NIGHT LYNX【ナイトリンクス】~Hope of the moonlight~
宗岡 シキ
プロローグ 月下を駆ける英雄
床に転がり呻き声を上げる8人の強面の男達。ここは違法な取引をしている組織の一つが潜伏していた建物だ。
ある目的があってここに来たのだけど、今回のターゲットはこの騒ぎに乗じてこの部屋から逃げ出したみたいだな。
神経を聴力に集中させて音を探ってみると、階段を上っているようだ。
よほど混乱しているんだろう。外に逃げれば少しばかりは逃走経路を選ぶことが出来たのに、わざわざ自分から追い詰められる形になるなんて。
まぁ、僅かに選択肢が増えるだけで結果は変わらないだろうけど。
階段を上りきり……屋上へ続く扉を開けて……鍵を閉めたのか。
まさにあとは猫に狩られるだけの袋のネズミになったな。
俺は窓から外に飛び出すと、外壁から上を目指して四肢を使って駆け登った。
屋上に到達すると男が一人、息を殺しながら扉を凝視している。
物音を立てずにここまで登ってきたから無理もないが、こちらの存在には全く気付いていない。
「そんなに熱視線を注いで、愛しい人でも待っているのかな?」
跳躍して背後へと降り立ち声をかけると、肩を跳ね上げてから振り返る男の胸ぐらを掴み、すぐに扉へと押し付ける。
それでも男が暴れるので一度扉から体を離し、今度は先程よりも強い力で押し付け、大人しくなったのを見てから問いかけた。
「リストはどこだ?」
その言葉に男は目を見開いて驚くが、口から答えが出てくることはなかった。
それなら喋りたくなるようにしてやろうと、俺は男の鳩尾に膝を入れる。
「もう一度聞く。リストはどこにある?」
嘔吐いたあとに酷く咳き込んでいたが、それが治まっても喋る様子が見られないので、今度は顔を三発殴りつける。
「教える気がないならそれでもいい。お前のようなクズの悲痛な叫び声を聞くだけでも痛めつける甲斐があるからな」
「か、勘弁してくれよ! あれを渡したらどの道俺は大手を振って街を歩けなくなっちまうんだよ!」
と言うことはここにあるのは間違いないみたいだ。
ようやく少しだけ話が進展したか。
「なら選べ。仲間の目に怯えながらもこの街から逃げ出すチャンスを得るか、それとも今ここで死ぬかだ」
そう言って抵抗する男を屋上の縁まで引きずっていくと、そこから体を宙に投げ右腕一本で支える。
これがこいつにとっての唯一の生命線となるように。
「5秒以内に喋れ。そうでなければこの手を離してお前自身に相応しい場所へと送ってやろう」
「わ、分かった! 本棚の後ろの隠し金庫に入ってる! 番号は『75-53-06-28』だ!」
男は震える声を張り上げてようやく洗いざらい吐き出すと、これから自分に降りかかるかもしれない裏切りに対しての報復をどうすべきか思案しているようだった。
「協力には感謝する。だが俺の時間を無駄にした報いは受けてもらおうか」
それを聞いて間の抜けた顔をする男を掴んでいた手を離すと、悲鳴を木霊させながら眼下の闇の中へと吸い込まれていった。
程なくして地面の方から衝撃音が聞こえてきたことを確認し、大きな溜息をつく。
いい加減に慣れなきゃいけないんだろうけど、何度やっても疲れるんだよな。
情報を聞き出す為とはいえ、こういう演技は俺の性格には全く合わないんだから。
有無を言わさず倒してしまう方がどんなに楽なことか……
ちなみに男が落ちていった場所の真下はゴミ捨て場だ。予めゴミの入った袋が山積みになっているのを確認しておいたし、この高さだったら大怪我は免れないだろうけど死にはしない。
あとは声や音を聞いて様子を見に来た人が見つけて通報してくれるだろう。
罪人に対して容赦はしないけど、最終的に裁くのは然るべき人に任せるつもりだから命まで奪いたくはない。
ただ先に言った通り「相応しい場所」へは送らせてもらったけど。
さっきの部屋に戻り本棚を横にずらしてみれば男の言った通り、そこには壁に埋め込まれた隠し金庫があった。
そういえばご丁寧に番号まで教えてくれたっけ。ダイヤルを回していれば音が聞こえてくるから場所さえ分かればどうにでもなったんだけど。
おかげで扉は簡単に開き、中にある書類を全て手に取ると一枚ずつ目を通していく。
あった……これだ。
これが俺の探していたものだ。
違法取引をしている商人とその顧客の詳細が記載されているリスト。
これがあれば簡単に居場所を割り出せるし、奇襲も待ち伏せも思いのままだ。
何枚目かに目を通し始めた頃、建物の中に複数の者が入ってくる音が聞こえてきた。
極力足音を消しながら各部屋を順番に確認しているのが分かる。
おそらくは
ここに向かう前に屯所にいる団員の足元目掛けてこの組織に関する文書を投げ入れたから、もしかしたら来るかもとは思っていたけど予想していたより早かったな。
目的のものは手に入れることが出来たし、姿を見られる前に俺は建物の屋上を伝って夜の街へと離脱した。
眼下に広がる煌びやかな光景を目にして、かつて力を羨望していた無力な自分を思い出しながら。
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