第3話・幼馴染との再会

「リオンさま。至急お伝えしたい事があってお探ししておりました」


「至急? 何か良くない事でも?」




 ジークの言葉に思わずどきっとしたけれど――何しろ王太子が暗殺されるような環境なのだから、変わった事が起きたと聞けば悪い事を想像してしまう――、ジークは安心するようにという微笑を浮かべて、




「あ、いえ、悪い知らせではありません。むしろ、リオンさまには嬉しく思われる事かと」


「えっ、なに?」


「トゥルース王国のエルーゼクス王子殿下が間もなくお着きになるそうです。翌週の予定でしたが、王子殿下が先を急がれて前倒しになったとか」


「え、ゼクスが?!」




 小間使いのリエラには身分不相応だった幼馴染、でも私が世界で一番大切だと思っていた友達、私が育った隣国トゥルースのはみ出し者の王子さま、エルーゼクス……ゼクスは、レイアークへ留学したいという意向を以前から伝えて来ていた。多分、私が変態父王の愛妾にされかけた所を助けてくれた為に、厄介払いの意味でいつ内乱が起きるか分からない我が国へ追いやられる事になったのだと思うと、申し訳ない気持ちで一杯なのだけれど、でも、もう二度と会えないかもと思って別れたのに、また会えて一緒にいられるのだと思えばとても嬉しかったのも本当だった。


 そして、私が古い友人を思う気持ちをジークも知っている。あの変態王の館から私を逃がす為に二人は協力した。ジークは顔を隠していたので、ゼクスには多分判らないだろうけれど。


 ああ、でも、ゼクスは恐らく、リオンに成りすましている私がリエラだと気づいてしまうだろう。彼が都合の悪い事を言い出す前に、事情を解って貰って協力を求めなければならない。だから彼の到着に合わせていち早く会わなければならないので、至急、なのだ。




 でも、私は嬉しさのあまりに失言してしまった事にすぐ気づかされた。




「ゼクス?」




 アーシアとパトリシアはびっくりした顔で私を見ている。伝えてくれたジークやエリスは私とゼクスの間柄を知っているので、つい油断した。リオンとゼクスは初対面、愛称で呼ぶなんて不自然極まりない。




「リオンさま、エルーゼクス殿下に会われたことが?」


「えっ、いや、そんな事は……」


「ならばどうしてそんなに親し気に仰るのですか?」


「いや別にその」




 パトリシアは悪気はなさそうだけれど率直にガンガン攻めて来る。答えに詰まった私を助けようとエリスが、




「リオンさまはエルーゼクス殿下と文通されていたのですわ。同じ歳の隣国の王子殿下ですから」




 と助け船を出してくれた。これは有り難いけれど、もしもゼクスがそんな話が出た時に、悪気なく否定してしまったらどうすればいいのだろう? 


 エリスは私の気持ちを察したようで、小声で、




「数回程度だと思いますが、文のやり取りは本当にありましたから」




 と囁いてくれてほっとする。


 でも、その囁く様子を見て、二人の令嬢は、ゼクスの事よりさっきの事を問いただすんだった、と思い出してしまった。




「エリス殿、最近リオンさまからとみに重用されていらっしゃるようね」


「は? え、そうでしょうか。以前と特に変わった事は……」


「いいえ、リオンさまはわたくしたちとダンスをするより、貴女と一緒に過ごされたいご様子。貴女はどう思ってらっしゃるの?」


「どう、とは? リオンさまは忠誠を誓った主君ですわ」




 これだけのやり取りで、エリスは二人が何を言いたいのか察したようで、表情が固くなる。リオンとの仲を疑われるまではともかく、『リオンが以前のリオンではない』と思わせてはならない。


 二人はエリスの背後に立っているジークにも向き直って、




「ジークさま。ジークさまはお二人のこと、どう思われていらっしゃいますの? 不作法な質問をどうかお許し下さい。わたくしたち、本当にリオンさまを心配しておりますの」


「そうですわ。別にエリス殿を悪く思ってなどいませんけれど、女騎士のエリス殿は王太子妃には相応しくないと皆が思いますでしょう」




 うわぁ……。ダンスの約束を引き延ばしただけで、ここまで。女の世界は怖い。まあ、私だってつい最近まで女の世界で生きて来て、男装の王子として生きていくなんて想像もしてなかったけれども、そもそも恋というものとも無縁だったので、この、『女』の思考というのが私には理解に苦しむものだった。


 でも、ここまで率直に言われて、どう躱せばいいのやら?




