冬の子

立見

冬の子

 


「冬神さま」

「冬神さま」

 双子のツグミが歌う。

「御子は元気ですか」

「いつお産まれになるのですか」

 冬はそっと、腕に抱いた繭を撫でる。己と同じように冷たく、けれど柔らかなそれを。

――今は、まだ。

――この子が恋しい?

「私はいつまででも雪の中で遊べますよ」

「凍てつく北風を滑るのも楽しいものです」

――ありがとう。でもこの子が生まれても、きっと遊んであげて。

「えぇ、えぇ。もちろん」

「とても楽しみです」

「冬神さま、明日は風伯が訪れるそうで」

「たくさん雪雲を呼ぶよう、頼んでくださいね」

 しきりに囀ると、ツグミは高く澄んだ天へと舞い飛んでいった。


 


 真白の雪、枯れた木立、青鈍色の影。母は最後の金風と共に去り、入れ替わりのように冬は生まれた。

「―――――」

 母が残した唯一のその言葉を、冬は忘れたことがない。

 大きな獣は冬が袖を振ると眠りにつき、もう随分経つ。幼い新芽も微睡んだまま、目覚めは遠い。点々と雪に足跡をつけて遊ぶ小鳥が冬の数少ない話し相手だった。

 冬は生まれながらにして子を宿している。はじめは小さく、脆く、頼りない。ひっそりと根づき、冬はそれを大事に大事に抱くだけだ。その子を育てられるのはであり、ゆっくりとだが成長していく。冬はその誕生を待つのみだ。

「そんなもの、よく大事にできるね」

 捻くれた百舌が言ってきたことがある。

「それは貴方を殺すのに」

 冬はやはり、優しく腕の中のそれを撫で、答える。

――私が、今度はこの子に世界をあげる。私も、私の母にはそうされた。何も悲しいことではないよ。

 母の最後の言葉を、冬は知ってる。それだけで、冬も我が子を愛すことができる自信があった。

 だってあんなにも、あんなにも、母は――――。


 

  

 

 雪雲は遠く流れ、冷え込む空気の合間に、そっと暖気が滑り込んでくることが増えた。早起きの芽がぽつぽつと顔を出し、それを助けるように夜明けが早まった。

 冬は徐々に、別の新しいものの誕生を予感し始めていた。日を追うごとに、抱いた子の中に仄かな温もりを感じる。反対に、冬は衰えていった。なのに、冬の胸には待ちわびるような微かな期待がある。我が子がこれから生きる新しい世界の片鱗に、己が朽ちることを知っていても尚、冬は確かに嬉しかったのだ。


 

 生まれ落ちるその瞬間、冬は真っ先に言祝いだ。

―おめでとう

―おめでとう

 いつかの冬の母が遺したものと同じ。自然と溢れ、何度も言の葉にのせる。

―おめでとう 

 例えこの身を溶かし去る温もりであっても構わなかった。冬を殺すはずのその存在が、自分から離れていってしまうことが悲しくて堪らない。けれどそれ以上に愛おしく、喜ばしい。

―おめでとう

 あらん限りの祝福を送る。美しく、陽だまりのような子。冬が愛した子。名を“春”と云う。


 はらはらと雪雫がこぼれゆく。

 東風が、やがて獣や草花を目覚めさせていくだろう。

 優しく包むような陽気が辺りに満ち、もっと賑やかになるはずだ。

 最期に目にしたのは、暖かな陽射しに迎えられ、その眼を開く我が子の姿。



 そうして、幸せに冬は死んでいった。

 

 

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冬の子 立見 @kdmtch

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