第21話・王宮を離れて
「リエラさま、お茶が入りましたわ。まあまたそんな窓辺で、お風邪を召したらどうなさいます」
「大丈夫よ。ありがとう、今行くわ」
―――
ソマンドの侵攻から二月。
あれから、色々なことが変わった。
まず、本物のリオンが死んでしまった事を枢機卿に知られた以上、それまでのように私がリオンとして王宮にいるのは危ない、という話になった。私は本当の父王の子であるのだから偽者だと言いがかりをつけてきたら聖印を見せて――という案も、私がリオンの妹である事まで知られていては、男であるという証明を迫って来るだろうから使えない。
それで熟慮の上、遂に、リオンは戦いの時に枢機卿の傭兵に受けた傷が急に悪化して亡くなってしまった、と発表することになった。
元々、リオンは枢機卿の手の者に殺され、しかもその死を隠さねばならなくて、弔う事すら出来ずに地下の氷室に安置されていた。その兄を、ようやくきちんとお墓に葬ってあげる事が出来るのだ。寂しく辛い気持ちではあったけれど、リオンの為にもこれはよい事なのだ。母は、ようやく喪服を着て弔いが出来ると泣きながら言っていた。
もちろん私はリオンの葬儀に出る事は出来なかった。奥の宮の一室に隠れていたけれど、皆が、特にリオンと親しかった令嬢たちが酷く泣いていたと聞いて、今まで騙していた事を本当に申し訳なく感じた。いつか、彼女たちと、リエラとしてリオンのことを話せる日が来るだろうか……。
そして――リオンの死を受けてジークが王太子に立った。
元々両親も私もそれを望んでいたのだけれど、以前のジークは、自分は罪人の息子だし両親の実子が王位を継ぐべきだと言って頑として受けてくれなかった。けれど今は、国の為に、私の為に、自分が王太子を引き受ける事が責任を果たすことなのだと、自ら申し出てくれたのだ。
リオンが暗殺された頃は、リオンの死を明らかにする事は王家の弱体化を暴露するようなものだと、その事を知る皆が思っていた。でも、いま、国を護る為に陣頭で聖剣を振りかざして戦ったリオン(本当は私なのだけれど)の姿は皆の目に焼き付いている。そのリオンを死に追いやる原因となった枢機卿から皆の心は離れ始めている。色々頑張った事は無駄ではなかった。あとは、極悪人の枢機卿に罪の報いを受けさせて一派を壊滅させれば、荒れた祖国の再建に向けて踏み出す事が出来る。そうなれば、きっとリオンも喜んでくれる筈。
私は暫く王都を離れて王家直轄地の別荘に身を潜める事になった。私が王宮で世話をして貰っていた数人の侍女と、ジュード他ジークが絶対の信用をしている数人の騎士に護られて。本当はもっと護衛をつけたいけれど、大勢の騎士が出入りすれば人目につくし、秘密を知る人間をあまり増やす訳にもいかないので、枢機卿の件が片付くまでこれで持ちこたえるしかないとの判断だ。
「きっとそう長く待たせないから。枢機卿を裁き一派を壊滅させれば、もう秘密の姫の存在に文句をつける者はいない。双子の不吉など誰にも言わせはしない」
「うん……待ってるから。信じてる」
もうすぐ冬がやって来る。別荘は暖かで居心地は良いけれど、私はジークに会えなくて寂しくてしかたない。考えてみれば、レイアークに来て以来、いや、出会って以来、殆ど一日もジークの顔を見ない日はなかったのに、リオンから王太子を継いだジークは忙しいし、何より、王宮を一歩出ればどこで行動を見張られているかわかったものではないので、私に会いに来る事は私の安全の為に出来ないのだ。
エリスも新体制で忙しく、ゼクスが時々こっそり様子を見に来てくれるのだけが今の気晴らしだ。王宮の様子を細かに教えてくれる。
両親もジークも元気で、ジークはぐんぐん皆の信望を集めてきてるとの事。亡きリオンの分まで自分が国と両親に尽くすのだという思いが見ていて伝わってくるし、みんなが言うにはジークは随分と良い意味で親しみやすくなったらしい。
今までのジークは、みんなに信頼されてはいたけれど、堅苦しく張り詰めた空気を纏っていて、迂闊に冗談なんか言っても通じなくて気まずくなるだけなんて事がよくあって、近付くのを苦手に感じていた人もいたらしいのだけれど、今は気さくに誰の話もよく聴いて、意見が合わない所があっても即座に否定せずに部分的にでも理解を示してくれる、なんて評判だそうで。
「みんなは、亡くなったリオンの魂がジークに溶け込んだのかも、なんて言ってるぜ」
「……おかしいね。リオンはここにいるのに」
私は自分の胸を押える。リオンの遺してくれた魂の一部は、いまもここにあるのを時折感じる。最初の頃に比べると、もうそれはかなり、私そのものになって来ているようにも思うけれど。
