アカリさん!あんた誰なん? 必要としてたのは僕だったんだろ!?

いく たいが

どうした? 迷子がなんだってんだい! 

 海風かいふうから吹き上がる暖かなアトモスフィア――「潤い気な大気。雰囲気」と巷間こうかんではうが――と山峡 やまかいから吹き下ろすいまだ冬の名残を含んだ春風が重なり合うさかい、そこは伊豆と箱根を結ぶ玄関口の十国峠。


 関東十か国(とは、相模・武蔵――現在の東京都23区と埼玉県の南部の一部と千葉県の北東部の一部――・安房・上総・下総・常陸・上野・下野・伊豆・甲斐、こんなに一遍に見られるとは)、そして駿河湾・湘南海岸・三浦半島、天候に恵まれると千葉県の房総半島まで目が届く……流石日本一高い富士山の子供・峠。そりゃそうだ、千葉からでもハッキリ富士山は見えるしなぁ。

  

 頬を撫で往く風に向かい眼下の伊豆の海を目にしながら其処彼処そこかしこに若菜萌える傍らにくっとたたずむ少女、朱梨アカリ11歳は春の新芽のような初初しい輝きを放って立ち尽くすかざ。をおこし――ひかって。

数十メートル程離れた所からその姿に不図ふと足をとめたケン13歳、南東からの海風、南西からの稜線りょうせん風、夫れ夫れの春風が出会った界の光景は、宛然まるで淡い水彩画のように重なり合って映る初春の耀かがやきとなってそこに在る。


 此処ここ箱根十国峠は都内を始め近隣からよく遠足や校外学習のスポットして小中生らが訪れる穏やかな傾斜の連峰れんぽうとして知られていた。

 やがて発車するバスの車窓からケンが何気に振り返り見たその少女の、気の所為せいだったのか、勝手な思い込みに決まってる……微笑むような目線となって映り。、普通の只き交う二人に過ぎなかった。


 八月の青空にトンボはお似合い。秋を知らせるメッセンジャー。と目の上の紺碧の空を通って行くと、もう八月も終わりかぁ、ピアノ発表会まで、いや其れ処かガラコンサート(新人登竜門コンサート等)演奏会まで二週間を切った、なんとか観客にも演奏が成功裡せいこうりおわったという感慨を与えなくては。ではと! あのアクト大ホールでオーケストラをバックにうまく弾けるようにするぞとピアノに向かうケンであった。


 当日、会場はやはり男子はたったの若干名。 客席の|騒々(ざわざわ)が収まる。ステージに演奏者達がスタンバイし一人の少女が現れ、程なく演奏が始まり。なんと穏やかで優しくさせてくれるバイオリンの調ちょうか、透き通ったようなおんか、これに適う連続した長短な流れの旋律があろうか。

「String Quartet No. 1 in D Major, Op. 11: II. Andante cantabile(https://youtu.be/Y2LVjT_EYL0)」であった。

カーテン越しに覗くと、あれ? どっかで見たことのある少女!? ……十国峠のあの子!? かなぁ……そうだよ! きっと。

「坊ちゃま、あの子は行けません」と頭越しにいう通いのお手伝いの美乃よしのさん。「『坊ちゃん』はやめて! ケンでいいから!」我が家の一員なのだから。というのは。生まれた時は既に傍に居た60過ぎのケンにとって好き理解者であり佳き味方ともなってくれてる人なのである。「どうして?」 「お父様に訊けば分かる事よ」 「えーえ! 何何? 教えて!」 「商売敵のお嬢さんなの。詳しく知りたいなら後は訊いてみてくださいな」と応え口をつぐむ。

ケンのピアノ協奏曲 Tchaikovsky Piano Concerto No1-1(https://youtu.be/ItSJ_woWnmk)は、その子のとは対照的に、力強く優雅にと直直ただただ20本の指に全神経を集中させ無我夢中にアクトを終える。――しかし、今まで何回やってもバイオリンソナタとピアノとの協奏は音色がどうしても合わないのです。理由は、あなたはあなた、わたしはわたし、のように自由に振る舞うからで、これでこそ全身まるで見ていて和む仲の良い恋人同士か夫婦かが程良い自己主張をするからなのです。――

緊張と汗がまたもドッカリ。飛び込んだ楽屋のトイレから出て来ると、彼女も行くとしていたのかペコリを頭を下げる少女に出っくわす「素晴らしかったーぁ。私の好きな曲の一つなの」とのエール、ならばとエールの倍返しにと「いやーあ、チャのあの穏やかさの中の力みなぎる旋律っての俺好きだー」 「やっぱり十国峠のとき人。あ、アカリって云います、よろしくお願いします」 「お、ケンです、こちらこそ。中学何年ですか?」 「小6です。ケンさんは?」 「え!? 見えない。中2かなって? 上背うわぜいあるし、しかもキレイ過ぎてまともに見れないよ~――しっかり見てるけど。あ、俺中2す」 「…………」無言のなかに爆笑を全力で抑える仕草がカワィ、が、まなこが百パ微笑むアカリさん「私も! 見れない! ガチ聴き惚れてたけど」またしても汗がドッカリ。しかし、潤った汗が、朗々とした空気が、何処か魅かれ合う音の高(おんな)と低(おとこ)の旋律となって二人の間に流れたよう。


 続いたメール、続かなかったときは半年も、そしてまたメールが、のような流れが却って自然な心地好さとなって。今でもこうして時折り会って遊ぶ二人、アカリ高2、ケン四大一年、となっていた。

「そんなに好き同士になってるの」 「いやあ、好きというより長年の友。心友だね。今じゃお互いに妙な男女の壁はなくって何でも素直に居られる関係って分かるかなぁ?」 「あら、そ。今日もデートだったの。いつまで隠せるかしら」 「それ! 気になってたからアカリにも訊いたけど『さ―ァ、何の事?』だぜ」 「そ! 恋人には誰でもなれるけど心友にはなり難いのが男と女なのよ」 「おーぉ! 流石恋の大先生!」 「あら! 云うね……だったら今イトしい旦那がいるわ」 「ねぇ! 何が遭ったの? どうして隠すとかパパが知ったらとか云うの?」

