第2話 イケイケギャル、です

 羽丸しえらです。


「もーっ、お姉ちゃんのバカっ。どうして教えといてくれなかったの!」


 今頃多分家で寝てるお姉ちゃんに文句を言いながら、背中に大荷物を担いで、夕暮れのバス停へと走っています。

 どうして、こんなことになってるのかと言いますと。



「はー、つっかれたー」

「お疲れ様、お姉ちゃん。はい麦茶」

「えービールがいいー。でもありがとー」


 島に到着して、私たちの新しい部屋に着いて、荷解きを終わらせて、人心地。

 マンションの屋上……おほん、ルーフバルコニー?で望遠鏡の準備をしながら、早見島に来てから初めての星空を見るのをずっと楽しみにしていた私に、お姉ちゃんがぽろっとこぼした衝撃発言がきっかけでした。


「星といえば、覚えてる? しえら、ちっちゃい頃天文台で迷子になったわよね」

「う、うん。覚えてるけど……」

「えーっと……あ、ほら。あれ」


 ハテナマークを浮かべた私をよそに、お姉ちゃんは遠くを指差します。


「あれって? ……山? 山が何?」


 緑の広がる島の真ん中に、ぽんと頭を出した小高い山。そのてっぺんには、見たことのあるような白い建物が建っていました。


「何って、あの山の上にある天文台公園でしょ。しえらが迷子になったの」

「えっ」

「あんた七つだったっけ。あはは、流石に場所までは覚えてなかったみたいねー」

「えっえっ」

「だーからぁ、あたしたち、昔家族で来たことあるのよぉ。この早見島にね」

「えっえっえ……ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!」



 というわけです。

 そんな事実を聞いてしまった私、もちろんいてもたってもいられません。

 思い出の天文台。早見島で最初の星空は、そこで見るしかないですよね?

 慌てて望遠鏡をしまいこみ、私は夕日との追いかけっこに走り出したのでした。


 坂道の途中に、『天文台公園』と行先表示のされたバスの背中が見えました。


「あっ……の、乗りますうっ!」


 運転手さんに聞こえるはずないのですけど、必死で声を上げながら手を振ります。その思いが通じたのでしょう。バスはちょっと長めに止まってくれたので、何とか乗り込むことができました。

 田舎のバスは本数が少ないので、これを逃したら確実に日が落ちるまでに間に合いませんでした。神様と、運転手様に感謝です。


「はぁっ、はぁっ……ふぅっ」


 息を整えてから、座席を探そうとふと顔を上げると……あれ? 思ってたより、人が多いです。今は夕暮れ時で、しかも山の上に向かうバスなのに。

 みんな、山の上の方に住んでるのかな……?

 仕方がないので、このまま手すりにつかまって立っていようと思った私のカーディガンの裾が、ついついと引かれます。


「隣、空いてるよ。どーぞ」

「へっ……あ、はひっ。ありがとうござひっ」


 そこで、私はカチコチに固まってしまいました。

 声をかけてくれたのは、私と同い年くらいに見える女の子……だったのですが、私とはひとつ大きな違いがありました。


 ギャルです。

 間違えました。

 イケイケギャルです。


「どしたの? 動き出す前に座らないと、危ないよ」

「あわ、す、すみませんっ」


 促されるまま隣に座ってしまった私ですが、さあ大変です。

 何しろ彼女はイケイケギャルなのです。

 ふわふわっとした明るい金髪。ネコさんみたいなぱっちりおめめ。第二ボタンまで開けちゃったブラウス。それと、ふ、ふともも、寒くないのかな。


 彼女は間違いなくイケてる世界の住人です。ぱーりーぴーぽーというやつです。

 私のような、夜に隠れて星を見つめる人種とは、住む世界が違う相手です。

 ど、どうしよう。気まずい。

 そしてきっと、それは彼女も同じはず。


「ねぇ、そのケース……もしかして楽器?」

「ふぇっ」


 違ったみたいです。

 きっとこういう、相手を選ばずに話しかけられる能力が、友達をいっぱい作るのに必要なものなんだろうなと、質問と全然関係ないことを考えたり。


「が、楽器……?」


 とはいえ、私もいきなりの質問にローバイです。どうして楽器? 確かに中身は細長くてごつごつしてますが、それでも一番に候補に挙がるようなものでしょうか?


