おめでとう

山本航

おめでとう

 彼女が不意に立ち止まり、僕も足を止める。後ろは見ないようにしつつ、彼女を気遣う。

「大丈夫ですか? 休みますか?」と僕は言う。

「休みたい。日がな一日ごろごろしてたい」

 何もない荒野で彼女はそう言った。

「無理言わんでください。さあ、行きましょう。出来るだけ距離を稼いでおきましょう」

「嫌だ。休む」

 そう言って彼女は座る。そうして、来た方向をじっと見る。

 僕もまた彼女の背中に寄りかかるように座り、行く方向を見る。

「是非君に、おめでとう、という言葉を贈りたい」と突然、彼女は言った。

「何を言っているんですか? 頭がおかしくなってしまったんですか? 何もおめでたいことなんてないでしょう」と僕は言った。

 真っ青な空の下、僕たちはたった二人で荒野に座り込んでいる。

 行く先も荒野、来た後も荒野。

「何がおめでたいんですか?」

「勘違いしないでもらいたいが、君の頭ではないぞ」

「そんな勘違いしてませんよ」

「悪いニュースと飛び上がって喜び、泣いて私に感謝するニュースがある。どっちから聞きたい?」

「どうしましょう。逆に後者のニュースの方が聞くの怖いですね。では前者で」

 彼女は立ち上がり、僕の肩をぽんと叩く。

「見た方が早い。今まさに、私たちは終わってしまったんだ」と彼女は冷徹に言う。

「もう何度も見ましたよ」僕は座ったままそう言った。「影の姿を何度も確認する必要なんてない」

 彼女は僕の尻を蹴る。

「良いから見てみろ。目を背けたところで現実は何も変わらないぞ」

「目を向けたって、やっぱり現実は変わらないですよ」僕はため息をつき、後ろを振り返る。

 荒野に影が突っ立っている。真っ黒な人型の影がとぼとぼと歩いてくる。それが二体だ。

「増えてる」と僕は呟き、立ち上がる。

 見間違いではない。

「これで影がどちらを追ってきたのか分からなくなってしまったな」と彼女は言った。

 微笑みを浮かべてそう言った。

「何で笑ってるんですか? 片方だけは助かったかもしれなかったのに」

「そういう君だって、さっきまでの悲壮な表情はどこに行ったんだ? 本当は嬉しいんだろう?」

「ああ、だから、おめでとうですか」

 さらに大きなため息をつく。どちらが影に追われているのか分からないままにここまで逃げてきたのに、いつの間にか二人ともがターゲットになってしまった。

 にもかかわらず、僕は少し救われたような気分になった。

「悪かったな。私の人生に巻き込んでしまって」

「何を言っているんですか? どちらを追っている影か分からないから、ここまでこうして一緒に逃げてきたんじゃないですか」

 僕がそう言うと、彼女は優しい瞳で僕を見つめる。

「二手に分かれる、そういう選択肢もあった」と彼女は言った。

「選べない選択肢は無いのと同じですよ。とにかく僕はまだまだ貴女と歩きたい」

「私もそうだが、君は怖くないのか?」

「怖くないです。正直に言えば今までの方がずっと怖かったです。でも今は違う。孤独に耐える必要はなさそうだ」

 彼女の瞳に陰りが生まれる。

「そういう意味では私は怖い」

 そういう意味がどういう意味か分からないまま、僕は彼女の肩を抱き寄せた。

「そういえば、飛び上がって喜び、泣いて貴女に感謝するニュースは何ですか?」

 彼女は追ってくる二つの影を見つめる。

「影が三つではないことだよ」

 そう言って、彼女は自分の腹をさすった。

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