What a cool we are.

眞壁 暁大

第1話

「目出度いですな」

「いや、めでたい」


 客人がひっきりなしに訪れては言祝いでいく。内心私は苦り切っていた。

 いつ切れるともしれぬ人波がようやく切れたあたりで、遠巻きにしている一人の男に気づいた。目立たない身なりをしては居たが、すぐに気づいた。その男こそ、私が今会いたかった男だからだ。この無様な祝宴にあえて参加しようと思ったのも、その男が来るかもしれないと期待してのこと。

 私は途切れた人並みの隙間を潜り抜け、その男の傍へ駆け寄る。


「社長――」言いかけた私を男が遮る。

「もう社長ではない。しかし、キミも如才ない笑顔ができるようになったものだ。昔はもう少し堅苦しい男だったが」

「いえ」

「しかし、3周年おめでとう、というべきなのだろうかね」

 私とは視線を合わせようとせず、社長、もとい元社長は幽かにひきつるような息を吐きつつ言った。この人は変わっていない。

「正直なところ、目出度い、とばかりも言えませんが」

 本音を白状すると、元社長は意外そうな顔をしたあと、ほっとしたように呟いた。

「そうか。まだみんな忘れたわけじゃないんだな」

「ええ」



 3年前。

 社長の肝煎りで始めたこの事業は成果をあげることだけを期待されていた。社長は言っていた。

「2年で結果を出して見せる」と。

 結果とは?

 有象無象の中から文豪を見出すことだ。

 今思えば無謀にもほどがある話だった。社長もそのことは自覚していたようで、それも込みで年限を切っていた。

 2年で結果が出なければ、あとはどれだけ頑張っても無駄だと。

 社業の屋台骨を支えるに足る、圧倒的な「大作家」を発掘することを目的として、ギリギリ赤字を垂れ流しても耐えられる限界。

 それが2年だった。


 滑り出しは順調とは言い難かった。

 そもそも、有象無象からそれらしき原石を発掘する、という体で始められた事業ではあったが先行している業者が既にいくつもあった。我々は2匹目のドジョウですらない、むしろ101匹目のサルと言った方が近い。既に類似の事業があるということは


「「パクリやん」」


 と世に思われても致し方のない面があった。

 それを回避するにはどうすればよいか。社長がそこで打ち出したのが

「文豪を作る」

 という大目標である。途方もない話だ。ホラである。ハッタリにも程がある。その事はじゅうぶん承知していた。

 だが、このくらいのホラでもふかさないと、数ある読者投稿サイト、ワナビがたかるモブサイトと区別化できない。それに、それくらい高い理想を掲げないと、いまさら何番煎じかも分からぬ事業に向けてメンバーの士気を上げることはできなかった。これは必要な嘘だった。当時は。


「文豪を作る」

 この目標がガチであると浸透させるのには今しばらく時間が必要だと社長も、事業に携わるメンバーも心得ていた。

 心得てはいたが、手応えのなさに不安があった。

 そこにつけ込まれた。

 いつまで経っても先行者の後塵を拝し続け、ワナビは増えるが、ワナビにくっついてくるはずのPVがまったく伸びないという状況に焦りがあったのは否めない。スタートダッシュに失敗したことで社長の心が弱っていたし、我々メンバーも浮足立っていたのも否定できない。

 事業は開始早々、テコ入れが必要となった。

 いま冷静になって振り返ってみれば、おかしな話だ。

 文豪発掘のため、2年は赤字を垂れ流すことを「覚悟」したはずの事業だ。初動が伸び悩んだだけでわずか三日後には「収益化のため」のテコ入れを許容するとはあまりにも腰が落ち着かない狼狽えぶりと言うほかない。

 だが、社長もメンバーも、社内から上がる事業立ち上げの「失敗」という評価に抗う胆力を持っていなかった。今思えばこの時すでにわれわれは敗北していたのだ、と思う。


 三日目。

 突如あるワナビの投稿が話題をかっさらう。

 創作ではない。内部告発の文書だ。

 いまはもう見られないこの文書によって、わが社の立ち上げた有象無象投稿サイトは、「匿名で内部告発できちゃうサイト」として独自の地位を獲得した。

 PVは一瞬で伸びた。この功績で、期末にはテコ入れを働きかけた社員には社長賞が贈られた。金一封を授与するときの社長の何とも言えない複雑な表情は今も忘れられない。

 いったんPVが伸びてしまえば、そのあとはどうとでもなる。惰性でこのサイトを回遊先に加えた人々はよほどのことがなければ離れていったりはしない。漸減はしたものの、「ほんらいの」投稿サイトへとじわじわ軌道修正を図っても、PVは一定の規模が維持されていた。

