CAVE-C

みみず

プロローグ&第一章・第一節

 //プロローグ//


 暗い、狭い、寂しい、辛い、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい・・・。


 幾度なくそう思った。

 眼前に広がるのは闇。ただただ、闇。

 この狭い空間で私は永遠とも思える時を過ごしている。

 ふと考える、考えてしまう。


 私は本当に無事に辿り着けるのだろうか

 私は本当に光を見ることができるのだろうか

 私は本当に・・・望んだ明日を迎えることができるのだろうか。


 私にはもう何も残されてはいないだろう。私の名前は何だ?私の親は誰だ?私は今どこにいる?私は今何をしている?私はただただ独りぼっちのこの空間で考えることしか許されていない。そんな私を嘲笑うかのように空間は揺れ続ける。


 私はいつになったら解放されるのだろう。

 私はいつになったら温もりを得られるのだろう。

 私は・・・いずれ私という存在すらも忘れてしまうのだろうか。


 そのような考えに至ってすら、もう恐怖を感じることもなくなった。黒い思考が延々と頭の中をグルグルと回る。


 寝よう、考えるだけ無駄だ。そう思って私は目を閉じる。このまま目が覚めなければ、このまま私という存在が消えてしまえば、どんなに楽だろう。薄れていく私の意識と反比例して、空間の揺れはより一層強くなっていった。




 //第一章・第一節//


「イゾウ!私のロープがないぞ!どこにあるか知らないか?」


 朝のログハウスに快活な声が轟く。声の主はどうやら探し物をしているみたいだ。

「ったく、お前は朝からうるせぇな」

 イゾウと呼ばれた男が答える。彼を始めて見る人は、おおよそ“がさつ”というイメージを抱くであろう。そんな見た目の男だった。身長は175センチ程度で適度に筋肉のついた体をしており、とても良いとは言えない鋭さを含んだ目つきから決して柔和な性格ではないことが伺い知れる。黒髪は寝ぐせで無造作に爆発していた、もともと無頓着なのだろう。


「ロープなんてどれも一緒だろ、ほら俺のを使え」

イゾウは自分が持っていたロープを投げ渡す。やはり“がさつ”な性格なのだった。


「お前とは失礼だな!私にはロヴィという名前があるじゃないか!」 

 自らをロヴィと名乗った少女はロープを両手で受け止める。身長は160センチ程度、決して細すぎず太すぎもしない健康的な体つきをしている。すらりと伸びた赤茶の髪は夕焼けのように情熱的に輝いている。翠色に輝く大きな瞳は、活発さの中に可憐さを演出している。“元気で明るい子”という言葉が人の形を模した、そんな印象を受ける少女だ。


「はいはい悪かったな、お前さん」

「ムキー!!」

 ロヴィはイゾウにあしらわれたことに憤慨しつつもロープをバッグの中へと押し込む。“詰め込む”ではなく“押し込む”という辺り、ロヴィもイゾウと共通する何かしらを感じさせるのだった。


「はやくしねぇと先に出ちまうぞ」

「そんなに急かさないでくれ!バッグになにを入れたか忘れてしまうじゃないか!」

「お前さんの記憶力の無さを俺に押し付けんな」

 するとまたもや少女のいるであろう部屋の辺りからからムキー!!という叫びが聞こえてきた。

 イゾウからすれば、朝からあそこまでのハイテンションで騒ぐなど考えられないことだった。というか彼にはいついかなる時であっても無理であろう。そうこうしているうちにも部屋の方ではドタバタと賑やかな・・・賑やかすぎる音が響いている。

「あほくせぇ・・・」

そう呟いたイゾウはブーツの紐を結びながら大きな大きな欠伸をしたのだった。




 二人は朝の準備を慌ただしく終え(慌ただしいのは一人だけだった様な気もするが)少し年季の入ったログハウスを出かける。二人が住んでいるログハウスがある場所は”イグナス”のはずれだ。はずれということもあり、周囲には家畜牧場や古びた井戸などしか存在しない。しかし緑豊かな土地であり、日が昇れば鳥のさえずりや小動物の鳴き声など様々な自然の彩が顔をの覗かせる。そしてここからはイグナスの街を見渡すこともできる。街の方では朝の出店準備に追われる住人の様子が見受けられた。