これを機会きっかけに話のはなしが現れてくるのでした。


 「誰か解る人ーぉ!?」 「ハ―イ!」 「……です!」 「ハイ! 正解です」と利発な少女横山美乃。都内屈指の一等地渋谷区神宮前の共学校・国学院大付属高に通う高2生であった。むろん美人なるが故の御利益ごりやくのナンパ&軟派ナンパの日替わりイベントとなって往く。付き合った男子の数は数え切れないほどに。 たった二日でわた者も居たが。

家は普通の中産階級。父親は世田谷区松原にある明大前駅で不動産屋を営み繁盛。両親と共に何不自由なく暮らす環境にあったが、高校を卒業すると突如とつじょ独立前言を発布する。一度云い出すと止まらないキャラ。

鼻の整形をしたかったのです。男友達始め付き合いのため深夜過ぎに帰ると怒鳴られる等を避けるためでもあった。既に美少女だった上に整形手術まで施す意味がどこにあるのだろうか、兎にも角にも「こうだ!」と決めるとせずにはいられない性質たち

 当然の行き掛かり上、ナンパは若者からだけでなく中年男性からもあって、これが病みつきとなる。若い男には無い言葉の巧みさが楽しくなって、身体のテク上手も上で一度味わうともうハマって行くだけで、何よりは百万円以上もするプレゼントは当たり前、好きな外国旅行も思いのままに。

そして或る日、偶偶たまたま街でホステス勧誘に遭い「一度やって辞めればいいや」くらいのノリで働いたのが当時ナンバーワン・倶楽部キャバ、ラテンクオーターであった――長ーくつづく赤絨毯の階段を下った先は快感のグランド、生演奏と共に行き交う濃艶のうえんな男女のシルエットがゆれて。

数日が数週間となってついに一カ月分の給料が二百万円以上、その上お客さんからはチップと称して都度数万円、そこへ持ってきて店外デート時にはゴージャスなプレゼントまで。もちろん、どっちが客だか、常に気を遣って貰いチヤホヤされるキャバ職が気に入って行くのでした。

また当時の世情は、深夜10時過ぎ頃になると例えば赤坂から六本木に行くのに一万円を手にかざして手を上げないとタクシーが停まってくれない場合が多く、タクシー運転者さんもチップだけでその頃の物価で二千万円程度で戸建てのマイホームが買えたドライバーも居た時代だったのです。もう二度とこのような狂乱ともいえる時代は来ないであろう。

 何故これほどまでの大金を店はイチキャバ嬢に払えたか? 成金はいうに及ばず有名商社とお役人さんが客だったからです。国のお金、会社のお金、ってことです。この両者が水商売繁栄の元となっていたのです。

贔屓ひいきな客を挙げれば日商岩井・現双日株式会社、伊藤忠商事、旭化成、署名代議士とその秘書ら、累々るいるい。ついに一時、旭化成会長をはぎパパと呼んでその愛人となって豪華マンションで暮らすが毎日来るわけでもないし、月によって数回程度だったこともあり、ボーイフレンドや恋人は別で堂々と二股生活をしてくのでした。収入は充分過ぎるほど、そうなるとイチイチ働く必要はなくなくなって店を休むと「是非! 是非!』と懇願され時にはマネージャ自らがタクシーで迎えに来ることもあったのです。そりゃー、そうだ、店の稼ぎ柱だもんなぁ。キャバ嬢のために全財産を使い果たしついには黒服(水商売の主任やマネジャー)になった人たちも結構居たそうです。

そんなキャバ嬢は全員でないのは無論、が確実に一定層を占め桜子さんという源氏名のキャバ嬢の場合は女優なんか目じゃない、その美しさは。当時日活の看板スターをしていた二枚目スターの h の愛人であって、芸能雑誌やファッション雑誌には連日取り上げれるほどの巷の大スターでもあったのです。


 こんな折り、「おい! 足踏んだろ! コノヤロウ!」と店内の有料トイレで云い合いとなり住吉会幹部村田勝志は登山ナイフで根元まで深く力道山を刺す。力道山は店内に垂れる血を引きずりながら戻り「ここに暴力団がいる! 気をつけろ……」とステージ上から怒鳴って気を失う。その後彼は亡くなって犯人は逮捕。

これを契機に美乃はラテンクオーターを辞め、キャバレー「月世界」 「コパカバーナ」へと移りホステス業を更に謳歌して行くのであった。このコパカバーナはかつてデビ夫人が働いていたところであって。

 大昔の話をしたらそりゃどこも原始林であるが。縄文時代には、赤坂、溜池の辺りの内陸部まで海水が深く入り込んでビチャビチャ。

その後、赤坂は、東は国会議事堂、西は青山、北は赤坂御用地、南は六本木という好条件の台地に囲まれていたことから発展をし始める。こうして歓楽街赤坂は昭和30年代から50年代にかけてが最盛期、銀座と並ぶ高級繁華街として栄え始めたのでした。併せて商業ビルの進出もあって今日の大都市機能を備える街となったそうです。


 この月世界とコパカバーナで美乃は次から次へと大者客をゲットして行くようになる。日商岩井や伊藤忠商事や名立たる一流商社の役員ら、そして政界のボス連や内閣相談役 i とも、中には大物右翼 k や各官庁官僚とも。

、この頃ロッキード事件が勃発する。皮切りは国内航空大手の全日空の新ワイドボディ旅客機導入選定に絡んだ事件。自民党衆議院議員の田中角栄元首相が1976年(昭和51年)に受託収賄と外国為替及び外国貿易管理法違反の疑いで逮捕される。その前後に田中元首相以外にも佐藤孝行運輸政務次官や橋本登美三郎元運輸大臣2名の政治家が次から次へと逮捕されてゆく。

 更に事件は事件を呼んで1979年。

アメリカのSEC、グラマン社が自社の早期警戒機(E-2C)の売込みのため、日本の政府高官(岸信介――現総理大臣の安倍晋三の祖父・福田赳夫・中曽根康弘・松野頼三)らに代理店の日商岩井を介して不正資金を渡したことが告発される。

ついに衆議院ロッキード問題調査特別委員会が「航空機輸入調査特別委員会」と改称され。特別委員会は、ダグラス・グラマン疑惑はもちろん、航空機売込みに関わる、全ての疑惑を調査することになる。

「君さえ黙ってれば!」との有言無言のもと日商岩井航空機部門担当常務が赤坂の同社本社ビルから遺書を残して投身自殺を図る。「会社の栄光永遠に!」との遺書で。なんとくだらない生き方であったことか。人生は愉しむ(「外的な楽しみ」ではなく「自己の中に感じる楽しみ」を『愉しく』という)ことであって仕事ではない筈――長年没頭すると意に反した生き方に染まるのだ――これが「性悪説」だ……が、「性善説」なるものだけは信じてはなりません! 「人は誰でも、例外無く、人に染まり人によって染まる」からです。が、キーマンの自殺によって、捜査は行き詰まる。

衆議院予算委員会で日商岩井・海部八郎・副社長、植田三男・日商岩井社長、有森国雄・元同社航空機部課長代理を証人喚問。海部は「記憶に無い」の答弁を震えながら繰り返し、早期警戒機E-2Cの売込みに絡んで政府高官への金銭支払いの疑惑を全面否定。が、1972年の日米ハワイ会談前後に当時の田中首相と、またグラマン社代理店(伊藤忠商事)変更の前後に松野と会談したことを認めた。また、海部と田中六助自民党衆議院議員との関係が問質され、海部は田中と接触は全くなかったと――加計学園理事長加計孝太郎とは親友であるが一度も会ったことも話したことないと主張するどっかの政治家のように――これまた国会で嘘の証言を繰り返すが。


 この時重要な役目に一枚噛んでいたのが美乃だったのです。

――美貌主には権力主が群がる。女はその権力主の男に傾く、男は直直ただただ女の美貌体に意に注ぐ。すると女はその男色に染まる。染まると強くなる。強くなるためには内に強力なエネルギーが必要となる。だから体を小さくしたのである。男性は大きが故に直ぐ疲れる。このように女性は強くなければやってけなくなるからである。こうして古来より女性は強かったから人口70億人を超えたのです。男は何をしましたか? 只好きと云ってるだけじゃないか。――

 ラテンクオーター時代の客の一人に背は小さく50歳を過ぎたころの年配者だったが当時18歳背丈高い美乃をよく指名して来るようになっていた。ラテンクオーターを辞めた後このコパカバーナに移った事を知って再び現れるようになったのです。来るたびに美乃のドレスの胸元に五万円十万円を「タクシー代に!」とクニャクニャと押し込み立ち去る。そんな日々の中、今夜も十万円いや二十万円程の札束に混じり名刺が添えらている。見ると日商岩井社長室付筆頭秘書の肩書。裏に「良ければ私の秘書をして頂きたい云々」とのメモ書きがある。外で食事をすることになったとき「履歴書は形だけなので書いて渡してほしい。店は辞めないでこのままで良いので。報酬は月々百万は保証する。むろん、それとは別にわたしの個人的感情を受け入れてくれるなら更に百万を……」と云われるままに後に手渡すことになる――こう口説かれ落ちない女はどれだけ居るだろうか?――金高を愛の強さと勘違いするからです――金は幸せか? そうである。全部ではないが大切な一部には違いはないのである。金のために生きるものは多い。が、愛に生きるものは少ない。これが幸不幸を別ける三叉路なのである。さ―あ、その三つのどの道を行くか? これは出逢った人次第。と思っていたがご自身次第なのです。どれだけの人柄を自身のうちに擁してるか次第ということなのである。二つの道は分かったがもう一つの三番目の道とは只只乍で生きて流されてく道の事です。つまり、生きるために食うのではなく、食うために生きてる人です。――

 この s 氏は社長の攻撃部隊の司令官だったのです。攻撃部隊ということは強行部隊であり表立った世間体のある会社の顔とは別に当然裏工作の司令官ということでもある。当時「自由民主党幹事長・田中角栄第一秘書官榎本敏夫」 「丸紅専務」 「実業家小佐野賢治」 「他政財界黒幕ら」との繋がりを以て活躍した人物である。

何故 s はこうまでして美乃に対し破格の厚遇をしたのだろうか。美乃の客に多くの商敵と関係官庁官僚らが群がっていたことを知っていたからです。

 「まぁ、いいか、ウハウハ金は入ってくるし」と都度情報を s に流したり、逆に s によってもたされた嘘の情報を云われた通りに客に対してはリークしたり、の立場となって行く。


 2年ほどすると「支度金二千万円。是非『花束』に移って欲しい」とのハンティングが美乃に起きる。銀座の高級クラブ花束である。数百万円が支度金としては相場だが、では何処でその金高は決まるのか? 答は「どれだけ一流会社及び官僚らの客を持っているかの数で決まる」のです。もうこうなるとイチホステスではなく完璧にキャリア――当に夜の高級官僚様を地で行く。このように面通や倫理や正論ではなくビジネス社会は力即ち金パワー優先で回るのです。

「二千万円」これを目の前にぶら下げられたら。サットと意を決し移ってしまう、女らしい度胸。この時初めて美乃は客の一人と恋に落ちる。そう決めたのである。一度決めると男よりその決意は強いのである。伊藤忠商事役員の息子 a と二千万円であった。

