第30話
気丈に立っていたリツは腰が抜けてへにゃへにゃと座り込む。そんな成人女性をまるで小さな子供と話すみたいにティアは屈んで、意地悪そうにニヤリと笑う。
「10年歳とったくらいじゃ……怖がりは治らないのね」
「この状況を怖がらない奴がどこにいるんだよ……」
「でも、頑張ったじゃん。丸腰のくせに」
ティアは泣きそうに見上げるリツを得意げに見下ろしている。リツはズボンを引っ掴んだまま、俯く。
「あんたが死んだら、あたしはどうなるのか……わからないし」
「さあ、死ぬんじゃねーの?」
震えた声のリツとは対照的にティアはあっけらかんと、何でもないように、指にできたささくれのことでも話すみたいに答える。
サクラはふらふらと2人に近づき、ティアの細い肩にこっそりと手を伸ばす。それに気づいたティアは自分の体を庇うように手で覆い、サクラから軽やかにくるりと一歩離れる。
「やだぁー、変態」
「いや、触れるのかな……って」
何も触れずに空を切った手をパタパタと振りながらサクラはティアを見つめた。やっぱり、違和感しかない。失礼承知だけど、こんなにティアが可愛かった覚えはない。
ティアは少し年上で、気怠げでちょっぴり冷たい。冷静だけどいつも笑顔を振り撒くような余裕なんてない、そんな子だった。
「簡単に触れられる存在じゃないし、わたし」
しっと人差し指を手に当てて、あざとく笑う。そう思えば、真剣な眼になって鳩頭がいた場所を冷たい青い瞳で睨みつける。
「この感じだと、しばらくは大人しくしてるわね。あいつもここまでの力を連発はできないだろうし。これまでの傾向だと10日のスパンはあるみたいだし」
ティアの言葉にハッとしてサクラは焦って声を荒げた。
「どういうこと? あれはなんなの!?」
「魔法少女は命を狙われている。リミットはあと10日ね。次出会ったら確実に殺されるわ」
ティアはそう残して、バシャリと音を立てて水になり鏡の地面へと消えた。
それからの記憶はごっそりと無くなっていた。
気がついたら、ユキトに名前を呼ばれていて、目を覚ますようにハッとする。紫でスカスカな藤棚の下、散乱した鞄やゴミの中に、サクラもリツも呆然として立っていた。もとの、なんの変哲もない一風変わった公園だ。
今起こったことは何だったのか、なぜユキトがいるのかさっぱりわからない。ユキトはサクラが呼んだと言い張って話にならなかった。
そう言い合ってるうちに、リツがふらふらと腰を抜かしてしまったので、ユキトの手も借りて家まで送り届けることにした。そして、リツの1LDKの部屋で少し情報の整理をさせてもらうことになった。
サクラたち3人は、リツのシンプルな部屋に置かれたテーブルを囲んでいた。リツはリアルな食パンの形のクッションを抱えて体育座りをしている。
サクラはユキトに鳩頭の正体不明な人物──かどうかも怪しい奴に、謎空間におそらく連れ込まれ、こそで殺されかけたが、突如ティアドロップが現れて、サクラとリツを助けてくれたこと。それから、ユキトを呼んだ覚えもなければ、スマホに履歴さえ残っていないことをまとまらない言葉で継ぎ接ぎながらも説明した。
ユキト自身も仕事から家に帰ったところからの記憶がなくて、気づいたら公園で立ち竦むサクラとリツを見つけたのだ。どうやって来たのかも覚えてないけど確かにサクラに呼ばれたと言う。
話している最中も落ち着かなくて、サクラはずっとズボンの裾をくちゃくちゃと弄っていた。
ユキトは、パッと目を見開いて「怖えな」とあまりにも単純な一言。それでも心配そうに眉を寄せて首を傾げていた。
「整理が追いつかねえけど……。それより、まじで大丈夫か? サクラも、リツさんも」
「あたしは何もなかったけど……」