「改めてみるとやっぱり大きい街だよな。私は他の街に行ったことがないから比べようはないんだけどな」

「まぁ確かにイグナスは交易街として栄えている分人も集まりやすい。他の街と比べると交易も盛んなぶん発展するのも早いんだろうよ」

 イゾウは坂道から見渡せる街の風景に目をやりながらそう答える。ロヴィは少し前を行きながらくるりとこちらを振り向き、後ろ歩きをしたまま話を続ける。

「他の街はどうなんだ?確か“ヤマト”、“レガリア”、“ベアトリーゼ”、“ノストリア”だっけ?」

「なんだ、アゼッションで習わなかったのか?ヤマトはヒューマの総本山だ。そして俺の生まれ故郷でもある。レガリアはアニマの、ノストリアはビークの総本山だ。ベアトリーゼは割と新しくできた街だな、プラントの奴らが多い。」

「いやいや、そういうことを聞いているんじゃないぞ。まったく、イゾウは教科書みたいなやつだなっ」

「あ?そもそもお前さんが授業の内容をきちんと覚えていたらよかったんじゃないのか・・・」

 イゾウは何で貶されたのか全く理解できないという様子でため息をつく。

「私が聞きたいのはそういうことじゃなくてだな・・・おっ!着いたぞイゾウ!」

 ロヴィは先ほどの話は最早どうでもいいといった様子ではしゃぎ始める。心なしか彼女の歩く速さが早くなっていることに彼女自身気づいていないようだ。


「なぁ、イゾウ!今日の昼飯はバザールで買ってもいいか?コロンの串焼きが食べたい!いや、私は今日あれを買いに来たようなものだ!うん、そうに違いない!」

 ロヴィは瞳をキラキラと輝かせながらイゾウにそう訴える。イゾウとしては先ほど小馬鹿にされた件もあり、絶対に応じてやるものかという姿勢をとるつもりだった。というか大前提として今日は昼飯を既に用意してある。普通に考えて却下するほかなかった。

「馬鹿言え、もう弁当作ってあるじゃねぇか。我慢しろ」

 しかしそれで容易に引き下がる“暴食の化身ロヴィ”では無かった。彼女は罠にかかった小動物の様な瞳でイゾウに提案する。

「も、もちろん私が出すから!な!いいだろう??」

 ロヴィの瞳からきらきらとした光線が放たれていると感じるのは気のせいだろうか。

 癪に障るがこれ以上言っても無駄と判断したのか、イゾウは諦めモードに入ってしまった。

「わーったよ・・・早く買ってこい。」

 ロヴィはその言葉を聞いた瞬間突風の様なスピードでバザールの人混みへと消えていった。


 一人取り残されたイゾウは渋々バザールをぶらつくことにした。彼は普段バザールには足を運ばない。なぜなら彼は人ごみがあまり好きではないからだ。いや、人ごみではない。”人”、他人とかかわることがあまり得意ではない、と言い換えるべきだろう。彼自身それは自覚しているのだが、それでもどうにもならないこともある。

「クソッ、余計なこと考えちまう。」

 イゾウは悪態をつきながらバザールを進む。周りを見渡すと、色とりどりな商品が目に入ってきた。食品から生活雑貨、衣類や工芸品に至るまで何でも取り揃えてある。行きかう人々も様々で、老若男女はもちろんのこと、職業、レージョンすらも様々だ。頭に麦の藁で編んだ帽子をかぶっているプラントの老人、荷馬を連れて練り歩く小太りのビークの男、籠を片手に子供の手を握っているアニマの女性。すれ違えばすれ違うほど周囲の光景が目まぐるしく変化する。人はそれを愉快に感じるかもしれないが、イゾウにとっては“落ち着かない”の一言で済まされてしまうのであった。




 さすがに慣れない人混みに限界を感じたのか、イゾウはバザールの一角にある広場のベンチに腰を掛ける。やれやれ年を感じる今日この頃だなどと苦笑していると、広場で遊ぶ子供たちが目についた。遊んでいる三人はいずれも違う“レージョン”だった。しかし彼らはいがみ合うことなく、無邪気に遊んでいる。

