第4話 チャライオン、です

「……っ!」


 だ、誰っ!?


「あ、ゴメンな驚かせて。キミ、迷子だよな?」


 トツジョとして現れた謎の男性の声に、私の警戒心は跳ね上がりました。

 手探りでポケットの懐中電灯を取り出し、声のした方向に向けます。


「うぉわ! 眩しっ、ちょ、人に向けたらダメっしょ!」


 顔に手をかざす、その長身の男性の姿は……、


 チャラ男です。

 間違えました。

 チャライオンです。


 ライオンみたいにツンツンとがった茶髪。おっきな身体と、さらにおっきなダボダボのシャツ。顔を守るように構えられた、半袖から覗くごつごつした太い腕。

 猛獣です。チャライオンです。

 きっと私は、食べられてしまうんだ。


「こ、こここ来ないでへぇっ!」


 情けない涙声が、さらに情けなくひっくり返りました。

 私はこの広い世界に存在するあまたのものの中で、チャラ男という存在が一番苦手なのです。

 あと一歩でも近づかれたら、きっと食べられる前に死んでしまいます。


「あー、まあオレ一人じゃ怖いか、そりゃ。連れてきて正解だったよ。……おーい、見つかったぞー!」


 大変です。チャライオンは仲間を呼びました。

 もうおしまいです。大勢の猛獣に襲われて、私の十五年の人生はあわれ幕を閉じるのです。ごめんね、お姉ちゃん。先立つフコウをお許しください……。


「いや、さっき向こうで、この世の終わりみてーな顔して、はぐれた友達を探してるって子がいたからさ。居ても立ってもいられなくて、一緒に探しに来たんだ」


 えっ……それって。


「しえらちゃんっっ!」


 奈緒……さん。

 なんで。どうして。


 だって、あんな酷いことしたのに。

 何度も差し伸べてくれた手をひっぱたいて、逃げてきた最低な私なのに。

 どうして、そんなにくしゃくしゃに泣いて、ここまで来てくれるの。


「……ごわがっだよぉおおっ、バカぁぁっ!」


 そうだ。バカだ、私。私はバカなんだ。バカは私なんだ。


「夜の山は危ないんだって、迷子になったら大変だって、あれだけ言ってたじゃんっ! なのに、何で一人でどっか行っちゃうのっ! めちゃめちゃ怖かった……めちゃめちゃ心配したんだからね……っ!」


 一人ぼっちじゃ、なかったんだって。

 私なんかのこと、友達だって言ってくれる人がいたんだって。

 こんな暗闇の中まで、泣きながら助けに来てくれる人がいたんだって。

 そんなこともわからないで、一人で卑屈になってたなんて、本当、バカなんだ、私。


「ライブのこと、ちゃんと教えなかったの謝るからっ。静かな所で星を見たいなら、邪魔しないし、付き合うからっ。一緒に、戻ろうよ……っ」


 大切な友達が、夜の山で迷子になってしまったら、怖くて、心配で、泣いちゃうのは当たり前です。

 大切な友達だって思ってくれるなら、それは当たり前のことだったんです。

 やっぱり、バカでした、私。


「……っ、なおっ、ざんがっ、謝ら、ないでっ、ぐだざいいぃっ……!」


 さっきまでの、濁り切った気持ちとは違う理由の涙が。

 また溢れて止まらなくなった新しい涙が、何もかも全部洗い流していくのが、わかりました。


「でっ、でも、みづがっで、ホントよかっだよおお……!」

「ご、ごめんなざいっ。一人で勝手に迷子になって、ごめんなさいぃっ……酷いことして、ごめんなさいぃいっ……!」


 夜風が、もう一度笑いかけてくれるまで。

 私と奈緒さんは、ふたり、抱き合って子供のように泣き続けました。



 それから、十分ほど経って。


「……ひっく。そろそろ泣き止んだら?」

「……奈緒、ざんこぞっ。ずひっ」


 私と奈緒さんは、天文台公園の広場に、二人並んで座り込んでいました。

 ステージからは、少し遠いけど。喧騒からも、また少し遠くて。

 お互いのシルエットしか見えないほど、真っ暗なここなら。

 誰にも、私たちの泣き顔が見られないからです。


「にふふっ、仕方ないじゃんっ。あんな泣いたの久しぶり。ホント怖かったっ」

「……ごめんなさい」

「ダメーっ。罰として、今日は奈緒さんと一緒にライブを見てくことっ。にははっ」


 奈緒さんは、本当に優しい人です。

 会ったばかりの私のために、ワケのわからない態度で拒絶した私なんかのために、泣いちゃうほど怖いのも我慢して、真っ暗闇の中を捜し歩いてくれました。

 そして今も、気まずい空気にならないように軽い口調で、ちゃんとした理由もつけて、一緒にいようよ、って伝えてくれています。

 感謝してもしきれないのに、情けない私の口から出てくる「謝」は感謝じゃなくて謝罪ばっかり。


「……っ」


 ダメだ、うつむいたら。また涙が出てきちゃうから。


「……でもね? 罰とかじゃなく、ホントに見てってほしーんだ。みんな、すっごく真剣で、一生懸命で、輝いてて、カッコいいから。せっかく来たのにこのまま帰るの、もったいないって思うから」


 断ろうと思えば断れました。奈緒さんは、そういう空気を私に用意してくれました。

 でも、私は残ることにしました。

 奈緒さんに対する義理立てや、まして彼女が冗談で言ったように罰ゲームだと思ってるわけでもありません。

 これだけたくさんの人を、そして奈緒さんを、ここまで魅了するバンドというものに、ホントにホントのほんのちょっぴりだけ、興味が湧いてしまったからです。

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