もしも転生先のソシャゲが三周年だったら

嘉代 椛

3rd anniversary

 俺は転生した。


 雑な導入ですまない。だけれど俺は小説を書いたことないし、学校の作文の評価もひどいものだった。正直、今の状況をどう語ればいいのかもわかっていない。だから、どうか容赦してほしい。


 俺は転生した。


 転生というと、大抵は異世界になるのだろうか。地獄の閻魔に謁見した俺は、予定より早く死んだのでその差分だけ他の場所で生きてみませんか? というなんとも魅力的な台詞に従って、現実とは違う世界に転生することになった。


 ソシャゲの世界に。


 なぜソシャゲ? と思われるかもしれないが、これには俺の趣味が関係している。実家暮らし、金なし、彼女ナシ、労働時間多しの俺にとって、ソシャゲこそがまさに心のオアシスだった。

 固定ハードを買う金はないが、課金することはできる。テレビの前で数時間楽しむことはできないが、空き時間に地道に進めることができる。

 まだソシャゲやってんの? などと揶揄されようとも、俺はソシャゲが好きだった。それなりに。


 どうせ転生するなら、好きなところの方がいいでしょう。という意気な計らいにより、俺はやっていたソシャゲの世界に転生する折となったのである。



「起きてください! ねぇってば!」


 あどけない少女の声が聞こえる。あ、この声、スマホで聞いたやつだ! ゆっくりと目を開くと、そこには金髪の少女が立っていた。

 どうやら眠っていたらしい。腰に手を当てて、私怒ってます、と言わんばかりの彼女。一方的にではあるが、よく知っている顔だ。彼女とともに主人公は物語の中を駆け抜けてきた。


「もう、起きなきゃダメなんですからね」


 だから俺は少女の服を見てぎょっとした。

 普段とは違い、やたらと露出の多いそれ。ケーキを模しているのだろうか。フリルとビーズが使われたそれは、両手両足はまるだしでなんとも寒そうだ。

 胸にはさんしゅうねん! と書かれた巨大な板チョコが乗っており、薄い胸を雑に隠している。


「え…こわ…」


「?? どうしたんですか、カイン?」


 少女が自分の名を呼ぶ。それはソシャゲの主人公の初期名だった。

 俺はストーリーで呼ばれる名前を統一したい派だったので、大半のゲームは初期名をそのまま使用していた。おそらく、それが引き継がれているのだろう。


「早く来てください! みんな待ってますよ!」


 やたら滑舌のいい少女に促され、外に出る。太陽の日差しが眩しい。白く染まった視界をゆっくりと慣らしていくと、横合いから凛々しい女の声がした。


「や、やあ…、ようやく起きたかね」


 この声にも聞き覚えがあった。

 俺が好きだった女騎士のキャラクターだ。国家の不正を正すため主人公と共闘し、逆賊の汚名を負った彼女。ネットではその力強さゆえにゴリラとか、人型決戦兵器などと呼ばれていたが、俺は大好きだった。

 貞節な彼女は、多くのイベントでも肌の露出を避けており、唯一それが違ったのは水着くらいだ。それも非常に上品なものだった。

 

「…運営、表出ようか」


「ど、どうしたんだ? 突然」


 女騎士の動揺した様子が目に入る。

 彼女の衣装も少女と同様のものだった、いや胸のチョコレートが溶けかかっているので、より悪意は強い。

 俺の視線を受けて、もじもじと体をくねらせる様は随分と色っぽかったが…、それはないだろう。違うんだよ、求めてないんだよ。お色気担当の人いたジャン。


「や、やはり、似合っていないかな? これでも相当勇気を出したんだが」


「シャレオツですね」


「そ、そうか!」


「ふふっ、私が選んだんですよ!」


 嬉しそうな二人を横目に天を見上げる。

 上限解放であのチョコが消えてなくなることが分かり切っていたからだ。ていうか、選んだのお前か。センスがおっさんな上に、もう完全に性的な目で見てるよね。


 用事があるらしい女騎士と別れて、少女と二人で歩いていく。何がすごいってあの痴女コスでも周りはほとんど反応していないことだ。うらぶれた風俗街か、ここは。


「あっ、おっはよーん!」


 お色気担当の声が聞こえて、俺はため息をついた。

 来たよ、来てしまった。普段着がネグリジェとかいう、ある意味で最強の女である。割と悲しい過去を背負っている以外は、ただの痴女だ。

 むしろ悲しい過去を乗り越えるために、変態性を手に入れたのかもしれない。そう考えると、業の深さが増した気がした。


「もー、この格好暑くってさー、ぬいでいー?」


「…えぇ」


「あっ、ウサギさんですね! かわいいです!」


 そこにいたのは、ウサギの着ぐるみだった。肌の露出が一切ない、無駄にでかいニンジンを背負ったウサギがそこに立ってた。

 俺はあまりの出来事にショックで立ち尽くす。いったい運営はなにを考えているんだ…。彼女は人気投票でも上位、いわば稼ぎ頭だ。それをこんな無惨な姿にするなんて。


「いやー、でも今は何にも着てないからさー、脱ぐのまずいかなー」


「え、ええっ! 中は裸なんですか!?」


「だってー、暑いもーん」


 ガチャ限か。上限解放前提のその台詞に戦慄する。どうせ後半の闇鍋ガチャに入れるつもりなんでしょ! 二周年みたいに! 二周年みたいに! 

 随分といやらしい集金方法になったもんだな、オイ。俺は性能厨なので、立ち絵に惑わされることはほとんどない。女騎士の水着の時だけは下半身に従って引いていたが、それきりだ。


 その時、突然悲鳴が聞こえる。逃げ惑う人々。泣き叫ぶ子供。あ、イベントプロローグだったんですねこれ。

 急いで駆けつけると、三周年と書かれたプレートを持ったモンスターがところ狭しと暴れ回っていた。


「…あー」


「大変! 三周年のプレートが!」


 悲痛そうに叫ぶ少女。どうやらあれはみんなで作った大切なプレートらしい。

 それを聞いて、俺はすっかり疲れてしまった。だってここからやることが分かっちゃったからだ。

 このソシャゲのイベントは基本アイテム収集式。指先で行っていたそれを、現実に行えばどうなるかなんてわかり切っていた。ブラックなんて目じゃない、フリーランという名の地獄が始まる。


「追いかけましょう! みんなのプレートを取り返さなきゃ!」


「引退しまーす!!!」


 地獄の閻魔様に向けて、俺は声高に叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もしも転生先のソシャゲが三周年だったら 嘉代 椛 @aigis107

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