他レージョンとは深いかかわりを持たない、それがこの世界の常である。


 例えばアニマは他レージョンを忌み嫌い見下す傾向にある。

 例えばビークが他レージョンに関心を向けることは滅多にない。

 例えばプラントは他の街では生活環境が限られてしまう。


 それぞれ姿形、思想や文化が異なる。それ故に各々は総本山の街で生活を営み、他の街へ出向くことは殆どない。それは仕方のないことであり、簡単には埋めることのできない溝の様なものだ。しかし、中には友好性・社交性を強く持つ個体もいる。そういった個体が自然と集まって形成され、レージョンの垣根を超えて生活を営む。それがイグナスだ。


 アニマがヒューマと手を取り合う

 ビークがヒューマと恋に落ちる

 プラントがアニマと協力して店を営む


 そんな光景がイグナスでは広がっている、日常の一部としてそこら中にある。これはちょっとした“奇跡”とも言えるのではないだろうか。そんなところまで思考を巡らせていた哲学者イゾウはふと気づく。

( あれ、あいつ俺が広場にいるってこと知らねぇよな・・・ )




「やっと見つけたぞ!」

 そんな声が広場に響き渡ったのは数分後のことであった。

「買い物に時間かけすぎだ。待ちくたびれたぞ」

 イゾウはやれやれといった感じでベンチから腰を上げた。しかしその前にロヴィが立ちはだかる。

「待ちくたびれたとはなんだ!イゾウが元居た場所からいなくなっていたからずっと探していたんだぞ!まったく・・・やれやれなのは私の方だっ」

 ロヴィは両手を挙げ首を横に振り、いかにも“やれやれ”といった仕草を取りながらさらにこう言った。


「はぁ、三十路過ぎた迷子の面倒を見ることになるとはな」


 ぷっちーん、とイゾウの中で何かが切れた音がした。いつも調子に乗って失敗ばかりしている“あの”ロヴィに二度も小馬鹿にされてしまったのだ。イゾウにとっては屈辱以外の何物でもなかった。

「そうか、そんなに今すぐ広場の噴水に頭からダイブしたいんだな?いいか、頭からだからな?」

「あわわわ!待ってくれ!せめてっ、せめてこれを食べてからにしてくれ!!」

 さすが“暴食の化身ロヴィ”、噴水ダイブよりもせっかく買ってきた串焼きが水浸しになることの方が許せないらしい。そんなロヴィの様子を見てイゾウは大きなため息をつく。


 なんだか今日はやけに疲れる一日だ。


「はぁ・・・もう用が終わったんなら行くぞ。結構時間喰っちまった」

「了解だ!」

 ロヴィが袋片手に走りながらこちらに向かってくる。

「おい、振り回して落としたりすんなよ」

「んな、私はそこまで子供じゃないぞ!」

「どうだかな」

「と、とにかく用事は終わったんだ!行くぞっ!」

 二人はバザールの喧騒を背中に受けながら歩きだす。




 二人がバザールを後にして数分ほど歩いたところで “それ”は見えてきた。

「ひゃー、いつ見ても思うけどほんっとに大きいよなぁこれ」

 ロヴィは見渡す。いや、見上げるといった方が正解か。


 “駅”、それはそう呼ばれている。今回イゾウ達が出かけてきた目的地である場所だ。そこにはバザールの様な陽気で温かなイメージはない。あるのは殺伐とした重苦しい雰囲気だけだ。建造物、と呼ぶには所々破損している箇所や欠落して補修されている箇所が多々あるが、恐らく規模としてはイグナスにある何よりも大きいものだろう。推測ではあるが高さ100メートルの鋼鉄のトンネル、と表現するのが正しいのだろうか。外壁は恐らくイゾウが知りうる中では最も固いもので形成されているようだ。恐らく何物でも傷をつけることは不可能だろう。

そしてなにより


「誰がこんなもの作ったんだろうな?」


 ロヴィは疑問を口にする。ロヴィがそれを知らないのは彼女が無知であるからではない(いや、限りなく無知でおバカではあるが)。イゾウだって答えられない。ましてやこの世界に存在する誰もが答えることはできないだろう。

 そう、この巨大な鋼鉄の塊は造られたのではない。


 在った


 そう表現するのが正しいだろう。初めてこれを発見した時には既に在った。それを今は駅として間借りしているだけなのである。

 駅については様々な意見が囁かれている。古代人の遺産だとか神様の落とし物だとか・・・それらはただの妄想でしかないのだが、それを否定しきることもできない。何しろ誰も正解を知らないのだから。