「何故ひと言も相談することなく移った!?」と激怒し s は今迄の個人秘書役を取りやめたのでした。振られた心の痛手の反動はすさまじい、意に反してまで何をするか? 後に後悔するようなことまでしてしまうのである。恋は盲目の裏垢うらあかのもう一つの顔である。

 恋人となった a との関係は順調に愛を育んで往く。

そんな折突然 a から「別れてほしい」との三行半みくだりはんを突き付けられる……「日商岩井の商敵が伊藤忠商事であったことから日商岩井つまり s によるさしがね」つまり「嫉妬心。恋の逆恨み」とおもた……当時美乃は a 対し「結婚」までおもいみるようになっていたその頂点で突然の三行半、自殺を考えるほど苦しい日々に見舞われることになる。相手を潰すのはカンタン、嘘を並び立てれば後は動き出す。これが事実と化して皆が信じるようになるからです。攻める方はカンタン、守る方は容易ではなくなる。これが社会を悪くしているのです。

 

 「そうだったのかぁ」とケンは息を深く吐くとそう語ってくれた美乃の顔をもうこれ以上見れなくなった。

当時死ぬほどの恋の痛手に苦しんで、又 s らによる人身攻撃の弁護をしたのがケンの父の「清和法律事務所」だったのです。総勢14名の弁護士を擁する千代田区に居を構え幾つもの一流法人会社等の顧問弁護士を勤めちょっとは名の売れた法律事務所、そこのオーナーが父、イチ弁護士を超え人として美乃に対し根気よく優しく寵遇ちょうぐうした父であった。後後まで美乃と当事務所との関係はつづいて行き、時代は移り歳も取って行き、そりゃもういろいろあったが、こうしてケンの家庭のお手伝いさんとなっているのです。


 アカリは23歳になり周りの知り合いや友だちからは「ヒューヒュー! カッケイ! 綺麗だけじゃなく頭も良い。私たちのジマン!」とはしゃぎたてれていた。双日(旧日商岩井)100%子会社に幹部候補者として入社していたのです。不動産業「双日総合管理」という重要なポジションつまりマンション業務調査――会計や業務一般管理というセクションで働き始めていた。そこには室長の山田氏53才、課長の柳井氏49才、アカリほか合計11人の本社員と非常勤者の数名ときに数十名程が働いていました。

本人は少しも嬉しくなかった。実は超難関の東京藝術大学大学院音楽科の器楽科弦楽専攻に入学し大喜悦おおよろこびをした直後に父が急変、脳溢血のういっけつを被り半身不随となって家計が、当初は退職金等々で遣り繰りしていたが、見る間に火の車になっていたのです。この父は双日本社の課長補佐役にあったことからコネでその子会社に就職できていたというわけである。泣く泣く就いたどころではない、只々ただただ必死に家計を、治療費を、稼ぐためだったのです。


 「あ、久しぶりっ!」 「アカリが楽しく仕事できるようにと声をかけてみた。ホントは声を聴きたくてw」 「ありがと。あたし強いから負けないわ。何か一つ変なこと云われたら二つ返すから」 「お! その意気」 「また食事しよーぉ」 「だね! また電話すっから」と普通に二人の関係は続いていた。

 折角せっかく就職したのに初日から不自然なことが起き始めた職場。まぁ、いいか、男社会だから、と大目に見ていた。

職場で席替えがあって、それまで対角線の端と端に居たアカリの席が柳井課長と隣り合わせとなる。何かと云うと残業を云い出すようになりその柳井とアカリが二人きりになったとき柳井は山田室長に不満があるといった愚痴や相談を聴くようになる。「室長は手が早いから気を付けて!」 「僕なら紳士的に接するけど」等等云々を一方的に語りかけて来るようになった。聴きたくない不満、独りでやってろてんだい!

 確かに山田室長は変態(加齢者は皆変態……羞恥心が削られてきたから。若者の変態は年寄りのそれより始末が悪い……遺伝子がドウブツそのままの欠陥部品だから治ることはあるまい)。入社歓迎会で山田の隣に座らされ「若い子はいーねー」 「彼氏いるかい?」と云いながら肩や太ももを叩いたり「君の運勢を見てやる」と云って手を取って握ったり摩ったりしたことがあった。

トイレから戻る際に背中の下着付近を撫でるように「がんばってるかい」と手を上下に行き来させながら触って去るようにもなった。

さらに事はエスカレート。

会社の飲み会の帰りに電車の揺れに乗じ「おっと!」といってアカリの胸に触れ、いや、しっかりと握ったり、ついにはコートの中に手を入れ太ももや臀部をスカートの上から触り出す始末。「課長! なんだからもう少し飲みに行くか!?」 「アカリくんも付き合いなさい。室長命令です」といった際、こっくりと縦に首を振った柳井の薄気味悪い笑い顔をアカリは見逃さなかった。サミィ気持ちに堕ちる。

「もぉ! 遅いし父が病弱な上に母まで病になりそうで私が診てやらないと」と咄嗟の言い訳をつくろうと柳井は「室長! 三人であそこのカラオケはどうでしょうか!?」と宛然まるでそんな御身おまえの事情は知ったことかと云わんばかりに今度は山田が鸚鵡おうむ返しに「それがいい。あそこならいざ具合が悪くなってもシティホテルだからそこの階上の部屋で休めるしな」もうここまで来ると山田と柳井はグル。

他日になても止むことはなく其れ処かエスカレートする一方「若い子のには匂いがある」といってクンクン嗅ぐように胸元に目を近づけたり。このことが頭から離れず、また考えてしまう日々を徒過とかして、とうとう我慢できなくなり「課長、わたし辞めようかと思ってます」 「いや、ぼくが守るから。短気は行かんよ」 「でも……」というアカリの手を突然取って柳井は「実は妻にはうんざりしてるんだ。きみのような女性がタイプ、妻にしたいナンチャレ」 ザケンナ! 妄想色気違いと心が千切ちぎれる思いで席を跳び会社を後にすることも度々――アカリはケンとのトークでふと漏らしたその不満。これに対しケンは「そりゃ行かん! はっきり云ってやれ! やめろ! セクハラわ! といや止めるんじゃね」と云うだけ――「やはりケンは男だから分かってない」となる。ケンはケンで音楽家なるが故の杵柄きねづかの反作用でアカリは少し過敏症かも、いくらでも止める手立てはある筈か「上に訴えたあげる。通報するぞ」みたいに。

