tsumuri

第1話

僕には人とは違った力がある。

それは「運命の人がわかる」というもの。

運命の人同士が近くにいると2人の頭の上に同じ記号が見える。まるでベタなマンガみたいな話だがそう見えるものは仕方ない。大体は星の形をしているが、光の輪だったり、音符のマークだったりと一貫性はない。しかも、力があるとは言ったものの思い通りに使える訳でもないし、何より僕自身のことになると一切わからないので実際のところ役に立った試しがない。

むしろ、この力のせいで友達を失った事だってある。

小学生の頃仲の良かった友達に好きな子が出来たので、「お前じゃ無理だ。だってアイツの運命の人は担任の緒方先生なんだから。」と言ったところ、適当なことを言うなと大ゲンカになった。あれほど仲の良かった友達とはそれ以来口をきかなくなりそのまま会うこともなくなった。もちろん先生にもこっぴどく叱られた。

思えば小学生の頃なんて無邪気なもので善悪の区別なんてないし思ったことをそのまま口にしてしまうものだ。

僕はその教訓を経て、この事はもう口外するまいと誓った。あの悲しみを繰り返してはならないと小学生ながらに親友を失うことのつらさを学んだ。

月日が流れ、高校生になり仲のいい友達や、好きな人も出来た。

だが、恐れていたことが起きた。

僕の友達と僕の好きな人が近くにいるときに2人の頭上には星のマークが見える。

こんなことならこんな力要らないと本気で思った。

僕に選択の余地などなく、僕は2人をくっつけるようにピエロを演じた。

あれほどつらかったことはほかにはまだない。

しばらくして2人が付き合い始め、何かの折には一緒に遊んだりもしたが僕の方から徐々に距離を置くようになった。

2人は今では結婚し幸せに暮らしている。

それは良い。大切な2人が幸せになるならそれが1番良いに決まっている。

僕じゃなかっただけだ。

だけど、この力のせいで女性を好きになることが怖くなった。

もう恋なんてしない。男友達とだけバカやってればあんな思いもしなくて済むし、恋愛相談になんかもう絶対に乗ったりしない。

もし仮に相談されても頑張れよ。とだけ伝えることにしよう。


そもそもこの能力に気がついたのは、子供の頃に見た芸能人の結婚記者会見だった。

頭の上のマークはずっと見えていたがあれが何を意味するのかは子供心にはわからなかったし親に聞いても見えないようだった。

ある日、テレビで会見をしている2人の頭の上に同じ輪っかが見えた。それを見た僕は何気なく、

「この人達は仲良しだね。」と呟いた。

なんで?と言う母親の質問にお揃いだからと答えたらしい。

世間では名の知れたお騒がせカップルだったこともあり母親は特に真に受けてなかったようだが、子供も生まれても仲睦まじいその家族はいつしか世間の憧れの家庭になっていた。

反対に別の会見中に母親がなんともなしに聞いてきた。

「この2人は仲良し?」

僕は首を横に振り、

「この人の仲良しさんはね、この人。」

と、事もあろうに新郎を指差した後に記者会見の進行を務めていた女子アナウンサーを指差した。

母親もこれには驚いたが、何を隠そう数ヶ月後にはその通りになった。

事の顛末を見届けた母親が教えてくれた。

「お前には運命の人が分かるんだね。」

その言葉を理解するのにまた少し年月が必要だったが、誰かを好きになると言う気持ちに気がつく前になんとなくその意味は理解出来ていた。


僕は社会人になり、田丸電機という電子機器を扱う会社のコールセンターで働き始めた。

電話を受けて会社の製品であるマウスやキーボードなどの使い方を教えたり、トラブルに対応する。

人の顔を見ると僕の意思とは無関係に力が働くのでそれを避けるために対面する必要の無い仕事を選んだ。

さほど大きな会社ではないので同期は3人、全体で見ても20人程度だ。

僕のいる会社は田丸電機からの下請けで仕事をもらって働いているということになる。僕のいる会社はソリッドコーポレーションという会社で、その名の通り何事も堅実に取り組もうというのが会社のモットーだ。

毎日電話を受けていると色んな人がいるなぁと感心する。強気な態度に出る人。声が小さい人。緊張している人。常に下手に出る人。昨日のお客さんは方言が強く何度も聞き返してしまった。

同じ国内でも、こんなに言葉が違うものかと感心したほどだ。

大体の電話の内容はマウスやキーボードがうまく動かないだったり、機器同士の接続がうまく出来ない、だったりする。

電話が来て、内容を確認した後に同じ製品を実際に持ってきて、ここは光っているか、こう動かすとどうなるか、他のパソコンと接続しても同じ症状か。など、問題点の切り分けをしていく。他のパソコンなら問題なく動くようであれば、ウチの製品には問題は無い。電源のオンオフで直るならそれで様子を見てもらう。どんな手段をとってもダメなら、購入店もしくは、郵送などで交換の手続きに移る。

人と人の関係もこうやって切り分けていければラクなんだろうけど、そうもいかない。

それはわかってる。だから、むやみに関係を作らないにこしたことはない。

だが、社会人として最低限の社交辞令や集まりには顔を出しておこうとは思っている。

来週の歓迎会も出ないわけにはいかないだろう。なんせ僕と同期2人の3人が主役だ。

体育会系ではないだろうからそんな悲惨なことにはならないだろう。おそらく。


「えー、それでは我が社の益々の繁栄と、おれの出世と家内安全、後は、、あぁ、今年入社の三名の活躍を期待して、、」

「こらー!3人はついでかー!」

「自分のことばっかりかー!」

他の社員の方からやいのやいのと茶々が入る。このやり取りだけでもこの会社の仲の良さが伺える。

しかし僕ら3人は一笑も出来ず固い表情のまま、グラスを持って立っている。

「まぁ、なんだ、新しい仲間も増えたしこれかも益々頑張りましょうって事で乾杯!」

「カンパーイ!」

高々と掲げたグラスがあちらこちらでキンキンと音を立てぶつかり合う。

新入社員の3人は列になり、「よろしくお願いします」とグラスを合わせに回り始める。

ここにいるのは全て先輩なのでそれくらいはなんとも思わない。

その上タダでお酒が飲めるなら何度でも参加したいものだ。


ようやく自席に戻り一息ついた。

お客さんに色んな人がいるということは会社にだって色んな人はいる。僕ら3人の指導係になったのは田中由美子さんという女性で入社5年目の先輩になる。彼女はとにかく怖い。おそらく持ち前の気の強さからだろう。ダメなものはダメ、それは大丈夫。の判断がとても早い。

僕らが質問しようものなら秒速でその答えを出し、しっかりダメ出しまで付け加える。

近くのデスクに座る柳田弘さんは田中さんの先輩で、田中さんの指導係をしていたそうだ。僕らにとても優しく接してくれるので、柳田さんに指導係になってほしかったと思わなくもない。

同期の紹介をしよう。

池田瞳。同期の紅一点。まだあまり話をしてはいないが明るい性格で人の懐にお構い無しに踏み込んでくるタイプだ。そう、僕の苦手なタイプだ。昔はそうではなかったが、女性を遠ざけたい僕としては積極的な女性が苦手になっている。

吉澤祐樹。小学校から野球をやっていたこともあって、礼儀正しくハツラツとしている。研修のときに声が大きすぎるのを注意されていた。そう、何事にも限度があるのだ。

山本純平。他の人には無い力を持っていて、その力のせいでつらい思いをしていたしがない男だ。そう、僕のことだ。

今日の参加は15人くらいだろうか。

「しかしあれだね、吉澤さんは本当に声が大きいね。宜しくお願いしますって挨拶してうるさい!って怒られる人初めて見たよ。山本さんはいかにも内勤してますって感じだね。でも、お酒は好きそう。」

「いや、面目無い。昔からそうなんだ、緊張するとそれがイヤだからなのか声が大きくなっちゃってさ、よく怒られるんだけどくせって中々治らないもんだね。」

「いかにも内勤てどうゆうことだよ。お酒は好きだけど、内勤と関係無くない?」

僕も笑顔で会話に混ざる。

「いいのいいの気にしないで。にしてもあれだね指導係は柳田さんが良かったなぁ。」

僕の話か吉澤の話かわからない切り上げ方をしてどんどん展開していくのはいいが、社員が大勢いる飲み会でそうゆう話題はおススメしない。そう思い話題をすり替えようとしたときだ。