 と、まぁ大変ミステリアスな存在ではあるのだが、ぶっちゃけイゾウにとっては何事もなく己の目的を果たすために使えるのであればそこまで気にしていることでもないのだったりする。


 「毎回思うけどさぁ、この辺もうちょっと飾ってもいいと思うんだよなぁ。なんだかすごい地味だと思わないか?」

 ロヴィが突然そんなことを言い出した。確かに鋼鉄でできた無機物の壁は汚れや傷で模様を浮かび上がらせているとはいえ、決定的におしゃれとは言えないものである。だがしかし、

 「あのなぁ・・・死地へと向かう玄関口がキラッキラでどうすんだよ。緊張感もくそもねぇじゃねぇか・・・」

 当たり前のことを言うかのようにイゾウは吐き捨てる。実際当たり前のことなのだ。これからイゾウ達が赴く状況のことを考えると、電飾でキラッキラに彩られでもしたら頭が痛くなってしまいそうだった。

 そもそも駅の役割とはなんなのか。たとえ間借りしているとはいえ、大仰な施設のような内装を施されている駅は何の為に在るのか。


 “迷鉱”


 この世界を象徴するもの。

 この世界の恐怖を表すもの。

 この世界に大いなる恵みをもたらすもの。


 それが答えである。

 迷鉱とは一言で説明するならば“とてもとても大きな洞窟”だ。全長・不明。深度・不明。環境・不明。不明、不明、不明、不明。そう、すべてが不明。誰も最深部まで踏破したことが無い。故にこの世界で最も不明な存在、そして最も神秘的な存在ともいえるだろう。その迷鉱に“航鉱”するために準備をする場所、いわゆる迷鉱への玄関口。それが駅の役割であるのだ。


「えぇー、かわいいと思うんだけどなぁ。こう、賑やかな感じでさ!」

 やはり緊張感の欠片もないといった調子でロヴィは鼻歌を歌いながら駅を進んでいく。

 駅の中ではあちこちで作業をしている者がいた。それは鉄がぶつかり合う音となり、部下を叱咤する声となり、迷鉱から吹き抜ける風の音となり、バザールとは一味違う喧騒を生み出す。

 そして行きかう者は”必ずイゾウに挨拶を交わしていく”。物資を運搬するアニマの男、部下に指導をしている最中のビークの老人、休憩中なのか食事をとっているヒューマの女。皆が一様にイゾウへと声をかける。ともすれば、それはバザールとは正反対の光景なのかもしれない。イゾウもそれに関して億劫に感じている様子も無かった。まぁ、一言で言うとぶっちゃけ彼はここではちょっとした有名人なのだった。


 そして二人は駅の最奥、改札に辿り着く。正真正銘の玄関口、迷鉱へ接続された最後の境界線。世界と世界の狭間は迷鉱の闇によってはっきりと浮き彫りになっていた。

 ロヴィが眼前に広がる闇に自然と背筋を震わせていると、改札のパイプ椅子に座っていたアニマの男が二人に声をかけてきた。


「おおー!イゾウ、それにロヴィちゃん!今日はどこまで潜るんだい?」

「おう、トッカン。そうだな、今日はロヴィもいるし浅瀬あたりだな」

 イゾウ達へと声をかけた彼の名はトッカン。”トラ型”のアニマの中年男性だ。今は冬だというのに黒のタンクトップ一枚で済ませている辺り、彼がいかに肉体派な男かが伝わってくるだろう。ちなみに彼の座右の銘は”気合で何とかなる”らしい。駅の改札番をしており、ここでは結構顔の利く方だ。

 そしてイゾウの数少ない友人と呼べる人物でもある。普段人を寄せ付けないイゾウではあるが、トッカンの豪気な性格の前では気兼ねなく振舞えるらしい。


「オーケー!今日も気をつけてな!ロヴィちゃんもその辺で転んだりするなよっ!」

 トッカンは意地悪そうな笑みを浮かべながら二人を見送る。

 トッカンさん!そんな心配は無用なんだけど!!」

 ロヴィは改札で手を振るトッカンに舌を出しながらも、イゾウに遅れまいと闇の中へ足を速めた。その姿は少し緊張がほぐれたようにも見える。


 そんなロヴィの後ろ姿にトッカンは口元を緩めた。




 イゾウとロヴィは手を振るトッカンを尻目に、迷鉱を進んでいく。

 迷鉱の中はとにかく広い。天井は場所によっては見えないほどである。改札付近は迷鉱内に展開されている商店や、他の街からの旅客用の宿などが立ち並んでいる。しかし、それも限られた範囲でしかない。しばらく進むとまったく先の見えない闇の世界が広がっている。頼りになるのは自分たちが持っているハンドライトの光のみだ。それはあまりに広大すぎる闇の中では砂粒の様なものに等しく、とても頼りないものに感じられた。