治まらないのはアカリ。いくら時間が経っても「こんなの不合理!」とこの3か月後パワハラとセクハラをされたと親会社のコンプライアンス部門に訴えついに会社に行かなくなる……辞職の意思でない……稼ぐ必要大アリだったから。

会社側は調査を進め不倫目的と認定。

室長と課長は諭旨退職、併せてアカリは懲戒解雇となった。

「なぬ??」何故解雇なのか? 父がどれだけ会社に身をささげ会社はどれだけ利益を得たか……ついには半身不随となったのに……。会社には派閥があって半グループが天下を取るといくら功績を挙げた社員でも干される。これが同情社会優先のおきて。口ではコンプライアンス(法令遵守)・パラダイム(理想的規範)というが。 

火が付いたアカリ。アカリは上司や会社を相手取り地位確認と慰謝料計二千万円を求め東京地裁に提訴。その一審判決は、自制が求められるのは上司側であったことから、セクハラと同時にもはや不倫を意図とした卑劣な所為と認めざるを得ないと断定する。これを受け会社はアカリの解雇処分は重すぎるとして地位を認め給与の支払いを命じた。なんともお粗末な組織体らしい幕の引き方――個人の尊厳など存在しません――在るのは組織の体面だけ、これが学校の会社の役所の素顔なのです。


 ホステスねぇ、短時間で高収入は魅力的、月に数百万円の――運が良ければ一千万円だって、銀座かぁ、新宿や六本木じゃ客層がちがう、大者客である政財界人や官僚を始めビッグな会社はやはり銀座利用者が多い、だったら、どうせするならやはり銀座で水商売かぁと過ぎる日々となっていた。

でも一体わたしに銀座のルールが守れるかしら――「ノルマ」と「ペナルティ」と「指名制」かぁとも考え出してるアカリ。

ノルマとは客の売掛分をもし払ってくれないときは自腹を切って払う制度。ペナルティとは例えば同伴する客が居なかったときは文字通り店の都合の良いような罰金を受ける或いは係から客を奪ったヘルプは追い出される規則で。指名とは、一人のお客に対して一人の担当がつきこれを「係」と呼んで、客が二度目に来店して別な子(永遠に「ヘルプ」と呼ばれる)を指名したとしても最初の係の客となってゆく永久指名制ってやつ。この最後のルールは、一晩に高額な金を――女の子に飲食をさせると十万円程となるのが平均相場、なかには一晩に数百万円も――払って遊ぶ客も。

これだ! この客さえ掴めば稼げる!

契約はホステスによってまちまち。

現に1億円の売り上げる契約をして八か月程で達成した女性もいる。

ということは一か月で1,250万円、営業日数を二十日とすると一人で一日平均625,000円を売り上げたことになる。

ここでキーマンとなるがヘルプと黒服の存在。日に何組もの客が来るときはそれぞれの客の席にヘルプを上手に配置する。客に長居さえして貰えればいい、タクシーメーターのように時系列で金高は上がって行く。そのためには客が気に入るヘルプを付けておけばいい。

また、黒服の中のメンバーの役は客の好みの女性のタイプを探りながら、客の席に付けたり外したりする仕事つまりホステスを客に紹介する人事権を握る役回で売上を大きく左右するお店の重要なポジションとなる。

要は、「客が好むヘルプをあてがう」 「メンバーを味方にしておく」 「VIPな客を掴む」この三つさえ上手くこなして行けば利は大いにありとの算段に至ってクラブパイザでの仕事が始まってゆく。

 

 「おはようございます」と殊更ことさら愛想よくスタッフ連を始めホステス達に挨拶をする。ネオン華美きらびやかな銀座の仕事の始まりです。

一日目は無我夢中、二日目も似たり寄ったり、三日目で落ち着き、やがて小1ヶ月が経ち。


 「元気ーぃ!?」懐かしいアカリからケン宛に届いたメール「オ―、元気過ぎーぃ!」

「ねぇ! 聞いて。お水さんすることになったからぁ」 

「えーぇ、大丈夫か!?」

「心配しないで。短期決戦でお金を貯めて大学院へ戻りたいの」

「う……退学したんじゃなく休学にしてたとか?」

「うん。教授がね『そうしておきなさい。いつでも戻れるから』って云ってくれたから」そうか、だから在学在籍料7万も10万も払って更に生活費で焦って前に、なんとかしなくちゃ! と云っていたのかぁ。

「なぁ! 心配と云ったのは夜の人の顔と昼の人の顔は違うと思わないか。電車の客を見れた判る」 「しかもクラブ目当てに来る男は完璧に下心を持って来るんだぜ」 「それに負けない保証はないだろ」

「ドンマイ! 札束さつたばにしか見てないから」 「私ねぇ、どうしても音楽止められないの!」

「わかった! アカリが決めたことなら尊重す。呉呉くれぐれも男の餌食にならないように! 何かあれば相談してくれ」 「餌食って?」 「公衆便所にされること」 「もーお! ケン嫌い」


