第9話 天音部、です
羽丸しえらです。
私は今、天文部……と間違えて足を踏み入れてしまった
右を見ると、子供のようにうっとりと目を輝かせる奈緒ちゃん。かわいいなぁ。
左を見ると、真剣な眼差しで先輩を見つめているスピカちゃん。絵になるなぁ。
前を見ると、私が世界で一番苦手な人種、ウェーイが口癖のチャラ男さん。
どうして天文部に入部しようとしたはずが、こんな薄暗い倉庫でチャラ男さんのお話を聞かなくてはならないのでしょう。もはや新手の拷問です。
レイ先輩の予想通りに部長が連れてきた大量の新入生を前に、帰りますとか、間違えましたとか、そういうことが言える空気でもなくて。ましてや私がそんなことを口に出せる勇気を持っているはずもなくて。逃げ場を失った私はカンネンし、大人しく奈緒ちゃんとスピカちゃんに挟まれる形でパイプ椅子に座ったのでした。
「んじゃ改めて! 新入生の皆、入学おめでとう! そして、勧誘初日にうちの部を見学しに来てくれてありがとう! 俺は天音部部長の
「私のことも苗字で紹介してくれないかい」
「どーせみんなランって呼ぶしいいっしょ。そもそも覚えづれーし」
苦笑しながら溜め息をつく美人な女子の先輩は、先日のステージでドラムを叩いていた人です。
「……
「俺のこともレグって呼んでくれよな!」
早見島に来て最初の夜、月と星に照らされて輝くように音楽を奏でていたプラニスの先輩たちが、薄暗くて少し埃っぽい倉庫で一堂に会している様子は、やっぱりどんなに時間が経っても違和感しか与えません。
その倉庫のあちらこちらに置かれているのは、楽器。いろんな色のギターに、ステージの上にも置いてあった黒いスピーカー、それにドラムセット。
そしてもう一つ。
私の持っているものより十倍はお値の張りそうな、立派な天体望遠鏡。
天音部……誤字ではなかった部活名の意味に、ようやく私も察しがついてきます。
「まず初めに。俺ら天音部は名前の通り、天文部と軽音部が一緒になった部活だ」
早見島の星の美しさを広めるために、音楽活動をしているバンド。そのリーダーの言葉は、おおよそ私の予想通りでした。
星を見る。バンドもやる。だから天文部でも軽音部でもなく、天音部。
「みんなも一度は見たことあるよな、早見島の夜空。星が一面に煌めいて、すっげえ綺麗なんだ。でもあんまし有名じゃない。だから俺らでそいつを広めようぜ! ってことになって、この部活は始まったわけだ」
確かに、あの夜見た星空は、言葉にできないほどに綺麗でした。あれから何度も夜は来て、毎晩星空を見上げていたけれど、一人で見上げた夜空にあの夜以上の輝きを見ることはありませんでした。
隣に奈緒ちゃんがいたからなのか、プラニスの音楽があったからなのか、その両方なのかどうかは、わかりません。
「天音部に入ってくれたら、みんなにはその活動を手伝ってほしい。一緒に星を見て、一緒に音楽をやろう。その楽しさを分かち合って、もっともっと沢山の人に広げよう! ラブアンドピース! 俺からは以上!」
へっ。終わり?
いくらなんでも適当過ぎるよ、とラン先輩がレグ先輩のライオンヘアーに手刀をめり込ませます。チャラくてテキトーな部長先輩を、真面目でしっかりした副部長先輩がサポートする、そんな構造が見えてきました。
「本当は見てもらうのが一番早いんだけど……生憎、この部室での音出しは禁止されていてね。せっかく見学に来てもらったのに申し訳ないけど、まずは簡単に活動内容についての説明をさせてもらうね」
テキパキと説明を始めたラン先輩の言葉を、奈緒ちゃんが一生懸命メモ帳に書き留めています。正直さっきから居心地の悪さを緩和する方法ばかりを一心に考えていた私にとっては重要な情報と思えなかったので、話半分に聞くことにしました。
天音部が活動を許可されている校内の施設は、全部で三つ。
ひとつ、部室であるこの倉庫。普段は荷物置き場として使い、月に何度かミーティングをし、ライブの日程を決めたりする場所。
ふたつ、第二音楽室。楽器の練習用。吹奏楽部や合唱部をはじめとした音楽系部活動との兼ね合いもあり、火、木曜日の放課後から十八時半までの間のみ利用可能。
みっつ、校舎の西側屋上。天体観測用。こちらは水、金曜日の放課後から夜二十時半までの間、教員一名以上の監督同行付きで利用可能。完全下校時刻をオーバーしての利用許可なので、楽器の演奏厳禁などの条件が課せられているそうです。
……私は、水曜日と金曜日だけ来ればいいかな。
「はい。質問」
そんなことを考えていると、隣に座るスピカちゃんが真っ直ぐに手を上げて凛とした声で言いました。
「天文の方の活動って、強制参加ですか? 私、星に興味無いんですけど」
しん、と静まり返る部室。
先輩に対して強気な物言いをしたスピカちゃんだけが原因ではありません。
その言葉で、先輩たちの表情が明らかに変わったからです。
「……強制はしないよ。塾があったり、門限が早い子もいるかもしれない。二、三年生には、親御さんの許可が得られるまで天体観測に参加できなかった生徒もいた」
ラン先輩が遠慮がちに言います。まるで彼女の方が、スピカちゃんの高圧的な態度に萎縮しているかのようでした。
けれど……私にはそんな空気なんて、気にもなりませんでした。代わりに、スピカちゃんの言葉が耳の奥で何度もこだまするように繰り返されます。
――星に興味無いんですけど。
ううん、違う。
また、私が勝手に勘違いしただけ。ここは天文部じゃなくて、天音部なんだから。
勝手に期待したら、また一人で勝手に落ち込むことになる。
「けど、今は全員参加してるぜ?」
笑っても怒ってもいない声が、静まり返った部室に響きます。
言うまでもなく、レグ先輩のものでした。
「用事があったり、やむを得ない事情で参加できないのは仕方ねーよ。時間がかかってもいい、いつか少しでも好きになってくれたら、その時には一緒に星を見よう」
この人の言葉には、不思議な引力があります。星のような、光のような。見る人を、聞く人を、引きつけるような不思議な力が。
少しムッとしたような表情で黙り込んだスピカちゃんに、ううん、この場にいる全員に言い聞かせるように、レグ先輩は言葉を続けます。
「この学校には天文部も、軽音部もない。あるのは天文部でも軽音部でもない、この部活だけだ。今は音楽にしか興味がない子にも星の美しさを知ってほしいと思うし、逆に星にしか興味がない子にも音楽の楽しさを知ってほしい。ここはそのための場所だしさ」
その言葉で、気づきました。
スピカちゃんが星に興味がないのと一緒で、私も音楽を頭から否定してたことに。口に出さなかっただけで、私ははっきりと思っていたのです。音楽をやるつもりはないと。
それは、スピカちゃんのように音楽がやりたくてこの部を訪れた人たちに対する、侮辱と同じです。
途端に、涙が出そうなほど悔しく、そして恥ずかしくなります。
私、言ったはずだよ。奈緒ちゃんの大切なもの、もっと知っていきたいって。
私にとっても大切なものに、していかなくちゃダメ。
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