「おやぁ、由美子の悪口かぁ〜?」

田中さんの同期で社内でもそのサバサバ感が有名な吉田京子さんが赤ら顔で僕らに声をかけてきた。田中さんも吉田さんも容姿淡麗で2人に憧れている男性も少なくないだろう。

「よ、吉田さん、そんな訳ないじゃないですか!田中さんにはお世話になってますし、勉強させて頂いてます!ただ、あたし柳田さんみたいな方がタイプで。」

「なんだそうなの?面白い話かと思ったのにな。」

ヒヤヒヤした。まぁ吉田さんもあれだけ顔が赤いのであればワザとそんな話にふった可能性もあるか。しかし、池田さんは柳田さんがタイプなのか。なんかこんな話題を耳にしたのも久しぶりだな。

学生の頃と違って誰が誰を好きだとか、付き合いはじめただとかそんな話はきっとあんまり出ないだろうな。

社会人はきっともっとしっかりしているだろう。そんな浮ついた話をオフィスに持ち込むとは考えづらい。

2杯目のビールを傾けながら、先輩社員の顔ぶれを見るともなしに眺めていた。



「おはよう。昨日はちょっとヒヤヒヤしたね。」

翌朝、会社の手前で僕を見つけた吉澤が駆け寄ってきた。

「おはよう。そうだね。吉田さんあれ酔ってたのかな。」

「どうだろうね?でも、吉田さんほんと綺麗だよなぁ。昨日の話で行くとおれは吉田さんが指導係がいいなぁ。」

ここにも居たか。

「そうなんだ。」

相談なんか始まったらたまったもんじゃないなと思い会話を早々に切り上げた。

会社に到着しデスクに向かう。新人3人はオフィスの後方に机を並べてある。

入り口で渦中の3人に出くわし挨拶をする。

「おはよう。昨日飲みすぎてないか?また飲みに行こうな。今日も頑張れよ。」

「はい!是非誘ってくださいね!池田頑張ります!」

いつのまにか後ろに居た池田が柳田さんに愛想良く返事をした。

「おはよう。頭痛いなー、昨日最期の方の記憶がないなー。でも、安心して。お風呂は入ってきたから。」

「昨日少し飲みすぎたんじゃないですか?自分お水持ってきましょうか?」

吉澤がいつのまにか一歩前に出て吉田さんに返事をし、お願い〜の声に弾かれるように給湯室に駆け出した。

「おはよう。」

田中さんは挨拶をして自分のデスクに向かった、前の2人との温度の違いに戸惑ったが挨拶を返す。

田中さんは歩きながらだった為背中に挨拶をする形になった。

吉澤がコップを持って帰ってきた、吉田さんに手渡した後僕らはデスクに向かった。

業務が始まると同時に電話が鳴り始める。

基本的には経験を積ませる為に新人にどんどん電話をとらせる方針だ。

「お電話ありがとうございます。田丸電機カスタマーセンターの山本が承ります。本日はどういったご用件でしょう?」

僕らの近くには田中さんがいて電話応対をしている僕らの通話内容を聞きながらパソコンで対処のページを教えてくれたり筆談で「これを試してみて」などのアドバイスをくれる。それでもどうしようもないときは一度電話を保留にして細かい指示を受ける。

