第11話 また、です
「っとぉ、もうそんな時間か。早いなぁ」
「説明するべきことはしたし、まあ及第点だよ」
やれやれと苦笑いしてから、ラン先輩は私たちに向き直ります。
「みんな、今日はありがとう。天音部が気になってくれた人は、ぜひ明日の体験入部にも顔を出してくれ。もちろん本入部も大歓迎だけど、さっきのポーラちゃんみたいに入部します!って宣言しただけじゃ部員にはなれないから注意してね」
「そうなノ?」
「学校から入部届をもらったよね。あれにキミと、キミの保護者のサインをもらって学校に提出しなくちゃならない。それまでは学校側と保護者の許可が出ていない状態だから、早めに帰らなくちゃいけない決まりなんだ」
ふんふんと頷いて納得したポーラちゃんが、「じゃあ明日持ってくるノ!」と元気いっぱいに宣言しました。
「ああそうだ、もし入部届を持って来てくれた子がいれば預かっておくよ」
その言葉で何人かの生徒がプリントを取り出します。もちろん、奈緒ちゃんとスピカちゃんも。
「よろしくお願いしますっ!」
「安海さん、だったね。よろしく」
無事入部届を提出した奈緒ちゃんが、ポーラちゃんの方を振り返ってフフンっとどや顔をしました。
入部宣言で先を越されちゃったから、入部届は先に出せて嬉しいのかな? カワイイです。
ちなみに、当のポーラちゃんはそんなこと知る由もなくキョトンとしてます。
「……ん? この名前……」
スピカちゃんから入部届を受け取ったラン先輩が、何かに気づいたように目を見開きました。
「……な、何ですか?」
「ああ、いや。何でもないよ。よろしくね」
不安そうに目を細めたスピカちゃんに、ラン先輩はクールな笑顔を向けました。
全員がラン先輩に入部届を渡し終わったところで、レグ先輩がぱんっと手を叩きます。
「そんじゃ、今日はここまで! 解散! みんな、うちに見学に来てくれてありがとな! さっきランが説明した通り、明日は火曜だから活動場所は第二音楽室だ」
「お楽しみの楽器体験会だよ。気になる楽器があったら、私たちが手取り足取り教えよう」
ラン先輩の台詞に、一年生の女の子たちが色めき立ちます。
女子に人気なのはレグ先輩やレイ先輩の方だと思っていましたが……彼女の方も負けないくらいに人気みたいです。ライブで見たときはかっこよかったし、憧れちゃうのもなんだかわかります。
そんなことを考えながら先輩たちの方を眺めていると、ぱちり。レイ先輩と目が合ってしまいました。
「そうだ、ハマルの」
「えっ、あ、はいっ、羽丸です」
「……?」
んんっ。何か違ったかもです。
「まあいい。あのな、さっきラン先輩が説明していた通り、仮入部の一年は十七時までしか部活体験に参加できないんだ」
「は……はい」
「つまり、天文の方……水曜と金曜の天体観測会には、本入部しないと参加できない。保護者の方の許可も含めてだ」
あ……そうか。そうですよね。
解散を告げられた今の時間、外はまだまだ明るいです。当然、こんな時間に天体観測は難しくって、暗くなるまでもう少し待たなくちゃいけません。
暗くなるまで学校に残るには、正式に天音部の部員になる必要があります。
明後日……水曜の活動に参加したかったら、明日には入部届を持ってこないと間に合わないということ。それを、レイ先輩は忠告してくれたんだと思います。
私が、星が好きって言ったから。天文の方の活動に参加したいだろうなって、気を配ってくれたのです。きっと。
「…………」
でも、私。
本当に天音部に入部しちゃっていいの?
この部活は、先輩や入部希望の皆さんは、私とはまるで違う人たち。
一人静かに夜空を見上げて星々の輝きに憧れる私のような人間とは、別の人たち。
私が望んだ時間は、本当にここで手に入るものなの?
ここは、私なんかが、いていい場所なの……?
「おーい、しえらー! 帰ろーっ」
倉庫の外から、奈緒ちゃんの呼ぶ声がします。いつの間にか、みんな外に出ていたみたい。
「あ……」
「……それだけだ。引き止めて悪かった。気をつけて帰れよ」
それだけ言い残すと、レイ先輩はくるりと振り返って、部長たちの所に戻ろうとします。
「……あのっ」
その後ろ姿を、私は思わず呼び止めていました。
「……何だ?」
あれっ。
何で私、急に。どうしよう。
何を話せばいいのかも決めてないのに、先輩を呼び止めてしまいました。
「あっ、え、えと……。さっきは、その。急に泣いちゃって、ごめんなさい」
「……あ、ああ。こっちこそ、悪かった。距離感、間違えて……」
「いえ、その! それは、あ、あり……ありがとう、ございます、なんです」
先輩が眉をひそめます。
ああ、私のへたっぴ。言いたいこと、うまく言葉になってくれません。
火が出ちゃいそうな顔を、前髪で隠したいのを必死でこらえて、大切な星に手を触れました。
……勇気をちょうだい、お姉ちゃん。
「ありがとう、ございます。う、嬉しかったの、本当、なんです」
伝えられるかな。
伝わってほしいな。
レイ先輩は、何も答えません。ちょっぴり驚いたような顔で、じっと私を見つめているだけ。
「……そ、その。それではっ、またっ!」
沈黙にギブアップし、私はダットのごとく倉庫を駆け出しました。
何か反応をもらうのが、怖かったのかもしれません。
「遅いぞーっ」と手を振っている奈緒ちゃんに小走りで駆け寄りながら、私はそんな言い訳を考えていました。
「……また、か」
「へっへーっ。大丈夫だって、レイ! あの子はきっと、入部してくれるよ」
「……先輩がそう言うなら、信じますよ」
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