「あ、っと。ゴメンね、初対面なのにグイグイ行っちゃって。迷惑だったかな?」

「そ、そんなことは……ない、ですっ、はい」


 もっと強く、否定したかったです。今の言葉だけでしかと伝わってきました。このイケイケギャルの人は、いいイケイケギャルの人です。


「あの、これ……望遠鏡、で」

「望遠鏡? あー確かに、言われてみればこのロゴ見たことあるかも! カメラの有名なとこだよね?」

「あ……は、はい。その、元々はレンズの、メーカーで。望遠鏡も、レンズ大事で」


 いけない。私の悪い癖です。

 すぐ専門的な話をしたがるのは、私の悪い癖なんです。

 相手はお姉ちゃんと違って、私の話に興味を持ってくれてるかなんてわかりません。だからいきなり突っ込んだ話をしても、オタクと思われて引かれてしまうのです。


「…………っ」


 何度も……失敗してきました。

 だから私は、うつむいて黙ることに決めました。

 そうすれば、自分の見たくないものは、見ないで済むから。


 ごめんなさい、イケイケギャルの人。

 お互い天文台までの辛抱だと思って、見逃してください。


「へぇー。いいじゃんっ、そういうの。星、好きなんだね」

「えっ?」


 けれど、それでもイケイケギャルの人はめげずに話しかけてきてくれたのです。


「ほら、ヘアアクセもお星さまだし。カワイー」


 つんつん、と彼女は私のおひつじ座ヘアピンを楽しそうににつつきます。


「あ……」


 そうでした。

 お姉ちゃんと、約束したんです。このヘアピンをつけて、前髪を上げて、顔も上げて、うつむかないで前を向くって。

 ここで下を向いたら、何も変わらないよね。


「あ、あのっ」

「んー?」

「わ……私、今日から早見島に引っ越してきました、羽丸しえらといいますっ」


 まずは、ハキハキ自己紹介っ!


「あら、どーもご丁寧に。アタシは安海あすみ奈緒なおだよ、ヨロシクー」


 安海、奈緒さん。ギャルの人のお名前は、奈緒さん……。


「でも今日引っ越してきたんだぁ。てことは、にふふっ、やっぱりアレ見ないとここでの生活は始まんないって思ったワケだ?」

「アレ……って」


 あ、ああ。星のことですね。

 早見島は星がとっても綺麗に見えることで有名です。

 田舎ならではの澄んだ空気に、遠明かりさえもない真っ暗な夜。私がパパとママに一生のお願いを行使してこの島の高校を受験したのも、開発が進んできた実家周辺を抜け出して、星の良く見える場所で暮らしてみたかったから。……お姉ちゃんは、天文台のこと教えてくれなかったけど。

 でも、バスを満員にするような数の人たちが、みんな星を見に山の上に向かっているというのは、私からすれば感涙ものです。早見島に住む皆さんにとって、それだけ星が身近な存在になってるってこと。私にとっては、天国のような環境かもしれません。


「えへへ……そうですね。楽しみですっ」

「にふふ。改めて、早見島によーこそ、しえらちゃん」


 その後、イケイケギャルの人……奈緒さんとは、他愛もない話をしました。お姉ちゃんと一緒に島に来たこと。子供の頃、山の上の天文台で迷子になったこと。その時助けてくれた男の子が、私の初めてのお友達だったってこと。

 思えば、ずっと私が喋りっぱなしだったかもしれません。でも、奈緒さんは少しも嫌そうにせず、私の話を嬉しそうに聞いてくれました。私も私で、初対面というのもあってなのでしょうか、普段の自分からは考えられないほどたくさんの言葉がすらすらと溢れ出してきました。まるで今まで我慢してたものを一気に吐き出したみたいに。


 早見島に来て、最初に喋った人が、奈緒さんで良かった。

 日が沈み、バスが天文台に着く頃には、すっかりそんな気持ちになっていました。

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