基本的には自分で調べて対応していくのだが、どうしても分からないときや、時間がかかり過ぎる場合に助けてくれる。

藁にもすがりたい気持ちで手を伸ばした先に大木が現れたら思わず抱きついてしまうように僕ら3人は分かりやすく田中さんに尊敬の念を抱いていった。


1ヶ月が経ち少しずつ仕事に慣れ始めた3人は田中さんのサポート無しでもトラブルを解決出来るようになっていた。

大体慣れてきたときにミスをするんだ。と先輩方に言われたその矢先にそれぞれが小さなミスを重ねてしまった。

違う製品のトラブルシューティングを試してしまい時間を大幅にロスしてしまった池田。

保証期間の確認を怠ったまま返品交換を受理してしまった吉澤。

どちらにせよお客さんを、怒らせてしまい手痛い洗礼を食らってしまった。

僕は田中さんから感じるプレッシャーが未だに拭えないため、ミスらしいミスは無かった。緊張からくる疲れはあるがミスはない。良いのか悪いのか。まぁ良しとしよう。

1ヶ月の研修期間が終わり、僕らの仕事はほとんど変わらないが、田中さんが終始面倒を見てくれることはなくなる。

少し不安に思わなくもないがきっと大丈夫だろう。

「仕事にもだいぶ慣れてきたな。研修も終わってこれからが本番だな。よし、飲みに行くか。」

僕らの様子をずっと気にかけてくれていた柳田さんが僕らを飲みに誘ってくれた。

池田はすぐさま飛びつき、僕らもそれに続いた。

「そうだ、指導係のお役免除記念に田中もこいよ、ついでに吉田も来るか?」

田中さんはいいですね。と返事をし、吉田さんはついでかよ!と嬉しそうに言った。


お疲れ様ですー!とグラスを合わせてからゆっくりと傾ける。

「この一杯の為に生きてるんだオレたちは!」

グラスを置いた柳田さんが開口一番におどけた発言をし、それに吉田さんが便乗する。

「そうだそうだ!会社がなんだ!お客がなんだ!」

田中さんは、グラスを置いて一息ついた後にお通しをつつき始め、僕らはグラスを持ったままなんとなくもう一口飲んだ。いきなりのハイペースについて行けたのは同期では池田だけだった。

「ほんとそうですよね!こっちだって大変なんだよー!バカヤロー!」

お前面白いなと柳田さんがいい、これくらいのガッツがいるんだよと吉田さんが続く。

田中さんは相変わらずお通しの肉じゃがをつついている。

と、ここで僕は異変に気がついた。

柳田さんと池田の頭上に星が見えた。

あれ?後から見えることもあるのだろうか?

入社時には見えなかったマークがここへ来て急に見えた。なぜだろう?

僕自身の力が思ってるよりも不安定なものなのか、運命の人の後出しもあるのか。

まてよ、もしかして後から見えるようになるパターンがあるということは後で消えるパターンもあるのか?

そう考えた後に思い出せる限りの、マークのついたカップルを思い起こす。

別れたカップルは、、居ない。

1組としてダメにはなっていない。

それはそれですごいなと思いつつビールを飲み干した。

まぁこれが見えたからといって本人に教えることもしないし、相談には乗らない。

もうそういうのは疲れたんだ。

みんなのグラスの残りを確認してから呼び出しボタンを押した。

ピンポーンと店内に呼び出し音が鳴り響いた。

店員が注文の端末を手にやって来た。

何か頼みますか?と声をかけ、とりあえずいいや。という声を確認しビールだけではなんとなく心もとなかったので、一緒にポテトフライもオーダーする。

注文を終え「ちょっとトイレ行ってきます。」と席を立った。

しかし先輩方はよく飲むなぁ。

お酒は飲めば飲むほど強くなるんだろうか?

慣れはあるだろうが、体質で完全にダメな人もいるんだろうな。

僕も飲めなくもないが、そこまで強い方でもない。鏡には赤ら顔の僕が映っている。

酔ってるな。しっかり水も飲んでおこう。

席に戻ると田中さんがぼんやりと柳田さんを見ていた。話に混ざる風でもなく、見るともなしにといった雰囲気で。

しかし、その視線に何か特殊なものを感じた僕は、昔のことをぼんやり思い出した。

あなたの気になってる相手は別に運命の人がいるからあなたとはうまくいきませんよ?

このことを良かれと思って伝えた結果傷ついたのは僕だった。

だから伝えない。

というか先輩にそんな生意気なことは言えないだが、なんとかやんわりと伝えられないものか。

お世話になっているからこそつらい思いを回避出来るように導けるのであればそれに越したことはない。

とりあえずその視線を剥がすように田中さんに話しかけた。

田中さんの正面に座った後に、研修のお礼を告げる。

「あの、田中さん。短い間でしたがありがとうございました。」

「え?何?辞めるの?」

「あ、いや、そうじゃなくて研修の話です。助けてもらうことばっかりで、、お世話になりました。」

「短い間なんて言うからもう辞めちゃうかと思ったじゃない。せっかく面倒見たのに!とか思っちゃったよ。研修は私も仕事だし、みんなの成長が楽しかったし全然大変じゃなかったよ?それにこれからも同じ部署にいるんだしまだまだお世話することもあると思うよ?」

お酒のせいか、職場以外ではこうなのかわからないが、田中さんは見たことないくらい優しく笑っている。

この人がつらい思いをするのはイヤだなぁと思うと胸がチクリと痛んだ。

柳田さんが、時計を見た。

「まぁあれだ、そろそろいい時間だし、明日も仕事だ。研修が明けたからと言ってもお前らはまだまだ未熟者だ。日々の研鑽を疎かにするとすぐに痛い目を見るぞ。気を抜かずに頑張ること。わかったかー。」

研修明けの3人がはい!と返事をするのとは裏腹に、先輩2人ははーいと生返事を返した。

「なんだお前らその返事はー」

「だって柳田さんそういう話してるとき、翌日あんまり覚えてないんですもん。」

吉田さんがケタケタと笑いながら話す。

飲んでるなぁという印象通り先輩達も酔ってるのかと気がつく。

うるせー!と笑いながら柳田さんがおどけて拳を振り上げる動きをしている。

こんな大人になりたいような、なりたくないような。

でも、きっと楽しいだろうな。

明日からもこの人達と仕事が出来ることが少し嬉しく思えた。


翌日、食堂でランチを食べていると「ここいい?」と声をかけられた。

目をあげると正面に田中さんがいた。

「昨日はお疲れ様。」

一緒にお酒を飲んだことで距離が縮まったのか、元々のこの雰囲気を出さないようにしていたのか、先月では考えられないくらい田中さんが近くにいるように感じる。

「あ、お疲れ様でした。楽しかったですね。」

「柳田さんは昔から、新入社員に気を回してくれるから、職場がいつもいい雰囲気になるよね。ほんと頭が上がらないや。」

胸のずっと奥の方で小さな小さな電気が走った。真冬の静電気よりも弱々しいものだった。

「そうなんですね。ほんといい人ですよね。」

ふと、田中さんが遠くを見ている。

視線の先に目をやると、柳田さんと池田が並んで歩いている。

「昨日まではそうは見えなかったんだけどな。」

ぽつりと呟いたその言葉に興味を覚えた。

「どういうことですか?」

「あ、いやなんでもないの。あの2人急に仲良くなったんだなぁと思って。」

「あぁ。最初から柳田さんいいなーってずっと言ってましたからね。昨日も随分仲良さそうに話してましたもんね。って、あれ田中さんもしかして、、。」

言いかけてはっとした。

こんなことを言うつもりはなかった。

まずい流れを作ってしまったなぁと思いながら田中さんを見た。

「ううん。もういいの。こんな思いは慣れっこだから。」

寂しそうに目を伏せた田中さんに問いかけてみる。

「でも、田中さんの方が長くいるし、信頼関係だって、それに僕はたな、、」

「あはは、ありがとう。あたしは大丈夫だから 。もうこの話はおしまい。さ、食べよー。」

僕の言葉を遮るように田中さんが話を切り上げた。

大好きなはずのチキンカレーがほんの少し薄味に感じた。


午後の仕事にうまく集中できず、送り先の住所を確認しないまま電話を切ってしまうというミスをしてしまったが自分でリカバー出来るものだったので事なきを得た。

仕事を終えた帰り道にまでまだ引きずっていた。

そもそも意中の人が誰かと少し仲良くなったくらいであんなにすっぱり諦めきれるものだろうか。

自分の方が長い間好意を寄せていたのならもう少しチャンスを伺っても良さそうなものなのに、、。

と考えたところで1つの仮説が浮かんだ。


田中さんが僕と同じ力を持っていたら?


学生の頃に好きだった女の子と友達の頭上にマークが見えた時点でスッパリと諦める努力をしたあの気持ちが少し蘇る。

衝動を無理矢理抑えたときに沸き起こるあの酸っぱい味に名前はないのだろうか。

なんにせよ確認してみる価値はある。

飲み会の席で田中さんがじーっと見ていたのは急に現れた星だったのかもしれない。


翌日のランチは僕が田中さんを探した。

「ここ、いいですか?」

昨日と全く逆の設定に田中さんはどうぞと言って少し笑った。

「お疲れ様です。今日は何食べてるんですか?」

「今日はねぇ、ナスと牛肉の炒め物。これ好きなんだー。少し甘辛くてご飯も止まらなくなるのよね。」

「いいですね。僕はカレーです。」

「昨日も食べてなかった?そんな好きなの?」

「もし、明日地球が滅亡するとして、最後に食べたいものもやっぱりカレーです。あ、いや、カツカレーですね。」

「カレーじゃん。」

「ところで田中さん。先日、飲み会のとき柳田さんの頭の上らへんをじーっと見てませんでした?」

「何よ藪から棒に。見てたかな?それがどうしたの?」

「いや、なんか見えたのかな?と思いまして。」

「何それ。なんかって何よ。オバケとかってこと?」

「いや、星とか。」

「星?夜にキラキラと見えるあの星?どういうこと?見えないよそんなの。お店の中だよ?」

「あ、いやほんとの星ではなくてですね、、。あの、もう大丈夫です。」

「うわー、気になるやつ。」

どうやら僕のような力がある訳ではないらしい。

まぁそれはそうだ。こんな力がホイホイと蔓延してたらみんな疑心暗鬼で恋どころではない。

わからないから不安で、わからないから嬉しいんだ。

でも、それなら田中さんのあの急激な諦めは自分にも言い聞かせるように、そう思い込むようにワザワザ口にしてることなのか?

