第11話 エリクサー社

 バスは山道を抜け、眼下に大海原が広がると、車内に歓声が沸き起こった。

 母なる海には、本能を呼び覚ます何かがあるに違いない。


「ちょっと、奏太! はしゃぎすぎよ!」


 どうやら、海という母親依存マザーコンプレックスを抱いていたのは俺のようだった。

 前の座席に座っていた部長がこちらに振り向くと、「もうすぐ着くわよ。すぐに主旨説明会が出来るようにしておいてね。海水浴の時間を目一杯取りたいでしょう?」と話す。

 歓声は一段と大きくなった。


 今日は合宿施設に到着後、明日、丸一日かけて行われる発表会に向け、各自の主旨説明が行われる。

 その後は皆で海だ!

そして、明日の発表会が終われば、バーベキューだっ!


 そんな中、俺の心中で1つの疑問が頭をもたげる。 これは…深刻な問題だ…と。

「部長!顧問の先生って居ないんですか?」

──そうです。先生が居ないんです。


「あら、言ってなかったかしら…?」

どうやら、顧問の先生は俗に言う『幽霊顧問』であり、如月部長が一任を受けているとの事だった。

 とはいえ、宿舎の管理人が学校関係者という事もあり、学校側からも認可を受けているらしい。

 しかしだよ、同じ年頃の男女が1つ屋根の下って、何か間違いがあったら…あってくれたら……。

 ああっ!その備えを忘れてしまった!


「奏太…何さっきから表情をコロコロ変えてるのよ。顔芸でもやるつもり?」遙の突っ込みの後、「えーっ。面白かったから動画撮ろうとしてたのにっ!」と由紀さんのスマホがが俺に向いている事に気づく。

 遙…ナイスだ! 危うく俺の黒歴史が生まれるところだった。


 視線を外に投げると、海岸沿いに太陽の光を受け、白く輝く箱状の大きな建物が目に飛び込んで来る。


 一目で理解した。

「あれが…… エリクサー社か」


 自然とは違い一目で人工物とわかる、幾何学的な美しい外観は酷く寂しげに映り、先程までの気持ちは嘘のように静まり返る。

 遙も気付いた様で、口をきつく結んでいた。


 エリクサー社とおぼしき建物の手前でバスは脇道に入る。途端振動が身体に伝わり、舗装されていない道路である事がわかった。

 程なくして灰色のコンクリート造りの建物が姿を現した。


 合宿所は、本当にエリクサー社の隣だった。

 人は良く、『偶然』という言葉を使う。

今回も偶然と言えばそれで終わりなのだが、

果たして偶然と呼ばれる事象の中で、作為的な意図がある場合、それは『偶然』と呼べるのだろうか?

 俺が思うに、今回は偶然ではない。

少なくとも、仕組まれたシナリオは存在する筈だ。


「奏太、私達大丈夫よね……」

遙のかすれそうな小さな声が、不安という心理を表している。

「ああ、きっと大丈夫さ」

今は根拠がなくても、そう言わねばならないと俺は思った。

 

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