ステラ☆リズム 早見高校天音部活動日誌

リン・シンウー(林 星悟)

第1話 星が好き、です

 星が好きです。

 けど、夜は少し苦手。


 子供の頃、パパとママとお姉ちゃんと一緒に遊びに行った天文台で、三人とはぐれて迷子になってから、暗くて静かで寂しい夜がキライになってしまいました。

 パパ、ママ、お姉ちゃん、どこにいるの、って泣きじゃくりながら、真っ暗闇の中を歩いて、歩いて、疲れて一歩も動けなくなって、怖かったな。

 空に星明かりが無かったら、きっともう二度とお家に帰れなかったんじゃないかって、今でも思います。


「ねえ、きみ迷子?」


 だから、あの時の声の主は、お星様だったんだと思います。

 迷子の私のために、神様が連れてきてくれた、小さな星の王子様。


「泣いてるの? それじゃあ、一緒に歌を歌おうぜ」

「うた……?」

「うん。そうすれば真っ暗でも怖くないし、誰かがきっと見つけてくれる」


 暗くて顔も見えなかったはずなのに、その男の子の笑顔を見た気がした私は、気づけば二人で一緒に歌っていました。


「あはは! 歌、ヘタだな!」

「……ひどい。さいてー」

「あっ……で、でも声はかわいいよ! うん!」

「なんぱしないで。ちゃらい男の子、キライ」

「な、なんだよぉ……」


 今にして思えば、結構生意気でイヤな子です、私。

 結局あの後お姉ちゃんが私を見つけてくれて、こっぴどく叱られたっけ。涙で目の前がぐしょぐしょだったから、明るい場所でバイバイをした男の子の顔も、結局最後まで見えないままでした。

 助けてもらったのに、ありがとうも言えなかったな。


 ……うん、白状します。

 羽丸はまるしえら、当時七歳。

 あれが、私の初恋でした。


「また星?」


 静かな波に揺られ、あったかくて気持ちいい春風に頬を撫でられながら、春の大三角を探していたら、頭の上から優しい声がしました。


「ホントに星好きねぇ、しえら」

「お姉ちゃん」


 羽丸芽咲めいさ。私の大好きなお姉ちゃんです。

 私が無理を言って一緒に乗ってもらった夜行フェリーの甲板の、大きなベンチに並んで寝転がりながら、二人で同じ夜空を見上げます。


「今のうちに寝とかないと、明日がキツいわよ? 荷解き、アタシはアタシの分しかやらないからね」

「う、うん……もう少ししたらね」


 ポケットからスマホを出して、こっそり時間を確認します。日付が変わる少し前。

 フェリーが私たちを乗せて向かう引っ越し先の島……早見島はやみじまには、明日の朝九時頃には到着する予定です。寝坊しちゃったら大変。

 けれど、頭上に広がる満天の星空を眺めていればいるほど、もう少し、あと少しだけ、ここで星を見ていたいという誘惑から逃げられません。


「やっぱり田舎ねー。空がホント綺麗だわ。えーっと、おひつじ座……は、この季節は見えないのよね。流石にあたしも毎年聞いてたらもう覚えちゃったわよ」

「えへへ……いつもありがとう。私の星の話を聞いてくれて」

「もう。そうやっていつまでも甘えてないの」


 抱き寄せられた私の頭が、お姉ちゃんの頭にこつんと当たりました。


「今回はどぉぉぉお~しても心配だったから一緒についてきちゃったけど。そろそろお姉ちゃん離れしてもらわなきゃね。しえらももう、十五歳なんだし」

「えっ」


 不意を突かれた私の目の前に差し出された、お姉ちゃんのスマホ。

 画面には、ちょうど一年前の今日、星空をバックに撮ったお姉ちゃんのツーショットと0時00分、三月二十八日、水曜日の表示。


「誕生日おめでと、しえら」

「あ、あうぅ……!」


 ローバイする私をよそに、お姉ちゃんはそのままカメラを起動して、パシャリ。

 するすると流れるような手つきで、あっという間に二人の新しいツーショットを待ち受け画面に設定してしまいました。


「あーっ! ちょっとお姉ちゃんっ、こんな顔恥ずかしいよ! ワンモアっ!」

「あはは。プレゼント、よく似合ってるわよ」


 言われて、初めて気づきます。写真の私、髪に何かついてる。同じ場所に手を当ててみると、硬い手触りがありました。いつの間に。


「あっ、これ……おひつじ座!」


 お姉ちゃんからのプレゼントは、おひつじ座の形にキラキラの四つ星が並んだ、とってもかわいいヘアピンでした。


「ホントよくわかるわね、こんな星四つぺぺぺぺーんっと並んでるだけで」

「わかるよ!」


 だっておひつじ座は、ひつじのおでこにちょこんと煌めく二等星ハマルは、私の一番大好きな星。私とお姉ちゃんの星だもん。


「ありがとう、お姉ちゃんっ。大切にするね」

「ふふ、どういたしまして。毎年夜空をバックに撮ってきたけど、おひつじ座が写らないのが難点だったのよね。しえらも普段オシャレとか全然しないし、ちょうどいいかなーと思って。ほら、貸しなさい」


 お姉ちゃんはおひつじヘアピンを手に取って、私の髪にもう一度着けてくれました。

 瞼まで伸びた前髪を、ぐいっと上げて、広がる視界。


「俯いてばかりいないで、ちょっとは前も向きなさい。暗い子って思われるのは嫌なんでしょ? 高校では、ちゃんと友達作るのよ」

「……うん。がんばる。ありがとう、お姉ちゃん」


 お姉ちゃんは、本当に優しいです。

 私のつまらない星の話を聞いてくれて、私のダメダメなところも認めてくれて、私の全部を受け止めてくれて。


 でも、ずっとこのままじゃいけないんだよね。

 お姉ちゃんの言う通り、前を向いて、変わらなきゃ。

 新しい場所。新しい生活。新しい……友達。

 この春は、私にとって一世一代のチャンスなんです。


 羽丸しえら、十五歳。来月からいよいよ花の女子高生っ。

 心機一転、がんばります!


 ……まずは、部活にでも入ってみようかな。

 天文部とか。

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