僕に女性の気持ちなどわかるはずもないか。

すっきりするかと思ってただけにこの肩すかしはつらい。

モヤモヤしながらカレーを口へ運ぶ。

モヤモヤしていてもカレーはうまい。


これと言って決め手のないまま日々が流れた。

ある日の帰り吉澤がふと思い出したように話始めた。

「そういえば池田さんと柳田さん付き合い始めたみたいだね。こないだ2人で手つないで歩いてるとこ見ちゃってさ。」

「あー、そうなんだ。結構前から意気投合してたもんな。うまく行ってよかったよ。」

「山本はどうなの?田中さんとは。」

「なんでそこで田中さんが出てくるんだよ。なんもないよ。ってか別にそんなんじゃないよ。それより吉田さんはどうなの?」

「あ、そうなの?てっきりそういう感じなのかなと。吉田さんは全く相手にしてもらえない。諦めようかな。」

この流れはまずいなと思いつつ、まぁ好きなようにやるしかないなとだけ伝えた。

別にそんなんじゃない、、のか?

頭の中に浮かんだ言葉を反芻する。

なんにせよ吉澤が知ってるということは田中さんが知らない訳はないだろう。

つらい顔を見たくないなと思ってたが、現実にその可能性が出てくるとこんなにも心がざわつくのか。

僕はこの気持ちをなんて呼ぶか知っている。

そう、知っている。


気づいてしまった。

家に居ても、電車の中でも、会社に居ても、お風呂に入っていても頭のどこかに田中さんが貼りついていて出て行ってくれない。

メッセージも電話も名前を呼ばれても相手が田中さんだったらいいなと思わないときはなくなっている。

押し込めようとしてた気持ちはその反動で見事にかき乱され、まるで小型のハリケーンが僕の中に侵入したみたいだ。

寝ても覚めてもそればかり。

もちろん表面上にまで漏れてないつもりではいるが久しぶりのこの感覚にどこまで対応できているのか。


悶々と過ごしていたある日のこと。

僕はまた食堂でカレーを頬張っていた。

「ここいい?」

見上げるとそこには期待した通りの田中さんがいた。

「ええ。もちろん。今日のランチはなんですか?」

「生姜焼き定食。またカレー?」

「いいじゃないですか。好きなんです。」

自分でも驚くほど普通に言葉を交わせている。心配するほどの事でもなかったか。

田中さんが落ち込んでいるかもしれないという不安と僕の気持ちが空回りするんじゃないかという不安とが同居してどれくらい経っただろう。

心配で夜も眠れないだとか、このままじゃノイローゼになってしまう。というほどの不安を抱えていた訳ではないが、それでもほっと胸をなでおろす。


「私はね、星じゃなくて月が見えるんだ。」

思わず口に運びかけたカレーをもう一度お皿の上に戻した。

「え?今なんて..」

「この前さ、柳田さんの頭の上に何か見えたんですか?って言ったでしょ?星とか、って。私は月が見えるの。」

「田中さん一体なんの話をして..」

途中で気がついた。

つまり、僕と同じなのだ。

田中さんも。

「それって、柳田さんの頭の上と池田の頭の上に同じものが見えて運命の人だ!って話ですか?」

「あはは!意外とロマンチストだね。運命の人かぁ。まぁ平たく言えばそうなのかな?その月が見えると仲良くなってくのは間違いないんだけど、月の満ち欠けによってその先にどうなってくのか少し変わってくるのかな?私も詳しく検証したわけじゃないけど。」

聞く限りどうやら僕の力の上位互換のようだ。

「柳田さんと池田さんの頭上にあった月は三日月くらいだったのにこないだ急にまん丸のお月様が現れたからびっくりしちゃったんだよね。」

「急に変わることもあるんですか?」

少し違うが僕も先日初めて体験したことを先輩に聞いてみる。この力において先輩はどちらかわからないが僕に力があることはまだ知らないだろう。

「あるみたいだね。やっぱり運命も日々変わってくんだよきっと。占いだって、その未来を知ってしまった瞬間にレールが切り変わって、【未来を知ってしまった未来】へと続くレールを走り始めると思う。」

