レギュラーになりたい!!
東苑
レギュラーになりたい!!
「10番、国方!」
「は、はい……!」
背番号「10」。
僕――国方
10番……10番だって!?
二桁の背番号をもらったのは一個上の先輩たちがいたとき以来だ。
小・中・高校野球では大体どこのチームも1から9までの一桁背番号がレギュラーの選手に与えられると思う。それは我が第二中学校野球部でも同じだ。
つまり、僕はレギュラーから外された。
レギュラーから外されたことはショックだった。だけど、もっとショックだったのは背番号「9」が友人の康平に渡っていることだった。
僕がレギュラーから外され、康平がレギュラーになったということだ。
康平は同じ学年で一緒に登下校する仲。部活動に真面目に参加するやつだけど、正直野球の実力はぱっとしない――そう、つい此間までは!
今から一ヶ月前。
二月、冬の練習が終わって練習試合が解禁されたときのこと。
練習試合で右の長距離打者として康平が覚醒した。
相手投手は市内の選抜チームにも選ばれている選手だった。
その投手から右打席に入った康平がレフトオーバーのランニングホームランを打ったのだ。
そのとき二塁ランナーだった僕はよく覚えている。目の覚めるような会心の打球だった。
打球はあっという間にレフトを守る選手の頭上を越え、レフトの選手がボールに追い付いたときには康平がホームベースまで帰っていた。
監督は両手を挙げて万歳し、チームメイトたちも目を丸くしていた。
まさかあの康平が。
あの瞬間、大半がそう思っていたはずだ。
上級生で練習に真面目に参加しているから試合に出られている……他の部員からの評価はそんな感じだった。かく言う僕も似たようなことを思っていた。
打撃はともかく、守備が壊滅的だった。守備が苦手な助っ人外国人の方がよっぽど上手い。
守備位置が僕はセンターで康平はレフトだったから、試合やノックのときはよく康平の尻拭いをやっていた。
でも選抜に選ばれた投手からランニングホームランを打ったという事実は康平に自信を与えていた。
練習試合では打ちまくり、あの一発はマグれではなかったと証明した。
苦手な守備も打球の追い方がよくなって、平凡なフライなら確実に捕れるようになった。
僕は焦った。
一個上の先輩たちが引退して新チームになってから僕はずっとレギュラーだった。でも試合で失敗するのが嫌で誰か代わってくれないかなぁ、って密かに思ってた。
だから背番号「10」をもらったのは望み通り……にはならなかった!
突き付けられた事実に、僕は目が覚めた。
あの試合で康平がランニングホームランを打ったときのように。
悔しい。
自分は今まで何してたんだ。
部活動にはちゃんと参加していた。でも、ただ練習しているだけだった。どんどんやる気がなくなっていって、練習に行くのが面倒だった。
野球をやる喜びとか、もっと上手くなりたいっていう貪欲さとか。
そういう野球を始めた頃や、この部活に入って先輩たちの背中を追い掛けてたときの気持ちを忘れていた。
レギュラーに……なりたい!
レギュラーから外されて初めてこのチームでレギュラーになりたいと思った。
「一桁おめでとう……」
背番号「10」を渡された帰り道。
僕は隣を歩く康平にそう切り出した。
「めっちゃ嬉しい、遂に勇に勝った……!」
ぁああああああああああああそれ一番聞きたくなかった台詞!
あ~悔しい、超悔しい!
その気持ちを胸刻み付けて、僕は震える声で呟いた。やば、泣きそう……。
「康平、最近打撃やばいよね」
「なんかやってるの?」
「素振りしまくってる」
「え、それだけ!?」
「いや、やるやらないで全然違うから」
「確かに……」
最近の康平のスイングを見てれば明らかだ。バットを構える姿からは自信が漲っている感じで、打席で風格すら漂わせている。
「勇、今素振りのカウント表持ってる?」
「うん」
冬の練習が始まった頃に監督が提案したやつで、毎日どれくらい素振りをしたか記録する用紙のことだ。
お互い、バックから取り出したカウント表を見せ合いっこする。振りまくってると言うだけあって、康平のバットを振ってきた数は僕の比じゃなかった。
「素振りするだけでこんな変わるのか……」
「勇は考え過ぎなんだよ。頭空っぽにして、まずやってみれば?」
うわぁ、ぐうの音も出ねぇ~。
そうだよな、僕の場合は素振りの数が圧倒的に足りないよな。
「だよねぇ……やってみるわ、ありがと」
「俺もさ、守備のこと聞きたい」
「え、やだけど?」
「なんで!?」
「冗談。練習ない日に近所のグラウンドでちょっとやろう」
僕は家に帰った後、塾に行く前と帰った後に少し素振りをするようになった。
そして部活動が休みの日は近所のグラウンドで康平や他の友達と一緒に練習した。康平が守備をしているときの動画を撮影して上手い人とどこが違うか比べてみたり。
「あ~、俺こんなにぎこちないんだ……」
「なんか足運びとかばたばたしてるよね。見てて心配になる」
「それ言ったら勇だって、打撃動画見てみ」
「あ~バットが重いのかな~」
「一番軽いやつ使ってるだろ」
そんな感じで、僕たちは互いに苦手なところを克服していき、中学最後の大会を迎えた。
今日はその大会の背番号発表。
レギュラー争いは……ちょっとどうなるか分からない。
でも、この数カ月は毎日が充実してた。
あれほど行くのが苦痛だった練習や、出場するのが嫌で嫌で仕方なかった試合もすごく前向きに参加できた。
スイング一つ、ベースランニング一本、キャッチボールの一球まで。
もっと上手くなるには、成長するにはどうすればいいのか考えるようになっていた。
だから、どっちがレギュラーになっても恨みっこなしだ、康平!
その気持ちを胸にしまって、監督の言葉を待つ。
「1番、新建!」
「はい!」
次々とレギュラー選手が発表されていく。内野陣は毎度お馴染みのメンバーだった。
そして入れ替わりが激しく、混戦が予想される外野陣のレギュラー選手の発表がやってきた。
僕がレギュラーになれるとしたら康平と入れ替わる形か。それで康平は代打の神様に!
「7番、康平!」
「はい!」
山口姓が二人いるこのチームでは康平は監督からも康平と呼ばれていた……って今はそんなのどうでもいいか。
……おめでとう、康平。
うん、やりきったから後悔はない。
いや、いいや……。
やりきったから……結果が、一桁が、欲しかったなぁ。
「8番、国方!」
「えはい!」
だから康平の次に名前が呼ばれたときは変な返事になってしまった。
8番。8番だ!
僕はレギュラーに返り咲いた!
背番号発表が終了し、解散した後。
僕と康平はすぐに互いを探した。
目が合う!
にやける!!
走り出す!!!
そして――
「「うぇ~い!!」」
ジャンプしてお腹をぶつけ合いながら、テンションが上がりまくった変な声を出していた。
着地した後強く抱き合って、すぐに身体を離して相手の手を握り潰すくらい強く握手し合う。
あ~やべ~! 最高かよ!
そして――
「「おめでとう!!」」
野球部で鍛えられた大きな声が、夕暮れのグラウンドに響き渡るのであった。
レギュラーになりたい!! 東苑 @KAWAGOEYOKOCHOU
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます