僕と彼女の日常

虹色

第1話



「元旦とか、平成最後とか、そういった節目のときは何か新しいことにチャレンジするといいらしいよ」


彼女は、みかんをもしゃもしゃと食べながら事もなげに言う。

新しいこと、か。

たしかに最近、人生がまんねり気味だ。

変わらない景色、

変わらない日常、

変わらない収入、

変わらない関係。

変化に乏しい、色あせた日々。

変わるのは、どうだろう……、

今日の食事の献立と、チェックする漫画のラインナップ、

そして、

彼女との喧嘩の内容くらいか。


「そうんなんだー」


僕もみかんをむしゃむしゃと食べながら、これまた事もなげに答えた。


「そうなんだよー」


と彼女も僕の台詞を繰り返すように言う。

それに「私は」と続きを話す。


「浮気をしようと思うんだよねー」


彼女はさして重大な事でないように、

明日雨が降りそうだから、折りたたみ傘を入れておこう、くらいの気軽さで重大発言をした。

それが本気が冗談か、事の真偽はさておき、僕は衝撃を受けた。

食べていたみかんを落とすくらいの衝撃は、確実に受けていた。

彼女とはよく喧嘩をするが、お互いに喧嘩の種を自らまくような悪手は犯さない。

いつも原因は僕らの外にあった。

例えば、旅行先の天気が悪かった、

例えば、店員の態度が悪かった、

例えば、朝の占いの運勢が2人とも11位だった。


そんな風に、僕らは周りに振り回されて喧嘩をして、

1日で忘れて、仲直りする、

その繰り返しで生きてきた。

僕は彼女のことは嫌いではないし、彼女も僕のことを嫌っていない。

僕は彼女以外の女性のことが彼女より好きではないし、

彼女も僕以外の男性のことが僕以上に好きではないはずだ。

だから、それ故に変化しない関係性、

変化しないゆえに、『浮気』という致命的な関係性の変化が突然にきたのかもしれない。


「平成最後だしねー」


僕の穏やかじゃない精神状態を気にするそぶりも見せず、彼女は続ける。


「私って、存外魅力的らしいんだよ。知性的で、だけど儚げで。ほっとけないらしいんだって」


彼女は続ける。


「だから、あなた以外と一緒に過ごす世界も、みてみようかなーって。ということで、私、今年浮気します」


彼女は、続ける。


「付き合って3年目に言う台詞じゃないだろ」


「あ、覚えてたんだ、よかった」


「3年目の浮気くらい、許してくれよって♪そんな歌あるじゃん。許してよ」


「それは男目線の歌だろ」


「現代は男女平等だよ?」


「よく奢ってあげてるじゃん」


「そういうとこがせこいよ。それにそれはあなたが奢ってるんじゃなくて、私が奢らせてあげてるの」


「それは詭弁だよ」


「あなたもね」


「僕のこと、嫌いになった?」


「好きだよ。あなたは?」


「好きだ」


「そう、それは良かった」


「でも、浮気するんだろ?」


「あれ、嘘だから。あなたのびっくりする顔、見たかっただけ」


「君らしくない嘘だな」


「浮気じゃなくて、嘘つきになろうと思って。だって、いい女ってミステリアスな感じじゃない」


「君は映画の見過ぎだ」


「あなたは見ないからね。たまにはいいもんだよ、別のジャンルの趣味にはしるのもさ」


「というか、本当に嘘なのか」


「嘘だよ。本当に嘘」


「本当に?」


「しつこい男は嫌われるよ。そんなに不安なら、不安にならないように努力を続けてよ」


「例えば?」


僕の問いに、彼女はにこりと笑った。

そして、僕を両の手で抱きしめた。


「こんな感じ」


ーー


こうして、僕らはまた喧嘩をして、また仲直りした。


僕らに原因がないことで。

今回は平成のせい、

そして付き合って3年目のせい。

僕らに過失はない。


たぶん、このことも明日には忘れて、いつもの僕らに戻っていることだろう。

いや、いつもよりは一歩、前に進めたかもしれない。

きっと。

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僕と彼女の日常 虹色 @nococox

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