第22話
物言わぬ、星のない夜空みたいな黒髪の魔女だ。マルルと共に相討ちになって死んだ魔女。
昨日見た夢のように憶えている。現実に起きたのか今はもう鮮明じゃないけれど、はっきりと記憶に焼きついている。
「アプラス?」
「そう、魔女アプラスとおんなじ名前。しかも人形師ってことはさ、ほぼ関わってんの確定だろ」
ユキトは鼻を鳴らして笑った。
「確かに関連してそうだけど……情報が少なすぎる。テリーサのことあんたどこまで知ってんの?」
「えっと……」とユキトはスマホの画面を見る。
「テリーサ・アプラスは……ハイア地区の人形師で、ハミルトン・マリオンの弟子で唯一の女性。若い頃は、ハイア地区の貴族にも売ってたんだとか……」
「それで。ブラントとの関係性は?」
「それが、わからねえんだわ」
ユキトはスマホから目を離して、軽く笑う。笑って誤魔化すなよと、サクラはそのアホ面に溜息が出る。
「ネットで検索して、名前と何個か作品は載ってたけど、今言った情報くらいしか。今日も人物名鑑だとか、歴史系の本を見とったけど全然見つかんねえの」
「地元だと少し有名なんじゃない? たぶん、現地に行けばもっと情報が得られそうだけど……現実的じゃないね」
「まあ、それもあるかもな。ヨーロッパ旅行なんて俺の安月給じゃ手が届かねえけど」
「とりあえず、紙に書いて整頓してみない? 今までの話も散らかってるから」
サクラとユキトは徒歩で近くのファーフトフード店で話し合うことにした。サクラは二人分のドリンクを購入して、ユキトとカウンター席に着いた。休日の夕方の店内の客足は疎らで、若い女の子グループの会話が際立って聞こえた。
ユキトの持っていた紙の裏にペンで思い出しながら情報を書いていく。
「まず、ここまでのおさらいね……現状として……わたしと、その……モモカとリツは魔法少女としてアプラスと戦っていた。その依頼主……ナビゲーター? が、マルルっていうアンティークドールね。んで、ユキトは……ブリザードボーイとして、アプラスの手下だった」
シワシワの紙に相関図を書いていく。
そして、マルルとアプラスは同じ世界として赤で囲い、魔法少女たちとマルルを青で、アプラスとユキトを緑で囲って、「敵対」と書き込んだ。
「アプラスの目的は……なあ、アプラスの目的ってなんなんか知っとる?」
「え? 世界征服とか、なんか世界滅亡させる気なんでしょ……?」
それも妙に引っかかるのだが。異世界の住民は全く関係ない場所であるこちらに干渉するものだろうか。魔女の考えは、人間には到底わからない。
──世界は今、魔女アプラスに侵食されているの
マルルの甘い花のような可愛い声が頭の中で囁く。マルルはアニメに出てくる妖精みたいに軽やかにふわりと飛んでいた。古めかしい姿に違和感があったのを思い出す。
──あなたは正義の味方よ。あなたならきっと世界を救ってくれる
アプラスの横に「世界征服? 滅亡?」と書き込む。
「それで、アプラスは俺にマルルのイメージを送ってくる。それがなんなのかはわからないけど、俺としてはマルルを捕まえたいんじゃねえのかなと思う」
「それだとアプラスは生きていたか復活したか。マルルが今どうなのかはわかんないけど……」
そう言いながら、マルルの横に「生きてる? 死んでる?」と書いた。
「んで、アプラスは俺に指令を出す」
ユキトは指でアプラスを指し、ユキトの方へなぞる。サクラはアプラスからユキトへ指令と矢印を伸ばした。
「でも、その指令がなんなのかはわかんないのよね……」
「まあ、そうだな。前も言ったけど俺としては、マルルを捕まえてきてほしいんじゃねーのかな。アスタルツってのがあればアプラスはまた復活すんだし」
「確かに……アプラスがしていることを考えると、それが自然なのかな……てことはマルルは生きてる可能性が高いよね。死んでたら捕まえてもどうしようもないし」
それも、マルルが今もアスタルツを持っていればの話だ。ただ、マルルだって、アスタルツを使い切って絶命したように見えたがどうなのだろうか。
サクラは紙パックの野菜ジュースにストローをさして、口にする。
「ここまでが把握しとることと現時点での推測……ってことだよな」
「うーん……そうね……」
少し減った野菜ジュースを机に置いて、紙に書かれた「マルル」という文字を眺める。リツはマルルのことを「胡散臭い人形」と言った。モモカも口にさえしなかったが、信じきっていないようだった。
わたしは、どうなのだろう。
わたしはマルルを信じていたい。
「これに、ブラントのことを絡めて考えてみようか……」
少しの沈黙の後にサクラは切り出した。自分の思いは全部、必要ない。余計なことを考えると、客観的に物事を見れなくなってしまう。
「登場人物は、今のところはヴィクター・ブラントと、テリーサ・アプラスね」
「画家と、人形師……どちらもクリエイターだな。他の共通点としては出身国くらいか」
ひとまず、わかる情報を全て書き込んだ。生年月日と没年月日、職業、家族構成、友人関係、ブラントに関しては代表作も一応メモした。
そして、書けば書くほどブラントとテリーサの共通点がないことを思い知らされた。二人の人生は、美術で習った作家たちよりも平凡で穏やかなものに感じる。特にテリーサはわからないが、二人とも高齢まで活動していたということは大きな病気や事故にあったということでもないし、活動を支えた家族がいるのだから天涯孤独なわけでもない。
魔法少女だって特別な存在が選ばれたわけじゃない。なら、マルルに繋がる人物が必ずしも特別だとは言い難いのかもしれない。
「ここまでで、二人の共通点は出身国とあと子供が一人だけだったことくらいね」
サクラは文字通り頭を抱えて、机に肘をついてメモを見つめて呟いた。となりのユキトも背もたれにもたれて、虚無の顔で上の方を見ている。
「そもそも、この二人……ブラントが生まれて九年後にテリーサは死んでんだよな。年齢も五十歳差だし、師弟関係とも考えたけど無理あるな」
「あれじゃない。テリーサが作った人形をブラントが買ったんだよ、どーせその程度の仲なんじゃないの」
「仲って呼べる仲でもねーだら、それ。ただの客だし。そもそも、ブラントの幼少期は貧しかったんだで、人形なんか買えねえし、つーか男が買うかよ……」
「買うかもしんないじゃん」
「この時代だとなおさら無理だろ」
空っぽな会話をするくらいにお手上げだ。アプラスの世界を描いたブラントと、同じ名を持ったテリーサに何の関係も見えてこない。
もう、店に入ってから四十分くらい経つ。皐月の空に橙色が落ちる頃だ。サクラは仕事終わりだし、ユキトも昼過ぎから調べ物をしていた。集中力も切れかけてきている。
これ以上はまた、新たに調べないと進展しないような気がした。
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