アクティ部

サヨナキドリ

それから

「えっ、ケーキ?今日って何かあったっけ?」

 ゴールデンウィークが明けて少し、大学に入学してから一人暮らしにも慣れてきた頃。エリカがいつもウチに遊びに来たいとメッセージを送ってきた。何気なくOKしたけれど、インターホンが鳴りドアを開けると、夕日に照らされたエリカがホールケーキを持って待っていたからびっくりする。こっちは何の準備もしていないのに。誕生日?でも私は9月だしエリカは8月だ。

「あのね、今日で私がナツメと初めて会ってからちょうど3年になるんだよ」

部屋に入り、ローテーブルについたエリカが説明した。

「そうなんだ」

 エリカの返事は予想外のもので、変に気が抜けた返事をしてしまった。対面に座るエリカは、すこし顔を曇らせる。

「もしかして、初めて会った時のこと忘れたの?」

「まさか。飛んでた雲の数まで覚えてるよ」

 即答する私の返事に、エリカが顔をすこし赤らめてうつむいた。

「そゆとこあるよね、ナツメって」

「どうゆうとこ?」

 エリカに訊ねる。

「推しカプのセリフで会話するとこ」

「ガフッ!」

 格好をつけたつもりが、エリカにはお見通しだったようだ。

「い、いいじゃん滅多にないチャンスなんだし。それに、はっきり覚えてるのは本当だから」

 そう、いまでもはっきり覚えている。西高校では、新入生はいずれかの部活に入部することが義務づけられている。4月いっぱいは体験入部期間で、本入部は5月からだった。私は別に入りたい部活もなく、適当にバドミントン部にでも入ろうとしていたのだけれど、幼馴染のカスミが新しく部活を作りたいと言い出したのだ。けれど、部の設立には部員3名、顧問一人と部室がいる。私は、どうやってせしめたのか部室候補の部屋で、カスミに言われて待っていた。扉が勢いよく開くと、満面の笑みのカスミとちぎれんばかりに腕を引かれて半べそをかいたエリカが飛び込んできたのだった。

「そっか、あれからもう3年になるのか」

「この3年でいろんなことがあったよね」

 その通りだ。『楽しいことなら何でもやる』という活動方針のもと、私たちはなんでもやったしどこにでも行った。北海道から沖縄、異世界に果てはアメリカまで。

「アクティ部だしね。まだまだ活動方針が決まってないときに、エリカがティーセットとお菓子を持って来たのにはびっくりしたよ」

 そのティーセットは、今このテーブルの上に並んでいる。卒業するときに、各々持って帰ったから。

「でも、よかったでしょ?」

「うん、よかった」

 そう答えて、紅茶の入ったカップを揺らす。

「部室にこのティーセットがあるって考えるとさ、なんか、安心したんだよね。どこにいたって、私はここに帰ってきていいんだなって」

「うん、私も」

 エリカがはにかんだ笑顔を見せる。

「じゃなきゃカスミの無茶には付き合ってられないよな!」

「でも、楽しかったよ」

「思い返せばそうかもしれないけど、大変だったぞ〜」

 アクティ部は、活動の度にトラブルに巻き込まれた。というか、カスミが巻き起こすトラブルこそがアクティ部の活動だった。設立経緯が経緯だけに、廃部の危機は日常茶飯事だった。実績を作るために悪戦苦闘したこともあった。部を守るために他の部と対抗戦をしたこともあった。2年生の春には新入部員探しに奔走した。

「はじめはね、アクティ部は私たち3人で終わりかと思ってたんだ」

「私も。それが今ではちゃんと部活としてちゃんと回ってるんだもんね」

「アカネもアンズもよくやってくれてるよね」

 そこまで言って、私は言葉を途切らせた。エリカが不思議そうにこちらを見つめている。

「ほんとはね、ちょっと嫉妬してるんだ。私たちが卒業してからも、アンズたちはあの部室でアクティ部として活動してる。あの頃は、私もなんだってできたのに」

 うなだれる頭を手で支える。私の口から言葉がぼとりと落ちる。

「え?今でもなんでもできるはずだよ。私たちはアクティ部だもん」

 そんな私を見て、エリカは不思議そうに、さも当たり前のことを言うかのように言った。体が、軽くなる。なんだ、そんな簡単なことだったのか。私は今でもアクティ部なんだ。

「ねえ、エリカ。10周年にはもっと盛大にお祝いしようよ。アンズもアカネもヒビキもカンナちゃんも呼んで、まだ会ってないこれから出会う人もみーんな呼んでさ!私たちが出会ってから10年になりました!って」

 私はテーブルに手をついて、身を乗り出しながら言う。

「いいね!ハワイとかグアムとかでやりたいね!」

 そんな先のこと、ほんとうは全然わからない。それでも、なぜだか私たちならできると信じられた。

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アクティ部 サヨナキドリ @sayonaki

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