変わりゆく渋谷と、変わってしまったあの人と、変われないわたしと。

夜のチューリップ

変わりゆく渋谷と、変わってしまったあの人と、変われないわたしと。

地図に案内された道は、細くひとけがなく何度も何度も曲がる道だった。


しかも行き止まりに3回もあたって、

その度に他の経路を検索し直した。


画面に浮かぶ徒歩10分なんて嘘で、20分はかかった。



ほんの少し前まであった道がなくなっているのが渋谷だ。

Googleをもってしても、最新で最適の道を案内することはできない。


どこか何かへ向かって大急ぎの街だ。

そのせいでこちらは毎回遠回りを強いられ、待ち合わせに何度も遅れている。



でも、ひとつだけ良いこともある。




それは、まだ優しかった頃のあの人と行った場所を思い出さずに済むことだ。


Googleマップを両手になんとか進んだ道では、あの人を思い出すことは一度もなかった。



やっとたどり着いたカフェの店員さんはとても気さくで、わかりやすい帰り道を教えてくれた。


一度しか曲がらなくていい道を、Googleマップは教えてくれなかった。

2,3分の違いなら、早く着くより、わかりやすい道がいい。


簡単な道だから、iPhoneを見ずに進んだ。

画面を覗かず歩く道は、景色を楽しむことができる。


少し遠くの作りかけの建物や、広告の小さな文字、道端に花なんて咲いてないこと。ひとつひとつ見て考えて歩く。




そんなんだから、まだ優しかった頃のあの人と来た場所なんかを見落とせるはずがない。



あのカフェは、JRの改札に行きやすい。

井の頭線の改札まではまあまあ距離があるけれど、わたしが帰りやすいようにと、よく来ていた。


あのカフェは、メニューがたくさんあってどれも美味しそうだった。

優柔不断なわたしはいつもどれを食べるか決められず、2択まで絞れた時点であの人は勝手に店員さんを呼んだ。


結局毎回、わたしが食べたいものを2つ頼んで、半分ずつ食べた。



あんなに優しかったのに。



あの人とわたしはある日を境に崩れてしまった。

いや、本当は何かが変わっていく気配に気づいていた。


渋谷の街のように、隠れた場所で何かが急速に変わっていた。


でも、何が変わったのか目に見えて気づくのは突然だった。

それは新しい改札が現れるときのように。

今日からあっちの道は通れません。と。



そんなことを思いながら新南口にたどり着く。

新南口というくらいだから、この改札はそうそうなくならないだろう。


変わりゆく街の中で、忘れたいものこそ残っている、



ように見える。




それはまだ忘れたくないからだ。



わたしまでどこか何かへ急ぐ必要はない。

忘れたくないものはどうしたって忘れられない。



古いビルが取り壊されてぽっかりと空いた、寂しそうな場所が見える。

あそこに立派な建物が完成する頃には忘れているだろう。



壊すのは一瞬で、築くのは数年かかる。

そんなものだ。




渋谷の街がそう言いながら、痛みを隠して笑っているように見えた。

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