そうかもしれないなと素直に思った。

テストで答えを知っているとその答えを書くだろう。

単純にテストの点数が良ければ進学する学校や就職する会社も変わってくる。

そこから始まる分岐も変わってくるだろうということは容易に想像が出来た。

もっと早くそのことに気づいていれば友達を失わずに済んだのかもしれない。

今となってはいい思い出だと強がっておこう。

ふと、気になった事を聞いてみる。

「この話はみんな知ってるんですか?田中さんのお月様の話は。」

「知らないよ。こんな変な話誰にも出来ないって。」

田中さんは慌てて手をふり否定してきた。

僕は「誰にも」にすら入らないんだろうかとネガティブが顔を上げそうになる。

「あ、いや、でも山本くんがどうでもいい人だから言ったとかそう言うんじゃないからね。こないだ星とか言ったから、なんか逆に気になっちゃって、私は月が見えるけど山本くんは星が見えたりするのかな?とか。見えるの?星。」

少し考えたが伝えても問題はないだろうと思った。

「…実は僕も見えます。あ、でも、田中さんよりもっとアバウトですね。2人に星とか音符のマークが見えたらうまくいくんです。みんなの頭に見える訳じゃないんですけど、見えた人は今のところ100パーセントうまくいってますね。」

「それってすごいね。あたしのは確率がわかるみたいなものだから基本的にはみんなに見えるけど、くっついても別れちゃったりもするみたいだし。」

なるほど。同じようで少し違うということか。

「そうなんですね。僕もこの力のことは家族しか知りません。しかも子供の頃の話なので最近もまだ見えるって知らないかもしれません。小さな頃にこの力で嫌な思いしてしまってそれ以来、見えても誰にも何も話さないようにしてます。」

「あ、わかる。要らないなこれ。って何度も思ったもん。初めは楽しかったんだけどね。」

「良かれと思って伝えてみても信じてくれなかったり、気持ち悪がられたり、嫌なやつだと思われたり。もういいや。ってなりましたね。」

こんな話が出来る人が現れるなんて思ってもみなかった。

僕の好意はその人にとっての運命の人が見えてしまうと試合終了になる。

負けが分かっているレースに賭ける人はいないだろう。

ただ、その度に自分を説得するようにしているとこの想い自体が無駄なんじゃないかと思う事もあった。

そのモヤモヤを話す事が出来るなんて。


ひと盛り上がりした後時計を見た。

そろそろランチの時間も終わる。

田中さんがトレイを持ち立ち上がる。

「さて、午後も頑張りますか。でも、この力って不便なことに自分のは分かんないんだよね。見えないからさ。」

「あ、そこも同じですね。午後も頑張りましょ。」


先に歩き始めた田中さんの後ろをトレイを持って歩く。

田中さんの頭上には今のところ何も見えない。僕は自分の気持ちについている名前に気づいてしまった。

もういいや。

何も考えずにこの気持ちを大切にしてみよう。


1つの小さな決意を胸に前を向くと、田中さんがこっちを見ていた。

「あ、えと、そういえば山本くんの頭の上になんにも見えないんだ。」


不意を突かれたため言葉がうまく飲み込めなかったが、すぐに理解した。

僕の中でトクンと1つ大きな鼓動が響いた。

「…え?それって、、」

「知らなーい。」

田中さんはひらりと前を向きまた歩き出す。

両手でトレイをしっかりと持ったまま。

こんな状況でそんなこと言うかな。と思いながらもきっと僕の表情はどんどん緩んでいるんだろうな。

田中さんはひらりと前を向きまた歩き出す。

両手でトレイをしっかりと持ったまま。

こんな状況でそんなこと言うかな。と思いながらもきっと僕の表情はどんどん緩んでいるんだろうな。

トレイを置き調理場のおばちゃんに声をかける。

「ご馳走さまでした!」

あまりの声の大きさに何人かがこっちを振り返るが僕はかまわず歩き出す。

何も変えられないかも知れない。

それでも何かが変わるかもしれない。

さぁ、午後も頑張ろう。

仕事に戻るハズなのに僕の足は羽でも生えたように軽やかだった。



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