 焦りをどうにか隠すくらいしか出来ない私だったけれども。ここで、ジークの『女』に対する鈍感力が上手く働いた。ジークは本当に、私とエリスが恋仲なのでは、と誰が聞いても判るくらいの二人の質問に全くぴんと来なかった様子。ただ、彼は首を軽く傾げて、




「どう、とは何の事でしょうか。相応しくない? わたしの副官のエリスは、リオンさまに何か失礼をしたという事ですか?」




 二人はすぐに、こういう事ははっきり言わないと(充分はっきり言っていたのだけれど)ジークには伝わらないんだと思い至ったようで、まだ言い足そうと口を開きかけたのだけれど、自覚もなくジークはそれを制して、




「至急、と申し上げましたが、その話はそれより急ぐお話ですか? リオンさまには早く、賓客をお出迎えする支度をして頂かなければならないのですが」




 とぴしゃっと言ってくれた!




「うん、そうだよね。ごめん、二人とも。この話はまた後日にして欲しい」




 と私は慌てて便乗し、至急のお話をお邪魔して申し訳ありません、と、我に返って恐縮している二人を残して、ジークとエリスと一緒にその場を後にした。




―――




「ジーク、ありがとう。エリスとの事をみんな疑ってるって言われて困ってたんだ」




 と私はお礼を言った。


 だけどジークは歩きながらも眉を顰めて、




「疑っている? エリスは忠誠心を疑われているのですか? それは問題だ」




 なんて言う! 




「いえ、そういうお話ではないと思います、閣下」




 とエリスが宥めるように言ったけれど、ジークは不機嫌そうで、




「わたしはきみの忠誠を疑った事はない、エリス。だが、わたしの副官を疑うなど、わたしが疑われたも同じ。看過出来ない事だ。けれど今は時間がない……」




 ほんっとうに、頭が固いな! 私はエリスと顔を見合わせて苦笑した。そうか、さっきの二人の令嬢に対する態度は、何だか普段の誰にでも紳士的な対応をするジークらしくないとうっすら感じたけれども、あれは意味は解ってなくても、自分の副官への敵愾心だけは感じ取って部下の為に怒っていたんだなあ。


 まあ、そのおかげで二人の追求から逃れられたから良かったのだけども。




「それで、ゼクスはいつ来るの?」


「もう御一行はだいぶん前に王都に入られているそうなので、リオンさまがお支度なさっている間には着かれるのではないでしょうか」


「そ、そうか、急がなきゃだね」




 何しろ、皆の前で正式に会う前にこっそり会って、ゼクスが私の正体を見破っても驚いた顔をしないように頼まなければならない。ゼクスは絶対私が困るような事はしないと思うけれど、少し緊張する。




―――




「アークリオン王子。エルーゼクスです。これからお世話になります」




 リオンの私的な客間にこっそり連れて来られたゼクスは、着替えを済ませた私が入室すると即座にソファから立ち上がって礼儀正しく挨拶して来た。最後に会ったのは、私を父王の手から助ける為に駆けつけて来てくれた時。まだそんなに月日が経った訳でもないのだけれど、あの時、もう会えないかも、と感じただけに、こうして無事でいられて再会出来てすごく嬉しい。


 癖の強い金髪に王子の印の額飾りを付けて正装しているゼクスは、いつもこっそり私と会う為に平服でいた少年とは別人みたいに凛々しい。




「ゼ――エルーゼクス王子。私は……」




 だけど、私が挨拶を返すより先に、ゼクスは私の顔を見て目を見開いた。




「リエラ?!」




 ああ、やっぱり気づくよね……幼馴染だもの。いくら髪を切って男装してるからって……。




「あの、これは……」




 私は説明を試みようとする。背後のジークは緊張している様子。万が一にもゼクスが、そんな誤魔化しに荷担するのは嫌だと言い出したら、話がややこしくなって時間をとってしまう。最終的には分かってくれると私は信じているけれど……。




 でも。


 ゼクスははっとしたように踏み出しかけた足を引っ込め、




「も、申し訳ない、いきなり失礼を。実は、亡くなった友人によく似ておられたもので」




 なんて言い出したのだった。

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