第6話・偽りの告白

 月明かりを頼りに、今はもう慣れた庭園の中を進んでゆく。ジークとゼクスは二人で何を話しているんだろう? ジークに『どこかで会ったような気がする』と言ったゼクスは、別れ際にリエラを託した騎士がジークだと、本当に気づいているのだろうか?




「……付いていながら、何故死なせた? 本当は貴公は……」




 話し声が意外に近い所から聞こえたので、私ははっとして足を止め、木陰に隠れた。少し先、温室の手前の小道に立ち止まって、ジークとゼクスは向かい合っている。ふたりの間に漂う空気は、やはりとても和やかなものには感じられない。


 ゼクスは怒ったような顔でジークを見つめている。一方、ジークはこちらに背を向けているので、その表情は見えない。




「申し訳ございません。本当に、なにか殿下は誤解なさっているとしか思えないのですが」




 それでもジークの声ははっきり聞こえた。丁寧ではあるけれどなんの温かみもない、突き放した物言いに聞こえた。あんな話し方をするジークを今まで知らなくて、私は息を呑んだ。




「嘘だ。私はこう見えても一度会った者の事は忘れないたちなんだ。貴公はあの時リエラを連れ去った騎士に間違いはない」


「リエラとは一体どういう方なのです? もしや先程アークリオン殿下に仰ったご友人でしょうか」


「そうだ。アークリオン殿にそっくりな……我が国で育った銀の髪の娘。私のたった一人の友人だった」


「残念ながら今や偽の銀髪は巷に溢れております。その方がレイアーク王家、アークリオン殿下と関係があると想像なさっているのならば、それは現状そうとは限らないと申し上げねばなりません」


「誤魔化すな。リエラは幼い頃から王宮の下働きとして育った。銀の染粉など手に入る筈もない。あれは生粋の銀の髪、アークリオン殿と何らかの繋がりがあると、今日疑いは確信に変わった」




 ああ、ゼクス、だけれど、リオンがリエラだとは思わないんだ。まあ確かにまさか王太子が小間使いとすり替わっているなんて普通思わない、か。ましてやリエラは死んだと思い込んでいるのだし……。




「トゥルースの王宮の下働き。いったいどうして、我が国の王族がそのような場所で暮らしていたとお思いなのでしょうか。まさか殿下は、我が国の王族は貴国の下働きが相応しいとお思いなのですか」




 全部知っている癖に、空とぼけた上でジークはとんでもない事を言い出した! ゼクスの顔が怒りに染まり、何か大声を上げかけた様子だったけれど、辛うじて自制したみたいで、大きく息を吸って、




「私はレイアークで友好を結びたいと願ってやって来たのです。何故貴公はそのように私を敵視なさるのか?」


「敵視なさっているのは殿下の方ではありませんか。わたくしが、殿下のご友人を殺害した、などと」




 えっ、と声が漏れそうになるのを辛うじて堪えた。ど、どういう事?!




「だってそうだろう! 遠回しに言っても貴公はのらりくらりと言い逃れするばかり、もう単刀直入に言おう。リエラがこの国の姫だとあの時おまえは言った。だから俺はリエラを護る為に来たのだろうと思い、託した。いくら追手がかかっていたとはいえ、おまえの腕前なら女一人護って国へ連れ帰るくらい訳もなかった筈。だが、道中でリエラは死んだ。おまえが付いていながらそんな事になるなんて、故意にやったとしか思えない!」


「心外です。何故わたくしが罪もない娘を殺さねばならないのです?」


「アークリオンの為なのか、それとも自分の為なのか、俺にはわからない。だが、レイアークの王位継承権は複雑だと聞いている。リエラがアークリオンの姉妹であるのなら、リエラにだって王位継承権があるだろう? あいつはうちの国で誰の邪魔もせずにひっそりと暮らしていただけなのに、おまえは邪魔な芽を摘み取ろうとしてやって来たに違いない!」




 物陰で聞いていた私は、身体が震え出すのを抑える事が出来なかった。なんで……ゼクスはこんな誤解をしているの? ジークがリエラを殺しただなんて。


 はやく、早く否定して、説明して、ジーク!




