俺氏、後輩ちゃんの誕生日プレゼントを考える。あと、告白の準備もする

まほろば

秘めたる想いは、身を焦がす炎にもなる

 ――西暦2135年。10月10日。

 17時18分。

 俺こと楠木くすのきつとむは、部屋の壁に貼り付けられたカレンダーの日付を見ながら、どうしたものかと悩んでいた。

 2週間後の、24日。この日は、俺の大事な後輩であり、高校時代からの腐れ縁でもある早坂はやさか美来みくの誕生日である。こう言ってはなんだが、俺は人にプレゼントを贈った経験が殆どない。家族の誕生日か、友人にメールで『おめでとう』と送るぐらいだ。

 が、後輩みくに限ってはそうもいかない。なぜならこの後輩ちゃんは、俺の誕生日が来るとメールで誕生日を祝ってくれるだけでなく、

律儀にプレゼントをくれるのだ。しかも、バースデーケーキをわざわざ作ってくれる。

 こんなに尽くしてくれるのだから、お返しを考えない方ががどうかしているというものだ。


 「……それは良いとして、どうしたもんかね」


 俺は独り言を呟きながら、《コペルニクス》に保存してあるプレゼント候補を表示する。

 あいつは料理が上手だから、万能包丁。

 後輩ちゃんは外に出るのが好きだから、高性能のトイカメラ。

 彼女は以前、枕が合わないと言っていたから、低反発の抱き枕。

 美来は可愛くて何を着ても似合うから、この前見つけたチェック柄の帽子。


 「って、形に残るモンばっかりじゃねーか! ちくしょうめ!」


 俺は自分に突っ込むと、左耳から《コペルニクス》をむしり取ってベッドに投げ捨てる。

 椅子に座り、机に向かうとノートパソコンを起動させる。検索エンジンを用いて『女性 プレゼント 友達』と検索する。

 結果は、やはりお菓子とか手紙とかそんなありきたりなものばかりだった。

 名も知らぬライターさん。残念だが、今はそれを求めているんじゃあないんだ。


 因みに。去年の美来の誕生日には、バースデーケーキと一緒にどこでも使える商品券をプレゼントした。付き合ってもいない女性に形に残るプレゼントをしない方が良いという、雑誌に書いてあった内容を鵜呑みにした結果だ。

 彼女の反応は、良くも無ければ悪くも無かった。いや、良くはなかったな。

 ケーキと一緒に、おめでとうと言った所までは良かったんだ。

 だが、俺が商品券をプレゼントした瞬間、何とも言えない表情になった。最終的には笑顔で受け取ってはくれたものの、それを母親に話したら3時間ほど説教された上に小遣いを減額された。

 なぜだ。


 「なにせ、今年は"特別"だからなぁ」


 そう、今年の美来の誕生日は、俺にとって特別な日でもある。


 先月のことだ。俺は今更ながら、美来への恋心を自覚した。

 直接の要因となったのは、俺が美来といちゃこらしている夢を見たから。夢の中では、彼女とキスする直前まで行ったのだが、夢はいつか醒めるもの。セットしたタイマーの音に叩き起こされた俺は、直前まで見ていた夢の内容に悶絶する羽目になった。


 それからはもう大変だった。

 美来が俺に喋りかけてきた時、甘い声をいつまでも聞いていたいと思った。

 美来が俺以外の男子学生と話している姿を見た時、嫉妬で引きはがしにかかろうと思った。

 美来が俺に熱っぽい視線を向けていた時、劣情に駆られて押し倒して唇を塞ぎたくなった。

 美来が俺に笑いかけた時、それ以上の笑顔を見てみたいとさえ思った。彼女の、夏に咲く向日葵の様な満開の笑顔を引き出したいと。


 意外だった。

 高校の卒業式の日、勇気を出して告白してきたであろう美来を『恋愛に興味ないし』、なんて言って振った本人が、まさか恋に落ちるなんて。

 しかも、振った後輩に今度は俺が告白しようだなんて。

 まだ美来の誕生日には2週間もあるのに、俺の心臓は緊張で早鐘を打っている。告白に失敗したらどうしようとか、振られたらどうしようとかそんな考えが頭に浮かんでは消え、思考が纏まらずにキーボードを叩いては打ち込んだ単語を消すという無意味な行動を何度も何度も繰り返している。


 ――美来あいつも、こんな気持ちだったんだな。


 今更ながら、俺はあの時の美来の心情を悟った。

 顔を真っ赤にして、泣きそうな顔で俺に頭を下げてきた後輩のことを。

 振られたと悟った瞬間、目から大粒の涙を流しながら、それでも強がって、くしゃくしゃの笑顔を浮かべて走り去っていった美来は――。


 「強くて、可愛くて、しかも優しいと来た。こんな俺に好きだって言ってくれた後輩を振るなんて、俺が過去に行けるなら、当時の俺をぶん殴ってるな」


 俺はカタカタとキーボードを叩きながら、プレゼントの選定を進めていく。

 ふと。

 別窓で表示されているHPに、目が留まった。俺はそれ以外のタブを消すと、《コペルニクス》を装着しなおしてから改めて目を通す。

 それは、とある科学館の、プラネタリウムの上映に関する案内だった。正直、季節外れにも程があるが、これはまたとないチャンスだ。

 俺がまだ高校に在籍していたころ、天文部の活動で一度だけ、美来と天体観測に出かけたことがある。あの時は、高尾山に登ってペルセウス流星群を観に行ったんだ。

 あの時の俺は降り注ぐ流星群にばかり夢中になっていたが、もしかしたら美来は別のことを考えていたのかも知れない。

 ……もしかしたら、美来が俺を好きになった切っ掛けって、あの時からだったりして。


 「なんて、夢の見すぎか」


 らしくない妄想に俺は笑って否定すると、もう一度目の前のノートパソコンに向き直る。

 プラネタリウムの上映期間は、19日~25日の7日間。

 俺は《コペルニクス》内のカレンダーそ表示させると、その日の予定を確認する。2限まで講義が入っているが、午後はなにもない。幸いなことに、バイトのシフトも入っていない。

……これは行くしかない、よな。

 決まった、後輩へのプレゼントは、プラネタリウムで星を観ること。そして、その場で告白もする。

 俺は《コペルニクス》のアドレスから美来のメールアドレスを引っ張り出すと、早速文字を打ち始める。


 『後輩ちゃんへ。今月の24日、俺と付き合ってください』


 ……はて? 俺はバカじゃなかろうか?

