芸術文化トリエンナーレ

よたか

3年前の夏

 3年前の夏、ボランティアで街中歩き回っていた。社会貢献とか誰かの役に立ちたいとか仲間と何かしたいとかそんな前向きな理由ではなく、会社から『行け』と命令されたからボランティアに参加することになった。

 クライアントが芸術文化トリエンナーレに協賛しているので、うちの会社にも『積極的に協力するよう』に要請が来て俺がボランティアで常勤することになった。

 芸術文化トリエンナーレは、県立美術館をメイン展示会場に、近くのビルの空き部屋に作品を展示したり、街角でパフォーマンスを行ったりするイベントで、3年に一度半年近く開催されていた。

 有能な社員が半年近くボランティアで派遣されるわけなかった。あまり評価されてないのはうすうす気がついていたけど、こんな形で明らかにされてしまうのは本意ではなかった。

 芸術文化トリエンナーレの始まる1週間ほど前から会社に出て出社記録をつけてから、事務局で雑務を行なったり、展示会場に立ったりしてから、退社記録をつけるために会社に戻る毎日が続いた。ただ事務局には似たような境遇の人も少なくないので、窮屈な職場にくらべるとずっと気持ちは楽だった。

 土日は〝積極的なボランティア〟の方もたくさん来てくれる。常駐の俺なんかよりもずっとキビキビ動いてるし楽しそうだった。未来ある学生ボランティアは就活に活かせると思っているのかもしれない。主婦の方は子どもと一緒に参加して来場者と楽しそうに話をしている。社会人ボランティアは展示作品や作家について詳しく調べて出展者と意見交換をしている。

 常駐している俺にも、それくらいのレベルが求められているような気がしないでもないけど、それは無理だと思った。そして土日はなるべく休ませてもらうようにした。


 夏休みになって、毎日のようにボランティアにやって来る女子大生が居た。毎日のように来てくれるので少しは話はするし、多少は情も湧いて来る。本当は美大に行きたかった彼女は卒業後のことを考えて経済学部に進学したらしいのだが、少しでも芸術に関わりたくてボランティアに参加していると言っていた。

「毎日ごくろうさま。外、暑くなかった?」距離を縮めたくて、帰って来た彼女に声をかけた。

「ありがとうございます。着ぐるみパフォーマンスに比べたら全然ですよ」クーラの効いた事務局にもどり、一息ついた彼女がそう言った。

「そうだけど、俺らはパフォーマーじゃないし、どうしてそこまでするのかよくわからないよね」軽く同意を求めた。

「そうですか? この暑い時期にあの演技は心に刺さりましたよ」同意はしてもらえなかった。

「そ、そうなんだ。じゃ、夕方のパフォーマンス見に行こうかな」取り繕うに言った。

「今回のトリエンナーレで気に入った作品はありましたか?」彼女は俺に唐突に聞いて来た。

「あっ、そ、そうだね、あまり回ってないからあまり印象になくて」

「そうなんだ。もったいないですね。ずっとこちらにみえるのに」

「そうだよね、もったいないとは思うんだけどね」

「そうですよね。事務局にも人が必要ですものね」彼女は仕方なく同意してくれた。下心を見透かされたみたいで気まずかった。

「ところで、どうしてボランティアに参加されているんですか?」彼女は容赦なく唐突に聞いてきた。社会人なら気を使って避ける類の質問だった。

「いや、あの、高校の時に漫研だったから、会社から適任だって言われたんだよ」苦し紛れにそう言った。漫研という名の帰宅部に所属して居たのは事実だし、建前では漫研の経歴があるから会社から派遣されたことになっている。

「へぇ〜。どんな漫画描いてたんですか?」純粋な目が痛い。

「SFとかかな。でも高校の時だから下手で読み返すと恥ずかしいんだ」彼女の『見せて』というのをあらかじめ防ぐつもりでそう付け加えた。

「今回はコミックで参加してる作家さんもいますよね」

「あぁ、県美の6階ギャラリーで展示してるよね」

「何人か出版社から声がかかったらしいですね」

「あぁ、問い合わせが来てたね。ここで面会してたから覚えてるよ」

「すごいなぁ。このイベントはそんな場になってるんですね」


======= 以上未完 ========

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芸術文化トリエンナーレ よたか @yotaka

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