 でも、ジークは相変わらず感情の籠もらない声で答えた。




「アークリオンさまは何もご存知ではありません。どうかアークリオンさまには何も仰らず、良き友人となって下さいますようお願い致します」


「……やっぱりそうなのか。国王陛下もご存知なのか?」


「陛下は、赤子の頃に賊に攫われた、リオンさまの姉・、リエラさまがトゥルースで生きておられるとお知りになって大層お喜びになり、安全の為、人目に付かぬよう国へ連れ帰れとわたくしにお命じになりました。生まれて程なく行方知れずになった王女の存在は人々には忘れられたものですが、しかし生きて帰れば第一王位継承権は彼女にある。卑しい育ちの娘が、今まで王太子として苦労を重ねてこられたリオンさまを差し置いて女王に、など、わたくしには耐えがたい事。無論、国の為、王家の為にならぬ事でもあります。ですから、全てはわたくしの独断です。陛下には見つけた時には既に亡くなっていたと報告しています。まさか、エルーゼクス殿下の友人だとは想像もしていませんでしたが」


「っ、貴様ぁ!!」




 ゼクスは拳を振り上げた。ジークは避けなかった。鈍い音がして、ゼクスの拳がジークの頬をしたたかに打つ。けれどジークはよろめく事もなかった。


 もう見ていられない。私が出て行って、この訳の分からないやりとりを止めさせなくちゃ!


 けれど、足を踏み出しかけた私の袖を、静かに引いた者がいた。背後には全く注意していなかったので、私は驚きの声を上げそうになる。




「お静かに、リオンさま」




 エリスだった。二人を追った私を探しに来たらしい。




「だって、エリス! ジークは何もしてないのに、なんであんな」


「閣下には閣下のお考えがあるのです」


「知ってたの、エリス?」


「はい……わたくしは反対したのですが、閣下はどうしても、と」


「なんで」




 その時ジークの声がしたので、私は取りあえず飛び出すのは止めて二人を見た。




「弱い拳ですね、エルーゼクスさま」


「な、なんだと!!」


「弱い、子どもの拳です。これでは、大切なものは守れません」


「うるさいっ!!」


「明日から、わたしが剣の稽古をつけて差し上げます。リオンさまと一緒に」


「なっ、だ、誰がおまえなんかに!!」


「わたしは、エルーゼクスさまが今までに教わった剣の師よりも強い。エルーゼクスさまを強くして差し上げましょう。そしてわたしを越えたその時、リエラ姫の事がまだ大事であったなら、わたしを殺せばいい」


「……」


「嫌なら別にいいのです。いつまでも弱いままで誰かに守られていればいい」


「だ、誰が! 俺は強くなる!! ああ、いいだろう。おまえを越え、おまえに報いを受けさせてやる」


「……その日を楽しみにするとしましょう。では、今宵は失礼致します」




 そう言うと、ジークは一礼して踵を返す。




「待て!」


「まだ、何か?」


「もう、この話はしない。だから今聞いておきたい。リエラは、最期になんて? あいつは苦しんだのか?」


「……」




 こちらを向いたジークの顔を、雲間から射した月光が照らした。額の聖印は弱々しく光を放って、整った貌はゼクスの問いに初めて苦痛の表情を浮かべたようだった。




「……彼女は、立派でした。わたしの説得に耳を傾け、国の為、民の為ならば己を消しましょうと。苦しめては、いません。けれど、無念であったでしょう」


「もう、いい。分かった。あいつ……ああ、リエラ……」




 ゼクスの声はくぐもっていて、嗚咽を堪えているのが感じられた。ジークはそのまま、私たちが隠れているのとは逆の方へ歩いて行ってしまった。


 ひとり取り残されたゼクスの影が、途方に暮れた子どもみたいにそこに立ち尽くしてた。




「なんでこんなこと……私、楽しみにしていたのに。ゼクスとまた会えるのを。ジークだって、私が喜ぶ事だって言ったのに、なんで」




 いつの間にか、私も泣いてた。エリスも涙ぐんで、




「申し訳ありません。広間でお引き留めするべきでした。こんなこと、お聞きになっていなかったら、リオンさまは明日からエルーゼクスさまと新たな親交を明るい気持ちで結んで頂ける筈でした。わたくしが行き届かなくて……」


「別にエリスのせいじゃない。こんなこと、知らずに済ませられる訳もないよ!」


「リオンさま、けれど、聞かなかった事にして頂きたいのです。でないと、閣下のなさった事が無駄になってしまいます」


「そんな。ゼクスもジークも可哀相」


「大丈夫です。今は辛くても、いつかリエラさまがお戻りになれば解決します」


「そんな、そんなの……」




 いつになるか判らない。勇ましく両親に、枢機卿と反対勢力をやっつけて晴れて女に戻るのだと宣言したものの、そんな糸口は今の所どこにも見つかっていないのに。

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