「イゾウー、いるかー?」

「いないぞー」

 気の抜けた声が返ってくる。

「下らないシャレはいいからちょっと待ってくれ!」

 ロヴィは自分では気づいていないが既にちょっと涙目であったりするのだ。

 しかし、やはりイゾウ程ともなると余裕の見え方が違う。彼ほどの“探鉱夫”になるとハンドライト無しで浅瀬の奥まで行くなど造作もないことなのだ(あくまでたとえ話であって本当にやろうとすると命に関わりかねないが)。


 このただただ広がる闇の世界に挑み立ち向かうのが、イゾウたち”探鉱夫”である。迷鉱に潜り時には調査を、時には採掘を、時には害獣駆除を、と幾多にわたり活躍する迷鉱のエキスパートとも呼べる存在だ。中でもイゾウは探鉱夫の中でも随一の手腕を持ち、他の街にも名前を轟かせているほどである。駅でやたら顔が広かったのはそういうところに理由があるのだ。

 そして、ロヴィはいわゆるイゾウの弟子にあたる。ロヴィはまだまだ新人の探鉱夫であり、イゾウの同伴がないと迷鉱に潜ることはできない。無論ロヴィにとってはイゾウは憧れの存在であり、目指すべき目標でもある。実際にロヴィの有する迷鉱の知識は殆どイゾウから聞かされたものによるものだ。無論アゼッションで学びもしたが、やはり彼女の迷鉱に対する基準はイゾウの知識や口伝によるもので構成されていた。


「なぁイゾウ、イゾウはなんで探鉱夫になろうと思ったんだ?やっぱり迷鉱が好きだからか?」


 ロヴィはふとした疑問を投げかけてみた。これほどまでに卓越した技術をもった探鉱夫が、自分の師とも呼べる存在がなぜ探鉱夫の道を選んだのか。純粋に気になっていたのだ。そう、“気になっていた”。彼女はいつもの他愛のない、とりとめのない会話の延長として投げかけた。

 投げかけてしまった。


 「・・・いや」


 イゾウはそこまで言って口をつぐんだ。

 心なしかイゾウの歩く速さが早くなっていく。


 迷鉱の中には二人の足音が静かに響き、天井から滴り落ちる水滴の音がより一層空気を重くする。

 まずい。いつもは天真爛漫な性格でイゾウを振り回す彼女だったが、さすがに気づく。いつもとは違う。決定的なまでに。ロヴィはイゾウの後ろをついて歩きながらばつの悪そうな表情を浮かべていた。なにしろここはいつものログハウスでも、バザールでもない。迷鉱だ。この場所には今二人しかおらず、この闇の世界に影響を与えるのはイゾウとロヴィの二人しかいない。

 どうしようもできない。

 そう思ってしまえるほどに闇は重くのしかかってくる。


「あ、あのさ!ごめん!さっきのはなかったことに・・・」

 ロヴィは“辛うじて保った心を振り絞って”イゾウにそう投げかけた。

 いや、そうすることしかロヴィにはできなかった。

 だが

 しかし


「・・・いなんだ」

「え?」


 ロヴィが続けて謝罪を述べようとしたとき、イゾウは突然立ち止まりロヴィの方を向いた。ハンドライトに淡く照らされる彼の表情はいつもの仏頂面とも違う厳しい表情だ。そこには、言葉には表せられない感情がにじみ出ている。どんな感情を混ぜればそんな表情ができるのだ?それは間違いなく“ロヴィが見たことのない彼“だった。


 そして

 ( イゾウ、すまない )

 イゾウは

 ( すまない、だから・・・っ )

 その鉛のように重たい口を

 ( そんな顔しないでくれっ!!)

 開いた


「嫌い、なんだ。俺は・・・」



「迷鉱のことが、大嫌いなんだ」



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