泣き虫彼女のうれし涙
I田㊙/あいだまるひ
結婚おめでとう
好きな女の子に、いじわるをする。
好きだからということにさえ、気付かずに。
彼女の目の前に毛虫を持って行って泣かせて、彼女を廃墟に近い神社に呼び出して泣かせて。
そうやってしか彼女が僕の方を向いてくれないのではないかとか、そこまで考えていたわけじゃない。
ただただ、見てほしかった。
気にしてほしかった。
僕のせいで泣いてほしかった。
何度も、何度も。
「
「なんで、あんたがここにいるの?」
それが、僕の片思いの相手だった凛菜の友人、
「うん、僕もまさか、呼ばれるなんて思ってなかったけどね。でもその言い草はないんじゃないか? 一応僕と凛菜は幼馴染で――」
「あ、分かった。凛菜のお母さんがあんたを呼びなさいって言ったんじゃない? だってほら、お母さん同士仲良かったでしょ?」
話を途中で遮るように、風子が捲し立ててくる。
「まあ、そうかもね。招待状が来る前に母さんから、『凛菜ちゃんがあんたの住所が知りたいって言うから、教えといたわよ。今度結婚するらしいわ』って、聞いたから」
もし、凛菜の母親が僕を呼ぶようにと言ったとしたら、あの言い方は少し違和感がある気がするが。
まあ、そんな違和感はただの言い回しの差でしかないだろう。
僕が凛菜をいじめていた(というのは、僕からすれば語弊があるのだけれど)のを知っている風子は、僕をじろじろと見下ろしてから、正面の椅子に座った。
「結婚式をぶち壊すつもりじゃないでしょうね?」
「そんなわけないだろう」
「どうだか」
「昔の僕の過ちを忘れてくれとは言わないけど、もう二十台の後半だよ? 大人になったんだ。反省してるよ」
これだけの言葉で、どこまで僕の気持ちが風子に伝わったのか分からないが、とりあえずは納得してくれたように「そう」と呟いた。
僕の好きだった女の子、幼馴染の
まあ、それはそうだ。
イジメに近いことをしていた僕が、彼女と結婚なんてできるわけもなく。
「凛菜はお人よしというか、のほほんとしているというか危なっかしいというか……、お母さんに呼んだ方がいいって言われたらどれだけ嫌いな人でも呼んじゃいそうだもの」
風子の毒舌が止まらない。
「もう分かったよ。とにかく僕は呼ばれて、ここにいる。式の最中はおめでとうくらいは言うけど、それから後は関わらないつもりだから、今日くらいいいだろ?」
肩よりも少し上の髪の毛を耳に掛けて、肩に載っている少しキラキラとした薄紫色のストールを直したかと思うと、彼女は大きくため息を吐いた。
「……最終的に呼ぶって決めたのは凛菜だしね。私がとやかく言うことじゃないものね」
気の強そうな瞳を、思い
彼女に掛ける言葉を持たない僕。
少しの沈黙を破る様に、僕らに声を掛ける男がいた。
「おっ、徹、風子。久しぶり!!」
「んっ……? おお、
声を掛けられて、後ろを振り返ると、ビシッとフォーマルを着こなした新が立っていた。こいつも小学校の同級生だ。
「新も呼ばれたんだ? でもま、徹と違って新が呼ばれるのは分かるわ」
「酷い」
よよよ、としなだれてみせる。
「ははは、相変わらず風子はずばずば物を言うな」
「そうよ、三つ子の魂百までってね! 私はこれまでもこれからも、ずっとこんな感じよ」
笑う風子につられて笑いながら、向かい合わせに座っていた僕らの席の横が空いていたので、そこに腰を下ろす新。
新は頭の出来が良かったから、会うのは有名私立中学に進学して以来だ。本当に久しぶりに会った。
「懐かしいな、ほんとに。みんな割とバラバラになったもんな」
「そうね。同窓会は、二十歳の時に一度あったきりだし。新は、今どうしてるの?」
「今は、しがない雇われ弁護士、イソ弁ってやつだよ」
「弁護士! 凄いじゃない! でも、すごく新らしいわ。徹が凛菜をいじめた時、いつも庇ってたのは新か私だったもん。徹、何かあったら頼れるように連絡先聞いておけば?」
なぜか僕にそう振ってくる風子。
「風子は聞かないのか?」
「私は新に頼るようなことにはならないから」
「僕が将来頼るようなことになるかもしれないって意味で言ってたのかよ!?」
「えっ、それ以外ある?」
「あるだろ、友人としてっていう一番大きな繋がりがさあ!!」
風子と新は、どこかで打ち合わせでもしたんじゃないかという程息ぴったりに、首を傾げて見つめ合う。
「「友人……?」」
「風子だけじゃなく新まで……」
「冗談だよ。名刺は、どこにやったっけな。式の時に名刺交換はしないから、家に置いてきたかも」
「そうか、じゃあスマホ……」
僕がポケットからスマホを取り出すのとほぼ同時に、式場の関係者らしき女性が、座って待っていた僕らに声を掛ける。