「おまえとリオン、ふたりであいつを救ってやったんじゃないかな」
「そうかな……」
「あいつさあ、他の誰にも言えないからって、俺と二人で話す機会さえあればしつこく、おまえが如何に素晴らしいかおまえをどれだけ愛しているかってうるさいんだぜ。それから、おまえが子どもの頃の事とか事細かに聞いて来て。もう、普段あいつを尊敬のまなざしで見てるやつらがその姿を見たらどんだけ引くかってくらい。勘弁して欲しいぜ」
「えっ……ご、ごめんね、ゼクス」
私はゼクスを振ってジークを選んでしまったようなものだというのに……。ジークだって、かつてはゼクスを私の恋の相手と勘違いしていたのに、ゼクスの方でも私を……というのは思いつかずに、ゼクスと私は友達だという私の言葉を鵜呑みにしてしまっているらしい。
でもゼクスはただ笑って、
「はは、別にかまわないさ。まあ、何もかもうまくいっておまえらが結婚したら、俺も国に帰って結婚相手を探すかなぁ」
「え、帰っちゃうの、ゼクス?」
「帰りたい訳じゃないけど、いつまでもいる訳にもいかないだろ」
「ゼクスさえ良ければいつまでもいて欲しいけど」
でも、ゼクスだってトゥルースの王子なんだから、国を捨てる訳にはいかないよね……。
私は、大事な人同士でゼクスとエリスがお似合いではないかななんて思ったりもしていたけれど、傷の薬を贈った後は特に進展はないみたい。
「理由があればいいんだけどな」
とゼクスはどことなく寂しげに言った。
―――
そうして日々は過ぎてゆく。
枢機卿には度々召喚状を送っているけれど、のらりくらりと躱されているそうで。でも、かつての権威は失われて、味方もどんどん減っていっているらしい。もう悪足掻きしないで罪を認めて欲しい……私にとってあいつの一番の罪はリオンを殺した事。それに、実の息子のジークや私だってなんの躊躇いもなく冷たい目で殺そうとした……他にもたくさんの罪のない人を自分の権力を維持する為に死に追いやったという話に間違いはないのだろう。
私はここでは男装する必要はない。ドレスを着て食事や身の回りの世話をして貰い、勉強したり縫物をしたり。小間使いから王子さまになって、いつか王女さまに。それは遠い夢物語ではなくなってきた。王女らしい言葉遣いや仕草に慣れなくては、と思う。
ふと何もすることがなくなると、王都の方角に向いた窓からそちらを眺めてばかり。はやくジークに会いたい……髪も少しは伸びた。
「姫さま、今日は妃殿下が託けて下さったお茶をお淹れしましたのよ」
「お母さまが? 嬉しいわ」
もう日が暮れようとしていた。私は窓辺を離れて侍女の方へ足を向けた。
その時――。
突然、玄関の方が騒がしくなった。
「ど、どうしたの?」
「見て来ますわ」
侍女が廊下に通じる扉を開けようとするのと、向こうから開くのが同時だった。
「リエラさま!」
「ジュード! どうしたの!」
剣を抜き、額から血を流したジュードが立っていた。
「襲撃されている。早く逃げて下さい!」
「逃げるって、だって」
「裏の階段から厩へ! 騎士が一人先に馬を用意してるから!」
誰の襲撃かなんて聞く必要はない。でも。
「みんなは大丈夫なの? 数で負けるのでは。私、私も戦うよ!」
「バカな事を言ってる場合じゃない。俺たちは貴女を護るのが仕事なんですよ。俺にまた後悔させんで下さい!」
以前枢機卿の館に潜入する時、私は危険はないからと言いくるめてジュードに協力して貰ったのだった。あんな大変な事になったのは自分のせいだったと後で彼は酷く自分を責めていたらしいのに、私はまた間違うところだったと気づいた。
敵は私だけが狙いなのに私がここに残って剣を振り回したって、益々みんなを危なくさせるだけなのだ。
「ごめん。わかったよ。絶対みんな死なないでよ!」
私の言葉にジュードは頷き、
「リエラさまとジークさまの結婚式を見るまで死にやしませんよ。俺が河から助けたおかげだって、その時恩に着て頂くのを楽しみにしてるんですから!」
なんて軽口を叩く。
「うん。そうだよ、絶対結婚式に出て貰うんだから!」
その為には、私もジュードも無事でここを切り抜けなければならない。ジュードに扱いやすい剣を一振り貰って私はドレスの裾を動きやすく切ると、怯えている侍女の腕を掴んで階段を駆け下りる。ジュードは表の襲撃兵を食い止める為に来た方に戻って行ったようだった。
だけど。
「勇ましいお姿ですね、お嬢様」
侍女は悲鳴を上げ、私は唇を噛む。
厩には既に数人の敵の姿があり、味方の騎士は昏倒していた。
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