華胥《かしょ》の国に遊ぶ

リフ

華胥《かしょ》の国に遊ぶ


 あなたがこの家に来てもう3年が経つのですね。時が経つのは早いものです。縁側で隣り合う確かな温度、最適な距離感、まるで生まれたときから一緒に居るような感覚。

 あなたが居てくれて本当に嬉しい。もっと早く出逢いたかったと思うこともあります。だけどそうもいかないのが運命というものなのかしら。最近はこうして日向で編み物をするのが趣味になってしまった私。飴色の木板に転がる毛糸玉、あなたはじゃれつくこともせずにただ春の陽の中で微睡むだけ。あなた達の普通なら、興味を惹かれるものじゃないのかしら?


 あなたを初めて見たときは驚いたわ。まだ寒さが残る朝、澱んだ家の空気を入れ換えようと引き戸を開けたら居たんだもの。泥んこで汚くて、とっても痩せていたし。でも目は爛々と輝いていて、生きるんだって気持ちが伝わってきたわ。威嚇の声は弱々しかったけどね。やだっ、痛いわ。爪を立てるんじゃありませんっ。

 あなたを家で面倒見ようって思ったのはそれも決め手だったの。当時の私は生きる意味を見出すことが出来なかった。時期も良かったのね。あなたは休めるお家が欲しかったし、わたしは側に居てくれる相手が欲しかった。私もあなたもお互いに必要としていた相手。歩む道が重なるのは必然だったのよ。ふふっ、ちょっと詩的に過ぎたかしら。


 あなたと一緒に過ごした日々は私にとっては大切な宝物。季節の移り変わりと一緒に変わっていくあなたの表情や仕草にいつの間にか心を奪われるの。幸せってこういうことなんだって過ごす度に気付いたわ。何気ない幸せってこういうものなんだって。

 あなたともう一度人生を歩み直すことが出来たのなら、そう思うことがあるの。もっと早くに出逢いたかった。今よりずっと長く側にいてあげられたのにって。でもそれは贅沢なんでしょうね。お互いに辛い時があったから今がある。そういうものなのよ。


 あなたの毛はふわふわして温かいわね。ちゃんとお手入れしてる甲斐があるわ。あの頃とは大違い。痩せていた身体もふくよかになって。まるで高級な枕みたい。あっ、こら!褒めたのよ、もう。そんなに耳をぴこぴこ動かさないの。

 あなたの居場所は私の隣よ。膝に乗ってくれないのは少し寂しいけれど。抱き上げたら素直になるのは昔から変わらないのね。すっかり高く昇ったお日様と同じ匂いがするのは何故なのかしら。他を知らないから特別なのかも分からないわ。とっても素敵なことだから良いのだけれど。


 長く生きていると諦め癖がついてしまうの。今まで色んな事を諦めてきたけれど、一番最後が私自身だなんて笑えない。

 夫も娘も孫も旅立って。あなたは一人になった私の元に舞い降りた家族だった。箱入り娘で流されるだけの人生。終わりに掴んだ一握りの葦。わたしだけのお日様。切に願った安寧は日常の中にあると知った。午睡はいつまでも続くのでしょう。その流れは途切れることもなく、どれだけ季節が変わっても、大切なあなたとずっと。

 

 どこからか言祝ことほぐ声が聞こえた気がした。柔らかな風が桜色の花弁を運び、一人と一匹を彩る。空を見上げれば羽根雲が緩やかに棚引き、今日も変わらず時の流れを緩やかに刻んでいった――。

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