 これでは直接的過ぎる上に、抽象的すぎて何を伝えたいのかさっぱりわからん。

 一度全て削除し、もう一度文章を構成しなおす。


 『後輩ちゃんへ。24日は美来の誕生日だから、一緒に出掛けよう』


 これで良いだろう。プレゼント云々の話なんてここでするべきではないし、一緒に出掛ける位なら何度もしてる。きっと、美来はまたデートとしか捉えないだろうから。

 俺は何度もメールの内容を読み直し、確認してから送信した。

 僅か1分後、《コペルニクス》に着信が入った。


 《はい、もしもし?》

 《せんぱい、こんばんは。あの、メールありがとうございます》

 《おう》


 スピーカーから聞こえる美来の声色は、若干違っているように聞こえた。対する俺の声も、緊張で少しだけ上ずっている。悟られないように気を配りながら、俺は少しだけ声を低くして喋り出す。


 《あー、その。小説の資料をパソコンで漁ってたらさ、近場の科学館の情報を見つけたんだよ》

 《はあ。っていうか、また小説書いてたんですね》

 《それは置いといてくれ。で、二人一組なら入館料が安くなるみたいだから、せっかくだし、美来もどうかなって》


 嘘である。いや、二人一組なら安くなるというのは本当だが。

 そのHPには、カップル限定で入館料が半額になる、と記載されていた。俺と美来は恋人ではないが、厳しく審査される、なんてことはないだろう。男女に限った訳でもないだろうし、ペアであるならば誰でもいいはずだ。


 《あー。その日は家族が誕生会を開いてくれるんですよ》

 《そう、か。じゃあ、その日は――》

 《でもでも! 19時までに帰れば大丈夫なんで、行けますよ! むしろ、連れて行ってください!》


 せっかく、家族水入らずの時間を過ごすのならば、俺は遠慮しておくべきか。そう思って断ろうと思ったのだが、美来は慌てて俺の言葉を遮る。


 《講義は大丈夫か?》

 《その日は3限までしか入れてないので、大丈夫ですよ》

 《じゃあ、15時半に大宮駅集合で》

 《りょーかいです》


 俺は時間割と駅の時刻表を見比べて、予定を組み立てる。

 その科学館の所在地は、埼玉県大宮市。地図を確認すると、どうやら大宮駅西口の近くにあるらしい。

 プラネタリウムの開演時間が16時ちょうど。投影時間は1時間らしいから、そこから大宮駅周辺をぶらぶらすれば、丁度いい時間になるだろう。

 大宮市のマップを見ながらそんな事を考えていた俺は、大宮駅の近くに神社がある事に気が付いた。

 

 武蔵一宮氷川神社。

 祀っている神様は、須佐之男命。


 「……行ってみるか?」


 氷川神社があるのは、大宮駅東口から少し歩いたところ。マップには、さいたま新都心駅周辺から伸びる全長2㎞にもなる長い参道が表示されていた。

 美来3限が終わるのが14時半。そこから電車に乗って大宮駅に着くのが15時半。プラネタリウムを見る時間考慮すれば、参道まで戻って歩く時間はない。

 美来が楽しみにしている誕生日会が19時からだから、最低でも1時間前には美来家まで送り届けなければならない。

 と、いうことは──。


 「パスだな」


 俺はマップを閉じると、そのままパソコンの電源も落とした。


 《コペルニクス》に表示されている時刻は、18時26分。デートの予定を考え始めてから、1時間も経過していた。

 いつの間にやら窓の外は真っ暗で、窓を少しだけ開けてみれば秋の冷たい風と一緒に都心から溢れる眩い光の洪水が飛び込んできた。

 ──あの光も、見る人にとっては美しく感じるのだろう。けれども、やはり星の美しさには到底敵わない。

 星を見ることの敵わない東京ではその姿を拝むことは出来ないが、きっとあの漆黒の空には無数の星が瞬いていることだろう。


 俺はコペルニクスをポケットに仕舞うと、夕食の準備に取り掛かる。

 今日のメニューは、玉ねぎソースのハンバーグ丼。大学に入学して独り暮らしを始めた美来に、初めて振る舞った手料理だ。

 あの時は完成したは良いものの、完璧とは言い難い結果に終わった。だが、その後も練習に練習を重ねた結果、今では目を瞑ってても作れるぐらいには上達した。


 ……美来もそろそろ、晩飯時だろうか。美来は今日、何を作るんだろう? ああ、こんな事ならさっき電話で夕飯の話題でも出しておけば良かったな。

 内から沸き起こる衝動は光よりも速く身体中を駆け巡り、ふわふわと落ち着かない気分にさせる。

 くすぐったいような、もどかしいような想いを抱きながら、俺はただ無心で目の前の調理に没頭するのだった。

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俺氏、後輩ちゃんの誕生日プレゼントを考える。あと、告白の準備もする まほろば @ich5da1huku

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