第11話・潜入

 私が突然いなくなって、両親や皆にどれだけ心配をかけるか、それはよく分かっているし本当に心苦しい。でも、計画を打ち明けたって絶対、賛成して貰えるとは思えないし、部屋に閉じ込められるのがオチだとわかりきっていた。


 勿論、「絶対に無事に帰って来ます。考えがあっての事なので心配しないで下さい」と置き手紙は残して来たけれど、だからってそれで、ああそうか、じゃあ気にせず待っていよう、なんてなる訳がない。でも、きっと数日で計画をやり遂げてみせるし、うまく行けばそれで最終的にはみんな何も心配せずに暮らせるようになるのだから、許して欲しいと願う。


 本当は、いま、王太子である私の務めは何よりも自分が無事でいる事なのかも知れない。でも、私にも、いや、私にしか出来ない事があるのに、ただじっと護られて幸運を祈って待ってる訳にはいかない。ジークを説得する為にああ言ったものの、敵だってデュカリバーの重要性はよく解っている筈だから、ジークが一時的に信用を得たとしても、ひとりでこっそりデュカリバーを探し回って奪って来るのは相当に困難なことになるだろう。そこで、私にしか出来ない事を私がやる訳だ。




――小間使いとして枢機卿の館に潜入し、みんなの目が表から乗り込むジークに向いている間に、こっそりデュカリバーを探す。




 なんだその雑な案は? と言われるかも知れない。でも、これは、『元小間使いでありデュカリバーと引き合う王家の血を持つ』という、世界中探しても他にいないだろう条件を満たす私にしか出来ない。


 あらゆる下働きをこなす小間使いや下男は、実は結構情報通だったりもする。勿論、その情報の意味や重要性なんかは知らずに、ただ、『王さまはこういう食べ物が好きらしい』とか『なんかの使者がどっかから来るらしい』とかいう程度ではあるけれど、誰かがそれを聞きつけてきたら、何しろ普段目新しい話題に乏しいので、あっという間にみんなに知れ渡ったりする。外に洩らす事は当然お咎めを受ける危険があるので避けるけれども、同じ立場の者同士でよくわからない秘密を共有するのは意外と楽しかったりする。なので、秘密を探る為にどこかに潜入する時は、下働きに紛れる事はけっこう役に立つ、と私は思っている。


 そして私は、小間使いとしての振る舞いには、そんじょそこらの訓練された間者よりも圧倒的にうまくやれる自信がある。だって何しろ、生まれて16年間小間使いとして生きてきたんだから。


 それに、万が一この小間使いはなんか怪しい、と思われたとしたって、それがまさかアークリオン王子だなんて誰も思わないだろう。銀の髪をわざわざ黒髪に染めるのも国中で私しかいないと思うけれど、とにかく、どう見ても小間使いな黒髪の娘が変装した王子だなんて、ふつう思いつきもしない筈。小間使いに接する身分の人たちは、王太子の細かい顔かたちはわからないだろうし。無害な小娘を装っていれば、せいぜい追い出されるくらいで、聖職者の館でまさか酷い事はされないだろう、と考えていた。




 こんな目論見で、私は、以前王宮に私と怪我したジークを運んでくれたジュードに協力をお願いした。木こり兼野盗に身を落としていたジュードだけれど、元は枢機卿に潰された村の村長の息子で、平民としてはきちんとした教養と武術を身に付けていたので、ジークの勧めで試験を受けて、年かさではあるけど今や騎士団の見習いの身分を得ている。彼に付いて来た子分たちも、それぞれ王宮の中で仕事を得て、きちんと暮らしている。


 あとでこの件に関わった事が知れたらジュードに迷惑をかけてしまうかも、と躊躇ったけれど、さすがに私一人でなんのつても手段もなければ、枢機卿の館に入り込む事は出来ない。ジュードと前に話した時、偶然王都の市場で出会った、離散した村の幼馴染の女性が枢機卿の館で働いている、と聞いていたので、それをあてにさせて貰いたいと思ったのだ。




「どうしても自分で調べたいことがあって。万が一ばれても、手伝った者は悪くない、って書き置きしておくから。他に頼れる人はいないし、お願い」




 ジュードは数少ない、リオンがリエラだという秘密を知っている人物だ。他の人とは違って成り行きでばれてしまったようなものだけど、根が誠実なジュードは主にジークへの忠誠心からその秘密を固く守ってくれている。もちろんこの王宮に仕える者として、父や私にも忠誠を誓ってくれている。でも私にとっては、忠誠とか関係なく、素で話せる気安い相手という気持ちが強い。




「けど、閣下に内緒、って何か危険があるんじゃないですか? 俺が手を貸したせいでリオンさまの身になにかあったら、罰がどうとかよりも、俺は閣下に顔向け出来ませんよ」




 言葉遣いもそれなりに改めたジュードの至極真っ当な返事だ。だけど引き下がる訳にはいかない。




「ごめんなさい、無理を言って。でもこれはジークを助ける為にもどうしても必要なことで。絶対に無茶はしないし、無事に帰るから」


「閣下を助ける為?」


「そう。ジークは自分が何もかもやるつもりでいるけど、ひとりでは無理。だからちょっと探し物の手伝いをするだけなんだ。枢機卿の館ではしょっちゅう下働きが辞めて、いつも新入りを募集してるんでしょう。知り合いの人にリエラを紹介して欲しい。大丈夫、すぐ戻ってくるから」


