空音の告白

立見

空音の告白

「やっぱり嘘」

 読み終えた少女の、第一声がそれだった。

「へ?」

 カタリは思わず間抜けな声を漏らす。

「あの、え?嘘って」

「嘘よ、こんなの」

 少女は淡々とした口調で、やはり繰り返す。読んでいた、赤い表紙の薄いノートをペラペラと振った。

「これがあいつの心の中にある物語だとしても、あいつは根っからの嘘吐きだから。笑っちゃうくらい、嘘ばっか」



 

 

 カタリがその青年に会ったのは、とある町の海辺でだった。

 配達のために町へと立ち寄ったのものの、どうしてだか目的地には辿り着かない。昼前に着き、地図をひっくり返しているうちに気づけば夕方になっていた。

「ここ、海岸だよな……?で、あっちが東…え、待って違う。太陽が沈んでるから逆か!じゃあ、こっち?」

 懲りずに地図を片手にぐるぐるしていると、ぽつんと浜に立つ影に気づいた。見た感じ、旅行者といった様子ではない。

「あの、すいません!」

 カタリが声をかけても反応はない。駆け寄ると、ようやく振り返った。

 カタリより2つ3つ年上で、どこか空疎な雰囲気の青年だった。

 カタリは地図を広げ、目的地を指さしながら尋ねる。

「ここに行きたいんだけど、この場所知ってる?」

「……うん。それ、隣町」 

「は?!」

「隣町行きの電車があるよ。今日はもう終わったけど」

「あー……またやっちゃった」

 がくりと項垂れる。青年は不思議そうに尋ねてきた。

「あんた旅人?その年で」

「いや、俺は配達人みたいなもの。カタリィ・ノヴェル、その人の心の中にある物語を運ぶ者さ。あなたも誰かに届けたい物語があれば、ぜひ任せてくれ」

「ふぅん…?じゃあ1つ、頼んでいいかな。お礼に今夜の宿は提供する」

「やった!……じゃなくて、分かった。順番は2番目になるけど、きっと届けるよ」

「じゃ、お願いする」

 そうして、青年は薄く笑った。

「ちなみに、僕が殺した友人が相手だとしても、それは可能?」



 青年はケイと名乗った。カタリが見通し、ケイの心に封印されていた物語は短い一遍の小説となる。カタチは手帳程の大きさの、赤い表紙のノート。

 送り先はケイが5年前に殺したと云う、一人の少女。名前はエルといった。

「本当に死人にも届くわけ?」

「届けるさ、必要なら」

 ケイは依頼してきたものの、終始関心が薄かった。別れるときも「じゃあ」と言うだけであっさりと駅から立ち去った。

 カタリはその後、どうにか目当ての町にも着き、右往左往を繰り返して無事物語を届けることが出来た。渡したときにかけられる感謝の言葉は、いつも体に力がみなぎる様な気がする。またあちこちを駆け回る元気を貰えるのだ。

 そして、次の仕事はケイの依頼。亡くなった人に届けたいという依頼は、多くはないが稀にある。カタリも伊達に配達人をしていないので、常人には行けないようなところでも条件を満たせば特例として訪れる事ができた。

 エルは、静かな海辺にいた。所謂心象風景というか、ここでは個々の魂が望む世界を作り上げるらしい。群青に染まった空の果て、水平線だけが赤く滲む日没時の海。カタリがケイと出会った場所に少し似ているように思えた。

 突如現れたカタリを怪訝に思ったのだろうか、エルは不機嫌そうな顔をした少女だった。カタリが簡単に自己紹介し、ケイから受け取った物語を渡す。エルは意外なことに、特に嫌がることなく受け取った。そしてパラパラと読み始める。

 ケイとエルの間に何があったのか、カタリは知らない。だが、ケイが言ったとおりケイがエルを殺したのなら、決して安穏な関係ばかりではなかったのだろう。しかし、エルの態度はあまりそういったものを匂わせなかった。面倒くさそうに読み終え、放った一言が、「やっぱり嘘」。




「カタリィ、だっけ。あんたはこれ読んだの?」

「うん、見通すときに」

「どうだった?」

 ケイの物語は、幼なじみ同士の淡い恋の物語だった。幼く、無垢な愛情。相手を想い合う、優しい物語。

 ただ一つ、最後を除けば。

 カタリが答えるより先に、エルは言う。

「ありきたりな話だったでしょう?小説にも漫画にもごまんとあるわ、こんな甘ったるい物語。馬鹿みたい」

「……ケイが、あなたを殺したのって」

「殺してない」

 フンと、エルは鼻で嗤う。

「あいつに殺されるなんて、そんなことはなかった。私は自分で死んだの。自分で、大好きな海に入って、死ねた」

 エルは遠い水平線に眼差しを向ける。柔らかな光がそこに宿っていた。

「昔っから、私が好きだったのは海だけ。殴る親も馬鹿な住人も大嫌い。あいつのことも、別に何とも思ってない。嘘吐きで嫌われてたガキが勝手に懐いてきただけ。そんな物語みたいに素敵じゃないし、私だって可愛らしいオンナノコなんてガラじゃない。こんな嘘で固めたような馬鹿な妄想、くだらないったらありゃしないわ」

 エルは手にしたノートを海に向かって振りかぶる。思わず、カタリはその腕を掴んだ、

「それは、ケイの物語だから」

「何?あいつが私に送ってきたものでしょう?なら受け取った私がどうしようが自由じゃない」

「嘘でも、くだらなくても、ケイが心にずっと持ってたものだ。……ケイは、俺にもあなたを殺したと話していた。あと、その本」

 ケイの偽りばかりの優しい恋物語でも、最後に少年は少女を殺す。そこだけ唐突に、まるでこの結末だけは嘘が剥がれ落ちたかのように。

「もしかすると、ケイが本当に望んでたのは、この最後のシーンだけかもしれない」



 

 

 

 


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