 ホステスして半年過ぎ。

「よろしくお願いします。アカリと云います」

「良い名前だね」

「本名ですよ」

「ほー、どんな漢字なの?」

「朱梨です。朱は派手過ぎず控え目な赤で、梨は紅色を帯びた白い花が咲くの。そう生きなさいと親が願ったんだと思うけど」

「なーるほど。夕焼けの朱かとも云うしな、俺はその色好きだ」 「しかも美人、モテてモテてしょうがないでしょ」

「若い人はたまーに。来るお客さんはみんなオジサンだよ。えっと、お名前訊いていいですか?」

「島田大輔です」

「お名刺頂いても?」

「お、他の人に見せないでな」

「うわっ、伊藤忠の方ですか、スゴーォ」

「ホントは違くて、親が専務してるだけで俺はそこの子会社の名義貸しみたいなもんだ」

「でも伊藤忠のれっきとした看板背負ってるでしょ。島田さんこそモテルでしょ」

「どうだか? 彼女がいたらこんな所来ないよ、あ、失礼『こんな』なんて、このような宮殿に」

「そうですよ、その方がいい。大輔さんってよんでもいいですか?」

二人の会話は互いに若いせいか、バックにvipな会社名を背負ってるせいか、軽快に進む。

会計を済ますとアカリは店の外まで見送りに出る。店の前に横付けされた車はポルシェ。これを確かめるためにわざわざ見送りに出てきたのです。車所有有無、車種、でその人の身分・嗜好・レべが解るからです。

「アカリさん、今度食事しませんか」

「はい。電話してください」

真っ赤なポルシェちっちゃいが、911上級モデル価格は三千万円前後は銀座のネオンと闇の間隙かんげきを突っ走り夜の巷に呑まれて往く。「上玉釣ったり!」とおもうアカリ。

 直ぐに客が好むオファーのデートには応じず同伴を幾度となく繰り返しその都度豪快に遊ぶ島田、豪快に金が続く若者、これを確かめたったのです。「デートをする。直ぐにやる」これは客商売の禁じ手。客が店に来なくなるからである。それよりも何よりも上玉となる客かどうかの事実をアカリははかっていたのです。

 島田が店に通うようになって半年後のこと。店に突然50本程のビッグな花束が島田からアカリ宛に届いていた、深紅しんくな薔薇だった。他のホステス達にもあることだが50本は初めて見る本数――店内騒然。只のヤリモクで来店してるのではなく一人の女性として視てくれてるかもしれないとの妄想が一瞬奔る。


 客と日曜日に会うのは初めてだった。午前11時ころ帝国ホテルハイヤーが時刻通りにアカリの家の前まで迎えに来る。都内観光だと3時間まで25,920円以降1時間毎に8,640円だと聞くがピカピカな高級車におどろきました。

 帝国ホテル本館中2階フレンチレストラン レセゾンディナーのコースメニューは17,500円から、これにも駭くアカリ。

豪華な雰囲気と今まで見たことない料理の数々。「いつもこのような所でお食事なんですか?」 「いや、アカリさんのために。実は僕も初めて」と云う割にはシェフらと親し気な言葉を交わす島田。

食後横づけにしたのが松屋銀座前。時計売り場へと登り勧められたのが

パンテール ドゥ カルティエ ウォッチ。ピンクゴールドでダイヤモンド入り。1,382,400円のお値札」 「いえいえ貰えませんこんな豪華な」 「僕の気持ちだから是非貰ってほしのだが」――「貰えばやれる」と目論んでいると内心察知したアカリ、が、とぼけて「私にそのような高額の物は似合いませんから」と応えると「あなたとは長く僕だけの人であってほしくてその為の証として受け取ってほしい……」とズバリと言い切る島田、「…………」黙するアカリ。

島田は店員らに目くばせするとそのまま 6 F のカフェキャンティでティータイムとなって。

「あのぉ、今さらですけどお幾つですか?」 「28です」 「お若く見えます。周りの女性が、お金持ちな上にハンサムだから放っておかないんじゃありません」 「アカリさん、彼氏いますか?」 「……いーえ……いません」

目の前のカフェ―を口にする二人。

「はっきり云います。結婚を前提に付き合ってもらえませんか……彼氏がいないのなら」アカリの今云った言葉尻を掴んだ云いように返す言葉に躊躇しし「わたしなんかで良ければ……」

さっそく時計売り場に戻り、そっきの以上の3百万円超えする女性用ダイヤモンド付き時計CHANEL CODE COCO をゲットすることになる。スッゴ太っ腹、すっご金持ち、と打ちのめされマッハとなった。

この日は都内の桜名所、目黒川の桜並木や上野の山一帯を覆う桜をハイヤーで巡り、車内に備え付けのボックスからワインと梅酒を口にしながら気付いたときは顔も身も桜色に酔っていたアカリでした――何故ポルシェでなくホテルのハイヤーにしたのか今る――時偶ときたま手に触れ握り肩にも手を回すためであったのだろう。準備万端なやつ、いや、巧妙な策だったのだろうか、どうでもよかった、生まれて初めての超高額プレゼントをゲットできたのであるから――頭のいいやつには適わない、ではない、金持ちには適わない、女は。――


 「明日同伴してくれますか」 「いいよー」との二つ返事。マジに私を思ってくれていると……。

これ以降、日曜になると二人のデートはつづいて往く。

 桜から八か月ほど経った Xmas Eve 、この日も相変わらずのデートだった。婚約指輪を買う日。が、待てど待てど大輔(島田)は来ない……そこへ見たことのない老紳士が現れ「これ島田様からです」と一通の封書をアカリに手渡す。

「どなた様ですか?」 「大輔さんのお父さん島田康輔様の顧問弁護士を勤めている鏑木勇造です」アカリの怪訝けげんな顔付を思い遣ってか即継いで「これが身分証で委任状です」と目の前に示す。何が起きてるのかこの急展開に身を没するしかないアカリ。店内に流れるクリスマスソングがようやった聞こえだすと我に帰り封書を開けて見る。顔が曇る、口元が半開きのまま固まる。

「これ一体どうゆうことですか?」 「ご覧になった通りですが」 

釈然としない。只只唖然とする――「婚約の話一切は無かった事にして頂きたい。なお、婚約を前提としたお手元の時計の返還をご請求致します……斯々然々かくかくしかじか云々」