「リエラを」


「そう、リエラはただの小間使いだから、何かあったらすぐ逃げ出すよ」




 暫くジュードは考え込んでいたけど、




「まあ……リオンさまの頼みは断れないよなぁ。だが、戻ってくるまで俺は塀の傍で待ってますからね、いいですか。二日経っても戻らなかったら、陛下に居場所を申し上げますからね」


「え、う、うん。でもその間ちゃんと眠ったり食べたりしてよね」


「俺を休ませたかったら、早く無事で戻って下さい」




 うう、ジュードには私の性格を見抜かれている。


 けれどそもそも私だって、時間をかけて危険に身を晒してみんなを長く心配させたりしたくない。きっとすぐに戻る、無理そうだったら諦めて戻って来る、と約束するしかなかった。諦めるつもりなんて全然なかったけれども。




―――




「今晩は宴会はエイラインさまが仕切られるらしい。枢機卿さまは、客人と奥の間でお二人で召し上がるんだと」


「ふうん、その客人は美しい女性なんだろうねえ」


「いや、騎士さまだという話だぜ」


「へええ! 女性以外とお二人なんて珍しい」




 他の若い女の子たちと芋を剥いていると、中の調理場からそんな会話が聞こえて来る。お客とは、勿論ジークだ。ジークに対する警戒が強まる分、館の他の場所の人手は少なくなるに違いない。


 私は既に、この館のどこかにデュカリバーがあると感じていた。宴の料理を運んだら、道を間違えたふりをして奥まで探りにいくのだ。枢機卿の私室や資料室など、何かが隠されていそうな場所も、下働き同士の雑談でさり気なく尋ねておおよそ頭に入っていた。


 大事なものを隠してある部屋には、当然見張りがいるだろう。だから今晩は取りあえず場所を確認して、その様子によって次の手を考えたい。




 それにしても、ここの厨房には私と同年代の女の子はあまりいない。綺麗で若い女の子は、続かずにすぐ辞めちゃうんだって。それで、とにかく若い女の子だというだけで、ジュードの幼馴染の女性の紹介で私はあっさりと雇ってもらえた。生まれ育ったトゥルースの王宮とは違って、通いの仕事だから、入ったり辞めたりしやすいのかも知れない……と思っていたら。




「リエラさん。あんた割かし綺麗だから気を付けとかないと。あたしはここの従僕が旦那だから絡まれないけど、未婚の女の子は油断したらすぐに傭兵どもや、もっと上の人に目を付けられるよ」




 親切に忠告してくれたのは、ジュードの幼馴染の女性。




「目を付けられる? 失敗して睨まれるってことですか?」


「ちがうちがう、初心だねえ。傭兵の中にはやばい奴もいるからね。ここにいた女の子には、抵抗出来ずに乱暴されて妊娠して、家にも帰れずに姿を消した子が何人もいるんだよ。枢機卿さまは、傭兵どもが役に立ちさえすれば、そういう事にはまるでお咎めなしだからね。街にも噂がたって、今じゃいくらお給金がよくっても、ここで働きたいって女の子は滅多にいないんだよ」




 私は唖然とした。仮にも聖職者の頂点に立つ人の館なのに! でもそう言えば、枢機卿自身が、小間使いに手をつけて邪魔になったら消し去っていた、と母から聞いたんだった! 思っていたよりここは危ないかも知れない。早く目的を達成して逃げ出すに限る。


 お礼を言って、私は彼女から離れて上の人の指示に従って宴会の開かれている広間に出す大皿を運ぶ。王宮では、偉い人のお給仕は侍女の役目だけど、ここではとにかく若い女の子がやる仕事なのだと聞かされていた。




 枢機卿の館の宴会は、いかにも権力に媚びるばかりが目的、という感じのお客が多いように感じた。彼らは枢機卿に銀髪税を払って髪を銀に染め、領地では貴族風を吹かして威張っている筈だけど、流石に枢機卿の館ではそれは許されないのでみんな黒髪か茶髪だ。それにしても、聖職者の晩餐とも思えない乱れて浮ついた雰囲気だ。


 上座にいるのがエイライン……枢機卿の次男、後継者でジークの腹違いの弟だ。年齢は私と同じな筈。初めて見る従兄を私はちらちら観察した。品のない笑い方で、よく食べよくお酒を飲んでいる。顔立ちはジークに似ていない訳でもないのだけれど、ジークから感じる気品のようなものがまるでない。若い女性が群がって機嫌を取っているので楽しそうだけれど、彼女らも心から彼を崇拝している訳ではなく適当におべっかを言ってそうだというのは何となくわかる。


 けれど、私がエイラインを分析したのは別に批判する為だけではない。暴飲暴食するようだけれど、今の所はそう体型は崩れていない。誇示するように前髪を上げて額の聖印を出している。よしよし、と私は思った。




 私の計画はこうだ。


 この館の中では、銀の髪は枢機卿とエイラインしかいない。もちろん、聖印を持つ者も。誇らしく思っていた神からの贈り物の聖印も、あの二人とお揃いだと思うと情けない気がしなくもないけど、今重要なのはそこではない。


 エイラインと私は同じ歳のいとこ。背格好も、ゆったりした衣服を着ていればそんなに違わない。そして、この館に他にいない筈の銀髪と聖印。つまり、工夫すれば、私はエイラインのふりをして、見張りを誤魔化せるかも知れない、という事だ! 双子のリオンに成り切るのとは訳が違うし、見間違える程顔が似ている訳ではないけれど、顔をよく見られさえしなければ、銀髪と聖印を持つ若者、という事でその場は凌げる気がする。何しろ男性のふりには慣れている。そしてこれは長身のジークでは無理な事だ。私は広間を出入りしながら、エイラインの喋り方をしっかり耳に刻んだ。

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