リツは細長い体をきゅっと小さく丸めて俯き、パンに顔を埋める。
「わたしも、まあ……無事だし」
「そこで冷静沈着にしとるあんたが一番怖いよ」
「冷静沈着に見えるだけだよ」と、サクラはため息を吐く。そうは言っても奇妙なほど自分が冷静なのは感じていた。まだ、夢の中で彷徨ってるみたいだ。殺されても死なない気がしてならない。2回も魔法少女に会ったせいだろうか。
「あまりに現実味がないけど、2人が口裏合せて俺を馬鹿にしとるとかそういうのはないだろうし……サクラのその首が赤いのも証拠……だろうな」
「うそ? 赤い?」
ユキトの言葉にハッとして首元を触れる。脳裏に焼き付いた鳩頭が顔を覗かせて、サクラの首筋にぞわぞわと鳥肌を立たせた。
「ああ、うん。外だと見えんかったけど」
リツも青ざめた顔で、「やっぱり現実なんだ」と呟く。
「リツ。わたしは、マルルとアプラスを捜す。モモカの協力ももらったし。だから協力しろなんて言えないけど……」
そこまで言って口籠る。今や、リツに何をどうして欲しいのかわからない。
「だけど、他人事にはできないし……もう、どうしたらいいのかわかんないよ」
「……あんな風にわけわかんないとこ連れ込まれたら、どう足掻いても殺されるし」
ふかふかのパンの中にリツのくぐもった声が響く。少し泣きそうに震えてつっかえた。
「そうだよね……チェリーやティアが都合よく助けてくれるのか、それもわかんないし……」
「あー!! もう!! 本当、人生狂わせてきて腹が立つ」
サクラの言葉に被せるようにリツは顔を隠したまま声を荒げた。文字通り頭を抱えて、パンクッションからようやく顔を上げる。ぼさぼさの髪に疲れきった顔をしているけど、悔しそうに歪んでいる。
限界だ。サクラもリツもまともに思考が働かない。
壁にかけられたシンプルな時計をチラリと見る。22時を過ぎていた。明日が朝からの仕事じゃなくて良かったなと考える。
こんな時にまで仕事の心配をする余地があったのに自分で呆れてしまう。
「とりあえず、今日は解散するか……。明日朝イチで連絡するけど、何時だったら大丈夫?」
サクラは意味もなくスマホのロック画面を見た。割れた画面はペロを写し、22時16分を告げている。
「え……外出んの? 危なくない?」
リツの不安げな声に顔を上げる。パンクッションを抱きしめて、サクラの方へ前のめりになっていく。
「ティアは10日のスパンがあるって言ってたじゃん?」
「てか、あんた殺されかけてるのにそんな呑気なこと言って……!!」
必死なリツにピンときた。
リツの反応の方が普通で感覚がおかしいのは自分の方だ。
「……それもそうか。今日は悪いけど泊まっても良い?」
「え……っ。あ、ああ……それは構わんけど」
リツは突然のサクラの申し出に動揺を隠せず目をぐるぐると泳がせた。それでもどこか安心したように静かに俯く。
「おん?」
サクラはぽかんとしているユキトに座ったまま少し寄り、小声で話す。
「リツ、ひとりになると心細いんだ。魔法少女2人ってあんまり意味ない気はするけど」
「ああ、そりゃそうだよな」
「何こそこそしてんの?」
「俺も魔法少女同士でも、2人一緒にいた方がいいと思う。じゃ、俺はさくっと帰るか……」
そう言いながらユキトはゆっくりと立ち上がる。
「近いの?」
「ここ嘉木野町だら? 俺、伊伽町だでよ。歩きたくねえくらいの距離」
そういえば、ユキトの職場もこっちの方面だったなと思い出す。リツは「ちょっと遠いね」と言ってユキトを見上げている。
サクラはふっとため息をつく。
「いいよ、リツ。一緒にユキト送りに行こう」
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