「男らしくありません! 直接会って話しますので。では!」と席を立とうとすると「会うとすれば法廷でになりますが宜しいですか。その際にはこれ以外に不法行為に因る損害賠償金もご請求することなりますが」

勇造だか馬鹿造だか云いたい放題糞ディス(侮辱(ぶじょく))ってんじゃねえよ!「少しだけ冷静に聴いて貰えませんか」という言葉に睨み返すようにアカリは「…………」な抵抗。

「昔、ロッキード事件があったときあなたにも関係のあった日商岩井のビルから飛び降り自殺をした島田常務、当時寒い二月に赤坂の同社本社ビルから意を決し……は大輔さんのお父さんのお父さんだったのです。遺された遺族は全員当時の会社の仕打ちに憤りを感じていたとき伊藤忠の方からの誘いで現在その息子さんつまり大輔さんのお父さんが役員をしているという経緯です」

「……もう一度云ってくれますか!?」と再度その説明を聴く。すると押し黙るアカリ。冷静に頭の整理はできたのか? でもないく何が起きてるかが分かっただけである。

「云っては何ですがそのときアカリさんのご祖父もその自殺陰謀に一枚噛んでいまんですよね、アカリさんはご存じなくても。しかし、大輔さんはそのことを親からったのです」 「それでも大輔さんは『それと愛は別』とだいぶ逆らっていたようですが『それなら家から出て行け』と怒鳴られ出て行けば今までのような生活レベルが維持できなくなる。仮に一緒になったとしても家族全員から歓迎されることはない、貧乏も付いて来る。となることを少しは想像してみて下さい、あなたご自身だって幸せに嫁としてやっていけると思いますか?」


――(弥生時代も、岸内閣時代も、今の時代も、変わらないのが悪政であって。権力のうまみがそこにある以上は改まらることはないであろう。改めるには一極に権力を集中させないことが必至だが直近でも小泉内閣が行政改革推進云々と云い出し官僚機構への政府への提言を抑えようした、そして今も岸の孫のあべも、つまり、優秀な官僚より政治家の考えの方が正しいとする見勝手な権力集中改革。またこれに拍手をした多くの国民。このようなことを改めればいい。が、至難の業である)アカリの父がどう関わったか噂の域は出ないが……。

新聞等の遺された取材記録では。

グラマン社は元米人ジャーナリストのハリー・カーンと岸の秘書である川部美智雄を同時期にコンサルタントとして雇う。そのお陰で岸と松野らは何度も会談を重ね、E-2Cの対日売込み代理店を日商岩井に変更すると決める。しかし「海部メモ」の存在で事件化が始まる。これは、海部が国内航空会社社長に宛てたハワイの某ホテル客室の備付け便箋に書かれていた手紙のコピー。その内容は、岸と川部秘書、海部らが話し合いF-4EJ導入が決まったことが記されていた。見返りに岸へ2万ドル払ったことが記載されていたのです。

世間の疑惑は深まる一方で、やがて事情聴取は日商岩の島田常務へも及び。この時に航空機部門担当で活躍したもう一人がアカリの父であった。話は「常務さえ黙っていれば皆(会社も政府関係者も)が救われる」と提言をしたという真偽はあやふやだが、話の独り歩きが始まっていたのです。

このことはそれとなく母から聞き及んでいたが、父らが自殺をそそのかした、ゼッタイに無いと信じ切っていた。今でも信じ切っている。――


 愛は赤心まごころか? 幸せは打算か? 感きわまる。これが運命の崖っぷちだ。


 腕の時計を外すと「こっちからくれてやるわ!」とテーブルに置き椅子から飛びけるアカリ。

外は小雪が舞うXmas Eve。まばゆるイルミネーション街。それまで流れなかった涙がせきを切ったように止めて止めても流れ出す。雑踏は大勢。が、もはや一人ぼっちで闇の中をゆくしかなかった。


 翌日、寝たのか寝てないのか寝た気がしない昼ごろ。寝る前に「ふられちゃったーぁ」のメールをケンにして、幾つかやり取りがあって、やっと寝入ることはできたのだが。

スマホに大輔からのメールが溜まっていて「あれはぼくの本心じゃない」 「弁護士は真っ赤な嘘です。母の知り合いの人です」 「勝手に周りが決めてこうなったんだ」累累るいるい――似たような内容の積み重ねに淹悶うんざりだわ――のメール内容にまたしても唖然するアカリ。

 女を甘く見るなよ! と勘が奔る、ひと筋の考えが過ぎる。確かめる方を模索し始める。さっそく店へは「インフルエンザを患い皆さまに迷惑がかかるので一週間ほどして回復したらまたよろしくお願いします」とした電話をする。「了解! お大事に」を旨とした返答。

大輔が店に狂乱状態で来るのを防ぐためであった。ではこの一週間で何をするかといえば事の真偽が何処にあるか? 大輔の本心が何処にあるか? そして自分は今後どうするのがベストか? である。この四つは、アカリからケンへの今回の、時折の報告やケンからアカリに対し訊かれていたことから、実は全てケンからのアドバスであったのですが。「渦中かちゅうの者より第三者の者の考えの方が冷静的確」となるか!?

