迷信に憑りつかれた男

高梯子 旧弥

第1話

 中学の修学旅行で京都に行った僕は自分のどんくささと運の無さに呆れてしまった。

 特に何かがあったわけでもないのに転んでしまったのだ。それもただ転ぶだけならまだ良かったのだが転んだ場所が良くなかった。

 京都にある産寧坂さんねいざか

 産寧坂、別名、三年坂さんねんざかで転ぶと三年以内に死ぬという迷信がある場所だった。


 高校二年生になった僕はまだ生きていた。

 いや、別に迷信なんか信じているわけではないけれど『もしかしたら』があるかもしれない。

 中学の修学旅行が確か十月だったので、もう来月で三年経つ。

 今のところ特に問題なく過ごせているので、このまま来月まで乗り切りたい。

 今日も普通に登校して普通に授業受けて普通に帰るだけだ。

 意気込んで通学路を歩いていると、後ろから何かがぶつかる衝撃を感じた。

 瞬間、僕は悟ってしまった。

「ああ、これは交通事故に巻き込まれたな」短い人生だったと、諦めかけたとき気付いた。

「あれ、何ともない?」少しよろけはしたけれど生きていた。

 安堵した僕は後ろを振り返ってみた。するとそこには友人の長谷川はせがわが立っていた。

「よ、おはよう。せっかくタックル決めてやったのに反応薄いな」

「おはよう。いきなり後ろからタックルされたあげく良いリアクションまでとらなきゅいけないのか。僕は大変だな」

「確かに」と言い、僕の横に並ぶ。長谷川とは中学からの付き合いで、高校に入って友達ができるか心配だった僕にとっては有難い友人の一人だった。

「いやー、なんか背中から悲壮感が漂ってたから元気づけようと思ったんだけどな」

「例えそうだとしても別の方法で元気づけてくれ」

「了解。あ、もしかして負のオーラが出てたのはもうすぐ三年経つからか」

 少し茶化し気味に言う。長谷川は中学の修学旅行で一緒にいたので、僕が無様に転ぶのをばっちりと見ていた。

「別にそんなの関係ないよ。全然意識してないから。ってかもう三年経つのか、早いな」

「何がとは言ってないけど?」

 にやにや顔で言う長谷川の顔面をぶん殴ってやろうかと思ったけれど、ここで過剰に反応しては意識しているのが伝わってしまう、というか長谷川にはもうバレていそうなので、ここは開き直って「もうすぐ三年経つなら何かお祝いしようよ」と提案した。

 それを聞いた長谷川は「いいね。三周年記念だ」と楽しそうに言った。


 放課後、長谷川と祝うといっても何をするか決めていなかったので、下校しながら話し合ってみた。

「やっぱりお祝い事だし、ケーキはかかせないな」

「いや、お祝い事といっても誕生日とかじゃないんだからわざわざケーキなんか買わなくても」

 僕としては強がって言っただけで、別にめでたいことではないので、あまり派手なことはしたくない。

「普通にうちに来てお菓子とか食べながらゲームでよくない?」

「えー、なんかそれだと普通だな。もっと変わったことしようぜ」

「変わったことって言われてもなー。まあまだ時間はあるし、もう少し考えるか。最悪、当日の行き当たりばったりでもいいしね」

「だな」と長谷川が言って、その日は解散になった。


 三周年記念のお祝いはあの日からちょうど三年の日になった。

 正直、その日になるまで何かあるのではないかと不安になるときもあったけれど、何とか無事にその日を迎えることができそうだ。

 休日である明日の昼頃に長谷川が家に来ることになっている。

 昼だから起きられないということはないだろうけど今日は少し早めに寝ようと思い、カーテンを閉めようと窓のほうへ近づいたときに窓の外に流れ星が見えた。

 咄嗟に僕は「三周年無事に迎えられますように」と三回唱えた。

 ちゃんと流れ星が流れている間に言えたかは定かでないけれど、とりあえず自己満足にはなった。

 さて、では寝るかとカーテンを閉めようと手にかけたときに窓の外に蜘蛛が張り付いているのが見えた。

 夜に蜘蛛を見るなんて珍しいなと思いながらカーテンを閉めた。


 翌朝、普通に起きられた僕は洗面所で顔を洗っていた。

 いよいよ今日かと思うと無駄に気合が入り、いつもより念入りに顔を洗ってしまう。

 デート前みたいだとおかしくなってしまったので、さっさと切り上げることにし、顔を拭いて洗面所を出ようとしたとき、後ろからパリンという甲高い音が聞こえた。

 後ろを振り向くと洗面所にあったガラスが割れていた。

 僕が生まれる前から使っているものなので寿命が来てしまったのか。ガラスの破片が飛び散って危ないので、母親にこのことを知らせてから片づけをした。

 朝からそんなトラブルはあったものの、その他は特に問題なく進んだ。

 きちんと昼には長谷川が来て一緒にゲームなどをして遊んだ。

 途中、長谷川が「最近こんなのやってるんだ」と言ってタブレットに入っているアプリでキーボードを演奏し始めた。

 それを聴いていた僕は「楽器は弾けないけど」と言って茶碗を箸で叩いてドラムの真似事をした。

 そんな風にしていると時間が経つのは早いもので、気が付いたらもう夜になっていた。

「さて、そろそろ帰るかな」と言うので僕は途中まで見送ることにした。

 見送りの最中はさっきまで散々遊び疲れたためか、あまり言葉を交わさなかった。

 仲が良い人とだと沈黙でも気まずくならないので気が楽だった。

 しばらくすると長谷川が「ここまででいいよ」と言うので別れの挨拶をして僕も歩いた道を戻る。

 夜道は暗くひとけも少なかった。

 何か不気味なものを感じる気がして自然と速足になる。

 途中で僕の前を黒い何かが横切った。よくよく見てみると、それは猫だった。

 黒猫が横切るなんて縁起が悪いなと思うと、またさらに歩く速度が増した。

 あとはこの坂を上れば家に着く。そう思うと少し安堵し、坂を上ろうとしたが、そこで一旦足を止めた。

 僕の通り道でもある坂の上のほうに何か黒いモヤみたいなものがかかっている。

 夜道で暗いというのはあるけれど、一ヶ所だけ濃度が違うように見えた。

 僕は気のせいかと思うようにし、坂を上り始めたが、近づくにつれ段々と気のせいなんかではないような気がしてきた。

 引き返そう、そうでなくても一旦足を止めようと思っても何かに引き込まれるように足はどんどん進んでいく。

 次第に黒いモヤの輪郭がはっきりしてきた。人型のように見えるが何かが違う。

 顔や手足は骨と皮しかないのではないかというほど細いのにお腹だけが妙に膨らんでいた。

 あんな姿のやつどこかで見たようなと思い、頭を働かせていると一つ思い当たるものがあった。

 餓鬼がきだ。漫画で似たような絵を見たことがある。確か亡者や亡霊の一種だったような。

 もう餓鬼との距離は十メートルほどしかなくなっていた。

 早く逃げねばと思うもののやはり足が自分の足ではないかのように動けない。

 餓鬼が何か言っているのが聞こえてきた。

 およそ人の言葉ではないものなので何を言っているかわからなかったのにこの一言だけは聞こえた。

「見つけた」

 そう言った餓鬼は僕の中に吸い込まれるようにして入り込んできた。

 今日この瞬間、今までの僕は死に、新しく餓鬼に憑りつかれた僕が誕生した。

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