ケーキと漫画と機関銃
名取
プレゼントは勝ち取るもの
「おいお前ら。俺を祝えよ」
部活のグループトークに突然送られてきたメッセージに、僕・七夕を含め、部員全員が凍りついた。ついてしまった既読は3。つまり部員全員が、彼のトラップにまんまと引っかかってしまったことになる。
くそ、なぜだ。
彼は大のSNS嫌い。業務連絡以外では滅多にメッセージを送ってくることなどない。それなのに、なぜ今日に限って。
僕は即座に部長以外のメンバーで構成されたもう一つの部活グループに「やばい。どうしよう」と打ち込んだ。数秒もたたないうちに、七瀬と七海も揃って「やばいよ!」「やばいな」と返してくる。
メッセージの送り主は、我が明才大学サバゲー部の部長・折橋先輩であった。
折橋先輩の伝説は、驚くなかれ、一年生の頃から始まっている——入部して早々、新入生歓迎会で行われたルール無用の殲滅戦。陰で「新入生いじめ」と揶揄されていたそのバトルにおいて、彼は、上級生たちの下劣な猛攻をものともせず、創部以来最速の速さで勝ってしまったのだ。
折橋先輩の鬼のごときソロプレイによって深刻なトラウマを焼き付けられ、先輩部員の大半が、その日のうちに退部届けを出したらしい。
それからというもの折橋先輩は、大将戦、フラッグ戦、スパイ戦……何のどんな役をやらせても神がかり的な強さを見せた。何度挑んでも負けなしで、誰も彼に勝てない。そんなわけで部長は今や、伝説の存在となっているのである。
だがサバイバルゲームというのは、野球やサッカーなどと違って、決まった人数が揃っていなくてはならないなどの決まりはない。それにむしろ、先輩が入部した当時の明才大のサバゲー部は人数こそ多いものの、すぐ暴言を吐くなどマナーを守らない人が大半だったため、純粋に楽しみたいだけのプレイヤーはずっと隅に追いやられていた。折橋先輩を恐れ、そういう不愉快な人たちが残らず去っていったことで、我が部は今のような、平和なクラブになったわけだ。
しかし、毒をもって毒を制す、とはよく言ったもので。
折橋先輩の性格も、割と面倒臭いのである。
「プレゼントは狐狩りでいいぞ」
僕らの動揺をよそに、当の本人はのんきにそんなメッセージを送ってくる。
「狐は俺だ。制限時間内に俺を仕留めてみせろ。お前らの成長が、部長としては最高の誕生日プレゼントだからな」
くっそー、と僕は頭をかきむしる。そんなことができたらとっくにやっている。だからこそ、日曜の折橋先輩の誕生日には、平和的にケーキでも買って部室でサプライズパーティーをしようと、部員みんなで一ヶ月も前から決めていたというのに。
しかしこうなってしまえば、この無敵の先輩を止められるものはない。僕はもはや諦めて、トークに送られてくる先輩のメッセージを、半笑いで眺めていた。
「フィールドは学校のいつものフィールドで」
「日にちは今度の日曜」
「もし誰も俺を捕まえられなかったら、例の新刊を買ってくれ。なんの漫画かはわかってるな?」
はいはい、『君に会いたくて☆ときめきデラックス!』ですよね。ああ見えて、少女漫画の大ファンなんだよな、折橋先輩。
そして来たる日曜日。
僕たちはキャンパス内にある、特設フィールドにやってきた。サバゲーが普及するにつれ、こうして学内に特別な場を作ってくれる大学も増えたのだ。ここは見晴らしの良い平坦なスペースの他、身を隠せる丘や林もあるなど、とてもよくできた屋外フィールドとなっている。
「こうなったら、全力でやるしかないか……」
電動ガンを試し打ちしながら呟くと、三人の中で一番背の低い七海が、プロテクターをつけながら言った。
「だよね。勝てなくても、一生懸命頑張れば、部長もきっと納得してくれるよね……まあ、ときめきデラックスは買わされるんだろうけど。うう、やっぱり恥ずかしいよ、あれを本屋で買うときの店員さんの目線を思うと、今から膝が震える……」
「僕もだよ。男子大学生が少女漫画コーナーに行くプレッシャーは、フィールドで敵に狙われたときの比じゃない。全く恐ろしい人だ」
そんな会話をしていると、七瀬が僕の背後にそっと忍び寄ってきた。
「おい七夕、秘密兵器を持ってきた。いざとなったら、これを使え」
彼はあるものを僕に渡してきた。手渡されたそれを見て、思わずハッとする。
「おい、これって……」
「しっ、静かに。これはあくまでも奥の手だ。効果があるかはわからない、一か八かの時に使ってくれ」
僕は頷き、それをマガジンポーチにしまった。
「よし。全力で祝ってやる!」