 大輔からのメール・電話はスル―、するとやはり現れました、当日の深夜の11時過ぎに。「もう寝るから、あなたもちゃんと考えてから……」とインターホン越しに伝える。するとすると又又翌日の正午過ぎに来訪して来る。

「ホントにごめん。全部周りが画策してやった事だから俺からも注意しておいたんで安心してくれ。俺を信じて!」と云う割には時計を持って来てない。その「注意」もそうしたかも云わない。

「そうなの。私ね、何をどれを誰を信じていいのか……」

「正直いうと今迄の金も全部母から出ていたんだ。その母がする筈がないでしょう。だから誰か第三者の入れ知恵で起きたことくらい判るでしょう。なんで? 俺には関係ない事、だから俺の気持ちは変わってないから信じてくれ!」

「マザコン!?」と笑い飛ばすアカリ。

「え? 違うよ、そんなことないよ!」

「『信じて!』と云ったよね。だったらその証拠は?」

「…………」と継いで出た言葉が「こうやって謝りに来たのが証拠だよ」と云い張るだけの大輔。

「ざけんな! 誠意を見せろってんだい。時計は手許に置いたままどこが『信じて!』とよく言うわ、とこころ内で吹くアカリ。

「ねーぇ。もう分かったから帰ってくれない」

「びっくりしたよ、インフレエンザって聞いて。よかった、元気そうで」とピント外れの応えよう。

それしか云うことないのかよ、莫迦野郎―! マジ好きならその前にくれた証を返せってだい。これが順番だろ。

「そうなの、店に行ったんだぁ」そこへ行く暇あったらこっちへが最初だろ。何考えてるんだ? オマエも唯の身体泥棒だったのかよ。

――「ヒトの1/4は良識派、1/4は普通人、2/4は欠陥品。その1/4の普通人は良識派に来たと思うと欠陥品に往ったり来たり(性悪説曰く)」のケンからのコトバが過ぎるのです。って、3/4の人にはいくら説明してもいくら正論を云っても聞く耳を持たないってこと、石の地蔵様なのである。ああ人間の顔をした「天魔波旬てんまはじゅん」……「自らも正しく生きようとするが邪魔する悪魔」がそれら3/4なやから。――


 街ゆく人の貌も生活感も只過ぎって往くだけ。「辞めよお!」と一遍に心境の変化。店へ辞表を届ける。食べてるのか寝てるのかときに関係なく慢性的に「春眠暁を覚えず」の如く只呆然と生きてるようになって。


――血は争えない。必ず代々にわたりその長短は出るもの。環境もどうすることもできない。――美乃が云ったことは「仲間を裏切って自殺に追い込んだ父の子、アカリ」という。「自殺者まで出すとは思わず美乃も当時の日商岩井に島田グループに反目する勢力内に恋人が居たことから様様な情報を内外ともにリークし結果甚大な犠牲者を生んでしまった良心の呵責か」併せて「田中角栄被告側が必死に無罪を主張している最中に検察側証人の切り札として東京地裁に出廷し、次々と重大発言を暴露した身長は171センチ・美貌主の榎本三恵子さんであるが、まったく美乃と瓜二つな人生模様。田中角栄元総理大臣の筆頭秘書官榎本敏夫の元妻で元タレント元クラブホステスの人気者。1981年10月28日、東京地方裁判所で開かれた戦後最大の疑獄事件と言われるロッキード裁判丸紅ルート公判で検察側の証人として出廷、田中角栄被告の5億円受領を決定的に裏付ける内容の証言を行ってしまう」何故だったのでしょうか。ご自身のヌード写真を披露しタレントや女優に転身してバラエティ番組やテレビドラマに出演したりと様々な話題を得たかったのでしょうか、実際に得たのであるが。1981年5月榎本敏夫の夫婦生活上の不満が鬱積し離婚を決意、「分かったとの旦那からの返答」が離婚の協議事項を一切守らないことに対して田中角栄宛てに配達証明付き直訴状を書く。この文面で地検に呼び出されていることをこのように示唆する「榎本の仕打ちに対する憎さから、いつ爆発するやら不安でなりません。話が前に進まないようであれば、口を割ってしまうかもしれない」と暗示した。手紙の最後には「驕るなかれと榎本に伝えてください」と対決姿勢を明確にしたにも関わらず、返答は仲介者を挟んで三恵子に伝えられたのは「これはあくまで夫婦の話で俺が(田中角栄)が関与することではない。どのようにでも夫婦間でなすって下さい」というそっけないものだった。これが榎本三恵子が最終的に検察に全面協力するという引き金となる。が、疑念が残る。この手紙が本当に田中角栄の手元まで届いたのか? それとも側近の人が勝手に処理したのでは? と今でも語られている所以である。女性を敵に回すと怖いという教訓です。

このように私生活でもそっくりな人生が重なり合う美乃は「現在お手伝いさんとして勤める伊藤忠の顧問弁護士の立場や建前上ライバルの双日会社」またまた「自らの原体験から水商売に行くような子にロクな子いない」等を心配してのあの時の「あの子だけは行けません」となったのだろうか。――


しかし、過去は過去、過去に生きるのは莫迦ばか者、人は人、親は親、職業に貴賎きせんなし。と今初めてって。


「新宿御苑へ行こお!」のケンからの誘いにアカリは「いい。家に居たい」と断る。ならとケンはダメ押しに「あー、その方がいいね。無理は行けね。素直は幸せの門ってゆうからね」すると「馬鹿ぁ。行くに決まってるでしょ」の返事。なんとこれはテレからだったか? 女のプライドってやつだったのか?

 晴雲秋月(せいうんしゅうげつ)な日和であった。「大丈夫? 少し休もう」 「うん。ごめんね、最近あまり外に出掛けないもんだから」すっかり痩せた、苦労在り有りな形相、「何とかしてあげたい!」というそばから嫋々なやなよと気を失し倒れかかるアカリ。

抱き起し、両腕に抱きかかえケンの腕の中に横たえる――わかる! 倒れ寄りかかりたい心境――人は独りで決して生きて行けない。


 真っ朱な夕陽が樹木の先に新宿街、Tchaikovsky Piano Concerto No1-1のかざが大地を吹き舞っていた。アトモスフィアな空気が今二人に流れている。



この話は事実に基づきます。物語の構成上、各固有名詞等は実際に存在るものを指しているではなくフィクションとなっている旨ご了承おく下さいますよう。

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アカリさん!あんた誰なん? 必要としてたのは僕だったんだろ!? いく たいが @YeahYu

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