第5話・混乱する気持ち

 王家の客人であるトゥルースのエルーゼクス王子との、対面の儀を滞りなく終えて、そのまま歓迎の宴となった。


 珍しい異国からの客人、それもお年頃の王子さま、という事で、令嬢たちの期待は高まっていたけれど、王家のはみ出し者という噂からのイメージと違って粗野で不作法なんて様子もなく、礼儀正しく穏やかで、しかもすらりとして顔立ちも整っていて、という現物を見て、熱狂は更に高まったようだった。




「こんなに盛り上がるのは久方ぶりのことですわ」




 というエリスの言葉に頷きはしたものの、私の胸の中はもやもやで一杯だった。ゼクスがリエラは死んだと思っていて、私を判らなかったこと、ジークに八つ当たりしてしまったこと、そして、折角ゼクスと再会出来たのに、ゼクスは綺麗に着飾った令嬢たちに取り囲まれていて、全然話せないこと……。そして、同じ広間にいるのに、ゼクスはゼクスじゃないみたいだった。お忍びの平服を着た少年ではなく、立派な王子さまのエルーゼクス。




『リエラさまが親しまれていたゼクスさまとは、違ったでしょう?』




 ジークの言葉が脳裏に甦る。悔しいけれど、その通りな気がした。考えてみれば当たり前な事なのに、私は自分が思い描いていた再会と違った形になってしまったせいで酷く不機嫌になっていた。それは――もしも私がリオンにならずに、『養女の姫』になる道を選んでいたら、私はあの令嬢たちを押しのけて、ゼクスを独り占め出来たかも知れない、という、とても身勝手な思いが知らずに胸の内にあったから、という事にこの時の私は気付いていなかった。




 でも流石に、ジークに、馬鹿、どっか行って、とまで言ったのは本当に悪かったとは思っていた。ジークの立場では、他国者であるゼクスには、いくら私が親友だと言い張ったって、秘密を知られたくないと考えるのは当然。私の為、両親の為、最も安全な道を考えるのがジークの役目。王子さまとしてそつなく振る舞っているゼクスを見ていると、王家の重要な秘密を友情で何とかしようと考えていた自分は愚かだったと身に沁みた。ゼクスを幼馴染のリエラとして信じるのと王太子リオンとして信じるのは、別な事なのだ。やっぱり私って、大切な時に根が単純なところが出てしまう。ジークが付いていてくれて本当に助かる。




「エリス……自分が間違っていたのに、ジークに八つ当たりして馬鹿なんて言ってしまった。ジーク、怒ってるかな……」




 ぽつりと呟くように小声で問いかけると、エリスは年上らしい落ち着いた笑みを浮かべて、




「まあ。それくらいで閣下は怒ったりなさいませんわ。そもそも、閣下がリオンさまに対して怒ったところなんて、わたくし見た事もありません」


「……でも私は」




 私はリオンじゃない。言葉に出来ない思いをエリスはすぐに汲み取ってくれたようで、




「昔も今も、閣下はいつも、ここにいらっしゃるリオンさまをとても大切に思われています。それに、リオンさまはもうご自分を反省なさっておられるではありませんか。そんなリオンさまに閣下がお怒りになると思われますか?」


「それは、思わない、けど」


「大丈夫ですよ。もしもリオンさまが後で、怒っているかとお尋ねになったならば、何の事ですかと仰るに違いありません」


「エリスはジークのこと好きなの?」


「……は?」




 しまった、何言ってんだろ、と私は自分でもびっくりした。




「や、や、何言ってんだろ、はは、アーシア達に聞かれたらまたおかしな誤解されちゃうな。ごめん、何でもない」


「リオンさま」




 エリスは一瞬目を瞠ったけれど、優しい笑みを浮かべて私を見た。




「リオンさま。わたくしは命ある限り閣下の忠実な部下であり、王家への忠誠を捧げた身です。わたくしの事など、ただの道具と思って下さっていていいんですわ」


「道具だなんて、そんな事思ったことないよ! エリスは私にとって大事な人だよ!」


「ありがとうございます。リオンさま、リオンさまは近頃ずっと、様々な事に耐えて、ただひたすら前を見て頑張ろうと努力なさっていました。その事は、身近でお世話させて頂いているわたくしにはよく解っております。でも、同じ齢の王子殿下のエルーゼクス様と会われた事で、きっとその我慢が少しだけ緩んでしまったんですわ。そして混乱しておられる」


「エリス……」




 万が一誰かに聞かれてもおかしくないように言葉を選びながらも、エリスは誠実さを讃えた眼で私を力づけようとしてくれているのが分かる。そう……確かに、ゼクスの存在は、封印した筈のリエラを否が応にも私に思い出させ、私を混乱させている。リオンとして、王子として生きていくと決めた私を。




「ありがとう、エリス。きみの言う通りだと思う」


「リオンさま。いずれはあなたさまにとって良き道が開けるとわたくしは信じておりますわ。リオンさまはお若いのですもの。焦らなくても大丈夫ですわ」


「焦っているつもりはないけど、でもありがとう。とにかくやっぱりジークには謝っておくよ」




 そう言って私は立ち上がった。




「……ん?」




 エリスと話している間に、いつの間にか、ゼクスの姿が見えなくなっていた。そしてジークも。




「エルーゼクス殿はどうなされた?」




 ゼクスを囲んでいた輪に近付いて令嬢の一人に尋ねると、




「少しお疲れで外の空気を吸いたいと仰せで。団長閣下が庭園を案内なさるそうですわ。暫くすればお戻りになるかと」


「そうか」




 ゼクスとジークが二人で? さっきの二人の様子は、友好的、という言葉とは程遠く思えたのに。


 何だか胸騒ぎがして、




「リオンさま?」




 と呼び止められるのも構わずに、私は庭園に早足で向かった。

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