメールで内容はマユが今、大阪駅の中央口に着いたと知らせるものだった。
コウスケは少しいたずら好きなところがあって、そのメールに返信することなく、マユに近づいて後ろから肩を叩いた。
マユは大変驚いたようで、変質者か警察にでも会ったかのように少し飛び跳ねた。コウスケはいたずらが成功したと笑っていたが、マユは相手がコウスケであったことに安心したようで、顔をほころばせた。
マユはオープンショルダーのシャツにショートパンツとその真面目そうな容姿とはギャップのある活発な服装だった。対して、コウスケは少し値がはったTシャツに七分丈のジーンズ姿とラフな格好だった。周囲から見ると高校生ぐらいのカップルに見えたことだろう。
コウスケがマユと会うのは大学のとき以来、二年ぶりである。コウスケは和歌山の電機メーカーに就職をし、マユは大阪で保育士をしていた。お互い社会人となって忙しくなったこともあるだろうが、他にも会えない理由があった。
マユには一年前から付き合っている彼氏がいる。コウスケはマユに彼氏がいる間は二人で会うことはできないと思ったので、比較的簡単な連絡しかとっていなかった。
そんなコウスケにマユからメールが来たのは一週間前のことだった。
相談したいことがあるので、会って話を聞いてほしいということだった。
コウスケはすぐにスケジュールを確認した。そして、日にちを添えて会いに行くと返信した。
コウスケとマユが出会ったのは大学一年のときである。当初、工学部のコウスケと福祉学部のマユはお互い知り合いでもなんでもなかったが、共通の友達から、一緒に文化祭で出店をしないかと誘われたのがきっかけだった。
初めて会ったときから、話が弾んでコウスケはすぐにマユに惹かれた。
しかし、当時マユには彼氏がいたので、コウスケは諦めて同じ学部の女の子と出会い付き合った。
しばらくして、マユはコウスケに彼氏と別れたことを報告した。コウスケはたいへん驚き、マユに彼氏がいなくなったことに内心安心したが、自分には彼女がいるために、マユのことが好きだと伝えられなかった。
社会人となって一年経ったとき、コウスケは彼女と別れた。どこかで、マユを思っている自分がいたのだろう。彼女にそれを見透かされて振られてしまった。コウスケは少し心が痛んだが、これでマユと正面から向き合えると思った。
久しぶりにマユと連絡をとったとき、マユに新しい彼氏がいることを知った。なぜこんなにタイミングが悪いのかとコウスケは嘆いた。だが、彼氏がいるのなら仕方がないと自分の気持ちを心にしまったままにしておいた。
それから一年たってのマユからの相談である。コウスケには内容はさっぱりわからないが、二人で会えることだけでも心が踊った。
駅と隣接したショッピングモール内にあるカフェに入り、コーヒーとカフェラテを頼むと、二人席に座った。
しばらく大学の思い出話をして盛り上がっていたが、コーヒーを飲み終わるころにマユが彼氏の話をしだした。
マユの相談事は彼氏の浮気のことだった。マユの彼氏は浮気癖があるらしく、一年で三回も浮気をしたらしい。それを聞いてコウスケは怒りにも似た感情をもったが、マユに怒鳴っても仕方ないので、相談の続きを聞くことにした。
マユはさすがに三回も浮気されたことにショックを受けているらしく、どうすればいいか、何人かの友達に相談をした。そこで、コウスケにも相談することにしたようだ。
今まで聞いてきた人はみんな、そんな男とはすぐに別れた方が良いという意見らしい。
マユが彼氏と別れるということはコウスケにとって大チャンスである。彼氏のことを男であるコウスケに相談するということは、マユもコウスケのことを気にしているかもしれないとコウスケは思った。
マユに他の人と同じように、すぐに彼氏と別れるべきだと伝えたかった。だが、コウスケは思い留まった。マユはなぜ、そんなにたくさんの人に相談をしているのだろうか。これほど同じ意見が出ているならさっさと別れてしまえばいいものを。
コウスケはマユの本当の気持ちがどこにあるのか考えた。マユは彼氏と別れたくないのではないだろうか。その気持ちを後押してくれる意見が欲しいのではないか。
そう思ったコウスケは三回も浮気されたのに迷っているのはマユがまだ彼のことを好きだからだ。だから無理に別れることはないのだと助言した。
マユはコウスケの言葉を聞くと、一筋の涙を流した。
それから半年後、マユからメールが届いた。また相談かもしれないと思ったが、コウスケの予想は外れた。
メールの内容はマユの結婚報告だった。
コウスケはなんとも言えない気分を味わった。
マユから相談を受けたとき、大学以来、初めて二人のタイミングが合った気がしたのだ。あのとき、彼氏と別れて自分と付き合って欲しいと伝えていれば、二人はきっとうまくいくという自信があった。
マユもコウスケへの相談が最後の砦だったのではないだろうか。コウスケに別れたほうが良いと言われたら、きっぱりと別れるつもりだったかもしれない。
だが、マユは幸せを掴んだ。コウスケはマユの元カレではなく友達だ。マユのことを祝うべき存在だ。
お祝いの文章を考え、メールに打ち込む、だが何を打ってもむなしかった。
メールの文章をすべて消す、そして一文だけ打って返信した。
『おめでとう』
タイミングは大事 さくらねこ @hitomebore1982
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