引きこもり王子の嫁

風見☆渚

建国記念日と王子の婚約

東の果てに、ユグドラシアと呼ばれる大きな大陸があった。

その中でも未開拓の荒野が続く辺境の地があり、こに王族の中でも末席にあたるフィガロという男が国を建設し、初代国王となった。フィガロにはフィレロという王子がいたが、フィレロは人見知りが激しく城に仕える使用人すらまともに相手をすることが出来ない少年だった。フィガロもフィレロの性格には手を焼いていたが、フィレロの成長と共に王子としての立ち居振る舞いを覚えてもらおうと日々四苦八苦していた。


ユグドラシアでは、16歳の男子は成人として盛大にお祝いされることが慣わしとなっている。そして、建国3周年を迎えるこの年は、王子フィレロの生誕16年という節目でもあった。建国3周年と共に、王子フィレロの成人を盛大に祝う事が発表され国中はお祝いの準備で賑わっていた。


「フィレロよ。おまえももう16になる。だから、妃の一人でも決めて王としての心構えを持ってもらわなくてはならない。」


フィガロは、フィレロの部屋の前で数人連れた使用人と共にフィレロの生誕参加を促す説得に手を拱いていた。フィガロはこの祭典をきっかけに、フィレロに王子として人前に立つことに慣れてもらおうと考えていた。しかし、フィレロの人見知りは悪化するばかりで、式典が近づくにつれ自分の部屋から殆ど出てくる事すらなくなってしまった。


「ちょっと!私が来てるんだから、部屋から出てきなさいよ!!」


困り果てたフィガロ達の間から、小柄で可愛い見た目の少女が割って入りフィレロのドアに向かって叫びだした。するとその少女は突然激しくドアをノックした直後、罵声と共に無理矢理ドアをこじ開け、ベッドでうずくまっているフィレロの腕を掴むと部屋の外へ放り投げた。


「な、なんだよ・・・なんで僕が部屋から出なくちゃいけないんだよ・・・眩しいよぉ誰か助けて・・・・僕を無理矢理連れ出して何をするんだ!君はいったい誰だ?」


「私?私はあなたのス・・・じゃくて婚約者よ!文句ある?!」


「この娘さんは、私の兄カーゴが治める国の貴族の中でも高位な家系として有名なアムール一族の三女アムール・ミレリア嬢だ。珍しくおまえの事が気に入っていると言って、婚約の申し出を快く受けてくれた女性だ。」


「ミレリアよ。よろしく!だ・ん・な・さ・ま!!」


怒りの口調とは思えないほど可愛い笑みを浮かべたその少女は、婚約の儀までこの城で暮らすと言って、フィレロの隣の部屋に自分の荷物を運ばせていた。

それからミレリアは毎日フィレロの部屋へ行き、部屋の外どころか城の外へ連れ回すようになった。そんなミレリアを恐れたフィレロは、毎日見つからないよう部屋のありとあらゆる場所に隠れたが、ミレリアはドアを開けて1分と経たず、最初から何処のいるのかがわかっているかのようにフィレロを見つけ出してしまった。

そんな日々が2週間も続いたある日、フィレロは毎日やってくるミレリアの強引な態度に観念し、部屋の中央でおとなしく座ってミレリアがやってくるのを待っていた。


「フィレロ!今日はどこへ行こうかしら・・・?!」


ミレリアはいつものように勢いよくドアを開けたが、今回は珍しく大人しく座って待っているフィレロの姿に驚き、何故かそっとドアの影に隠れてしまった。


「どうしたんだいミレリア。今日に限って君の方が隠れるなんて珍しいじゃないか。」


「べ、別に何でもないわ!今日は珍しくちゃんと隠れないでいてくれて・・・ちょっと嬉しく思っただけよ。」


「そうなんだ。でもなんで君の方が隠れているの?。」


「そ、そうね。ただちょっと・・・こっちを見ないでくれたら嬉しいわ。」


いつもと全く違う反応に驚いたフィレロは、ゆっくりとミレリアに近づいた。そして、ミレリアと目が合った瞬間、ミレリアは更にドアの影に隠れて小さくなってしまった。

よくよく考えてみると、フィレロは出会ってこの2週間まともにミレリアの顔を見たことがなかった。ほぼ初めてミレリアの顔をじっと見つたフィレロは、自分には勿体ないくらいの美少女である事に驚いた。

なんでこんな可愛い女の子が僕のことを好きになってくれたんだろうと不思議に思ったフィレロだったが、ミレリアの態度を気にする事なく思った事を口にした。


「なんで僕だったの?僕は引きこもりで根暗で、王子としてまともに民の前にだって出たことがない。城の外では、実は王子はいないんじゃないかという噂まであるくらいらしい。そんな僕の何処がいいの?」


顔を赤らめてうつむいたまま3分の1だけフィレロの前に姿を見せたミレリアは、小声でフィレロの問いに答えだした。


「フィレロ様は、3年前の建国日に一度だけ王と共に民の前に出てこられました。その時、私も父と共にその式典に出席していたのです。当時建国の祭典がつまらないと思った私は、この国がどんな国なのか探検しようと好奇心で式典の準備を抜け出してお散歩していました。覚えていますか?そこで、お金など持ち歩いたことのない私がお腹を空かせていたとき、偶然フィレロ様が通りかかって美味しそうな真っ赤な林檎を私に買ってくれたのです。そうしたら、数日後の式典にフィレロ様が王子として立っていた事にとても驚きました。その時、私はあなた様に一生ついて行くと決めました。それから3年間、ずっとあなただけを見てきました。」


そんなに僕の事を想ってくれていたのかとミレリアを見直したと感じた直後、そのまま話を続けたミレリアの言葉を聞いて、フィレロは一歩、また一歩と後退りし始めた。


「実は、父には内緒で私直属の密偵部隊を設立し、部屋のあちこちにのぞき穴を設け、24時間365日体制で私に報告するよう指示を出していました。尚、この3年間でどんなお食事をされたかやおトイレの回数など、フィレロ様の健康管理や好みも記帳し続け、ばっちりと把握しております。ちなみに、このお部屋の間取りは隅から隅まで把握しておりますし、行動パターンから毎日何処で何をされ、どんな隠れ場所があるかもわかっております。さらに、西の最果てで取引されている望遠鏡なる物を取り寄せ、週に一度直接私の目でフィレロ様を拝見する事が日課の楽しみとなっておりました。こんなにお慕いしておりますフィレロ様の妻となれるこの日をとても待ちわびておりました。そして、私の夢がやっと叶ったこの喜びをどう表現すれば良いのかといつも考えておりました。ここ数日行った国中の訪問は、どの場所もフィレロ様のお気に召す場所を選んで参りました。そんな私の想いが通じたのでしょう。やっと私の前に・・・?」


ミレリアがうつむいた顔を上げると、窓のすぐ側で固まっているフィレロが小さく震えながらじっとミレリアを見ていた。


「こんな少しだけストーカーっぽい事が趣味の私ですが、これからも末永くお願い致します。フィレロ様♡」


数週間後、建国3周年だけでなく王子の婚約という喜びに国中がお祝いムード一色となった。そして式典当日、満面の笑みで王子の横に立つミレリア王女を祝福する声は止まなかったが、確実に王子の心は病んでいた事は誰も知らなかった。

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引きこもり王子の嫁 風見☆渚 @kazami_nagisa

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