最後に三人で円陣を組み、そして、ゲームが始まった。
狐狩りは、サバゲーのルールの一種である。
狐役が、他のプレイヤーから逃げるのだ。制限時間内に狐を狩ることができたら、狐の負け。逃げ切れれば、狐の勝ち。簡単に言うとそんなゲームだ。通常は狐側の方の火力を強くするものなのだが、先輩は反則級に強いため、狐役でもハンデをつけて、弱い装備で臨んでもらっている。
「ねえ、絶対仕留めてよね」
そう言い残し、七海が走り去る。僕たちにも作戦がないわけではない。足の速い七海が猟犬がわりになって追い立て、もう一方から七瀬が攻めて退路を塞ぐ。そして動きが読みやすくなったところを、僕が仕留める。一応は、そういう戦法をとるつもりだ。
「しかし、いつものことながら、七海はゲームが始まると良い意味で人が変わるよなあ。化けるというか、凛々しくなるというか」
「いつもあれくらいかっこよければ、もっと女子にモテるのにな。勿体無い」
毎回のこととはいえ、しかし、さっきの七海の気合の入り方はいつもとは違う。あのぶんなら、もしかしたら、本当にやれるかもしれない。
そう思いながら森に入っていくと、やがて七海の走っていった方から、二人ぶんの足音が聞こえてきた。
「見つけたみたいだな」
「ああ」
草を踏む音や、呼吸の音をよく聞き、七瀬も走り出す。七瀬は高校時代はマーチングバンド部の部長をやっていて、とても耳がよく、バランス感覚や体力にも優れている。
一人残された僕は、目を閉じて、部長の気配を探した。
僕の長所は、人並み外れて、人の気配に敏感なことだ。あまりに他人の感情や動きが感じとれるために、現代社会において、僕はこの性質にいつも悩まされてきた。だがサバゲーを知ってからは、それが有利に働くこともあるのだと知った。そして少しだけ、自分のことが好きになれた。
ああ、わかる。あの人の居場所が、目に見えるように。
「……いた」
僕は瞼を開き、歩き出した。歩む足はやがて駆け足になり、そして全力疾走へと変わる。部長の気配は静止していた。木の陰に隠れているらしい。今が、絶好のチャンスだ。
しかし僕が近づいた途端、部長はいち早く気づき、驚きべき瞬発力で走り出した。だが、今日の僕らの勘は冴え渡っている。大丈夫、わかる。このまま行けば、三人に取り囲まれる形となり、先輩は一瞬だけ立ち止まる。撃つなら、そこしかない。
走り抜ける影に向かって、機関銃を向けた。予想通り、影はフッと停止する。その瞬間を、僕は逃さなかった。
その一瞬、影と目が合う。
「誕生日おめでとうございます、部長」
パァン。
日差し降り注ぐ午後の森に、発砲音が響いた。
「なんだこれは」
折橋先輩が、体にまとわりつく銀や金のテーブをつまみながら言った。
そう、僕が撃ったのは、七瀬に渡された機関銃型のクラッカーだった。
「だって普通に勝っても、つまらないじゃないですか」
「そんなセリフは、一回でも普通に勝ってから言うんだな」
呆れたように叱咤されて、僕は舌を出した。
でも僕は、やっぱりなんだか嫌だったのだ。相手になる敵なんてこの世にいるはずもない、まるでサバゲーの天使か、あるいは神様のような先輩の迷彩服に、ちゃちなBB弾なんかが当たってしまうところを見るのは。
「でも、ありがとう」
「はい?」
「久々に、面白かった」
フェイスガードで表情はよくわからなかったけれど、その言葉だけで、僕は嬉しかった。やがて、七海と七瀬がやってきた。
「勝ったよ」
そう言うと、二人は顔を輝かせた。
「本当に!? じゃあ、少女漫画は……」
「そうだな。せっかくだから、皆で買いに行くか」
「ええ!?」
部長の言葉に、僕らは慌てふためいて言い訳を並べた。
「そ、そうだ俺ら、予約してたケーキ取ってこないとな!」
「あっそうだった! 急がないと!」
「先輩はお疲れでしょう? 部室で待っててください!」
そう言って慌てて走って逃げたが、無駄だった。先輩は驚異の脚力で追いつき、僕ら三人に囁いた。
「おいおい。皆で仲良く買い物に行こうじゃないか。本屋にも寄ろう」
うう、と呻きながら振り返ると、そこにはゴーグルとフェイスガードをとった折橋先輩の、無邪気で嬉しそうな笑顔があった。浮かべた愛想笑いが一瞬でひきつる。
前言、撤回。
やっぱりこの人はとびきりめんどくさい、サバゲーの悪魔だ。
ケーキと漫画と機関銃 名取 @sweepblack3
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