「みなさま、大変お待たせいたしました。式の準備が整いましたので、これより教会にて、挙式を行います。新郎様ご関係者様は向かって左側のお席、新婦様ご関係者様は、向かって右側のお席に、親族様を先頭に順にお進みください」
新との番号交換は、また後になってしまった。
美しい新婦と、それをしっかりと支えてくれそうな新郎。
はにかみながらヴァージンロードを歩いてきた新婦とその父親。新婦が腕を父親から、夫になる男性へと組み替える。
絵に描いた様に幸せそうな二人の姿に、僕は嫉妬の感情が湧かないことに気付いた。
相変わらず、凛菜は綺麗だと思ったくらいだ。
「そういえば、徹は今どんな仕事してるの……?」
ひそひそと、風子が僕に話しかける。
式の最中だというのに、もっと新郎新婦に集中しろ。
「式の最中なんだから、聞いても笑うなよ?」
「なに、笑われる様な職業?」
「……警官」
「……っ! っ!! っっっ!!」
滞りなく進んでいく式の最中に、危うく笑いそうになった風子が、顔を伏せて口を必死で抑える。
笑いを堪えながら、小声で続ける。
「いじめっこだったあんたが警官って。どんな冗談よ」
「うるさいな、僕にも思う所があったんだよ」
「――それでは、続きまして、指輪の交換に移らせていただきます」
一斉にカメラを新郎新婦に向ける中、僕と風子の向こう側に座っていた新が、なぜか立ち上がる。
みんな、キョトンとした顔で新を見つめる。
「……? ちょっ……! 新、どうし――」
「凛菜……!! なんで、なんで、なんで!! そんな男と!! 俺の方が先に、君のことを好きだったのに」
苦しそうな声で、泣きながら叫ぶ新。
「新、落ち着け、落ち着けって……」
僕らが見えていないかのように、押しのけて彼は新婦の方へと進んでいく。
すらりと懐から刃渡り15センチほどの包丁を取り出して、それを見てしまった風子が金切声で「きゃああああああ!!」と叫んだ。
「くそっ!」
僕は走って、新を追い抜いて、前に立ち塞がる。
くそっ、くそっ!!
防刃ベストは今着てないんだぞ。
「おい、新。サプライズってのは、時と場所を考えろよ。今はサプライズする時じゃないだろう」
「どけよ、徹。凛菜は俺の気持ちを裏切った。殺して俺も死ぬ」
ナイフを持った人間に対処する方法は当然習った。習ったが……うまくいけば無傷だが、あくまでもうまくいけば、の話だ。死ぬ覚悟の人間の刃を止めるには、それなりの装備がないと厳しい。
無傷は難しいだろう。
でも僕は警官で、その職務故に彼を止めるしかない。
死が頭の片隅を
だが、一番最悪なのは死に損になることか。
「お前も、凛菜と俺のことを邪魔するのか、徹!! そうだよな、お前も凛菜のことが好きだったもんな!!」
「待て待て、昔の話だそれは。頼むから、その包丁を置いてくれ新!!」
俺のその言葉もむなしく、ドッ――と腹部に衝撃を感じたと思うと、その場所が燃えるように熱くなる。俺は必死にその腹部に刺さった得物を抑える。
やっぱり、無傷では防げなかった。
「ああ……、ああ、徹……。ご、ごめ……ごめん」
凛菜が、僕に掛け寄る。
ああ、だめだ、ドレスが血塗れになるから、君は触らないでくれ。
――そういえば、どうして俺は凛菜のことを諦めたんだっけ? 学校が離れたからだけだったか……?
僕は、見下ろす凛菜を見ながら、ぼんやりと思う。なんでこんなこと、思うんだ。いや、ああ、そうだ、今言わないと、もう言えなさそうだ。
「守れて、良かった。結婚おめでとう……、凛菜」
「徹……、ありがとう」
そう泣きながら微笑んだ彼女を見て、僕は、彼女が僕を呼んだ理由がやっと分かったと同時に、意識を手放した。
―――――――
彼女は、強かだった。
僕が思うよりも、ずっと、ずっと。
僕が彼女を好きじゃなくなったのは、そうだ……。彼女がとても冷たい目で、捨てられた子犬を見下ろしていたから。それなのになぜかその子犬を拾って帰った君を見たから。
僕が警官だと知っていて招待状を送った凛菜、新がストーカーだと分かっていて招待状を送った凛菜。
――彼女の考えていた通りに、僕が彼女を守った。
風子が、手に何か持って病室に入ってくる。果物の盛り合わせとか、なかなか古風なお見舞い品だ。
「あんたのおかげで、式は中止にはなったけど、あんた以外はみんな無事」
「そうか」
「すぐには、怖くて行けないけど、また気持ちが落ち着いたら改めてお礼がしたいって、凛菜が言ってたよ」
「そうか。別にいいって言っといてくれ、風子」
「……なにそれ。そんなわけにいかないでしょうに」
おめでとう、凛菜。
君は僕への復讐と邪魔な人間の排除を、同時にやってのけた。
結婚式という大舞台で。
君は、凄い女性だ。
泣き虫彼女のうれし涙 I田㊙/あいだまるひ @aidamaruhi
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