 しかし、その過程で当初目的はかなぐり捨てられていた。


「書籍化?」

「はい」

「しかしそれでは……」

「収益化にはそれしかありませんよ、社長」

「……」

 半年後。

 社長は既にこの事業における主導権を喪失していた。有象無象から文豪を発掘するという、社長の途轍もない駄ホラを共有するメンバーは櫛の歯が抜けるように会社を去っていった。駄ホラを駄ホラと笑って、社長の与太に付き合ってやるか、という構えだった人ほど、幻滅が大きかった。

 口ではなんだかんだとケチをつけつつも、心の隅で、どこかで、秘かに期待していたのだ。

「これは、これまでとは違うなにかになる」と。

 しかし、現実はそうではない。

 会社は、もとい株主は、わずか半年の赤字にも耐えられなかった。社長が説得に失敗したのだと言い換えても良いかもしれない。

 PVだけでいえば、わが社のサイトは3番手にはつけるようになっていた。

 PVだけを見れば盛況。なぜここからすぐに収益化できないのか? 株主の疑問ももっともだった。彼らは前年の総会で社長が「2年で結果を出す、その猶予を頂きたい」と大見栄を切ったのに太鼓判を押し、支持を出したことをすっかり忘れていた。

 押された社長は、「文豪」と呼ぶにはあまりにも小粒な、それでいてたしかに目処は立つ数人のワナビをピックアップさせ、それを書籍として出版する。大々的な宣伝も打つ。この時にもっとも多くのメンバーが抜けた。

「文豪を作る」という掛け声に乗ってみたら、けっきょくオチは同業他社と大同小異のコンテンツ量産工程の末端で追い回されるだけ。

 社長の掲げた駄ホラがあまりに大きすぎたために、そのギャップで失望も大きかった。はなから「そういうモノ」だと思っていれば粛々と進めることも出来ただろう。だがメンバーの多くは、社長とともに見た、見せられたあの見果てぬ夢が眩しすぎて現実に耐えきれなかった。

 事業継続すら難しくなるほどのメンバーの大量離脱を憂慮した社長が、「これは緊急避難だから」とメンバーを説得して回り、なんとか最低限度の人員は残留させることに成功した(私もその一人だ)。

 私は社長の「文豪を作る」という駄ホラにそこまでの思い入れもなかったから、この事態をどこか冷めた目で見ていたが、それでも社長が

「今だけだ。ここを乗り越えれば本当の目標に向かえるようになる」

 と力説したのを、信じるとはなしに信じていた。既に社長に昔年の面影はなくなっていたが、その言葉で、「文豪を作る」というその野望は捨てていないのを窺い知るには十分であった。



 そうして2年が経った。

 社長は持ち前の営業力でレーベルを次々に開拓していった。

 出版点数も増えていく。コンテンツ供給工場として、われわれのサイトは確実に稼働するようになった。

 だが、それだけだった。


「文豪を作る」

 当初目的を覚えているのは私と社長だけになっていた。気づいてみれば、社長も社内の主流派からは大きく外れていた。見渡せばあれほどうじゃうじゃといた社長の取り巻きもずいぶん疎らになって、見晴らしが大変よくなっている。これだけ見晴らしがよくなると、私にもいろいろと見えてきた。

 社長は「敗けた」のだ。そして、私も。

 サイトは既に事業として軌道に乗っていた。軌道に乗ってしまった「いまこの時」から振り返ってみれば、社長の掲げた「文豪を作る」という駄ホラは、まさに駄ホラ、耳目を集めるためだけの虚勢であり大言壮語でしかなかったと見做されている。

 本気度が足りなかったのかもしれない、と思う。

 私は、どこかに照れがあった。

「文豪を作る」「文豪を発掘する」という目標。

「文豪」というその言葉があまりにも眩しすぎた。本気でそれを見つけ出すのだ、と公言するには気恥ずかしさと照れ臭さがあった。だから社長のパーソナリティに乗せて

「まあきっといつものハッタリだけどね(それでも本気で頑張るよ)」

 と逃げ道を作っていた。今思えば、ここで負けは確定していたのだ。



 3周年を迎える少し前に、社長はその座を追われた。

 事業失敗の責任をとる形で退任したのだが、「文豪を作る」ことを目的に立ち上げられたサイトはその「失敗」にカウントされていなかった。

 社長の目論見通りであれば、2年めに成果を出せずに解散していたはずの事業が、今は会社でも有数の「稼ぐ事業」に成長している。

 私はいま、そのサイト運営のボスとして働いている。なんのことはない、他の立ち上げ当時のメンバーはすべて居なくなっていたから繰上りしたに過ぎない。そしてコンテンツ量産のルーチンが確立した今、私もここには必要のない人間である。 

 社長の後を襲って、会社から追われるのも遠い未来ではないだろう。



「何がめでたい」

 社長は言う。私もその言葉にうなずく。

 3周年。 それは本来、訪れてはいけなかった記念日。

「文豪を作る」目標を見失ったまま、今日もサイトは漂流する。

 しかしそれでも。

「もしかしたら、出てくるかもしれませんし」


 私は、希望を捨てきれないでいる。

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