第17話
「覚えてない……?」
恐る恐るサクラは聞き直す。覚えてるか聞いたのに「知らない」って答えるのは明らかにおかしい。
「だから、知らねえって」
リツは、凍りついたように険しい顔をして、まるで拒絶するかのように吐き捨てる。
「待ってよ、そんなの変じゃん。これがなんの集まりかわかるでしょ?」
「あんたこそ、まさかその昔話を今持ち出すために集まったわけ?」
「その言い方じゃ覚えてんじゃん!!」
サクラはつい声を荒げて言う。リツの頰が引きつって、モモカが慌てたようにサクラの服の裾を引っ張る。何を言って良いのかわからないような、泣きそうな顔をしている。
「ご、ごめん……大きい声出しちゃった」
「別に、そこまで大きくないけど」
リツはサクラと目を合わせずに、カウンターの方へ目を向けた。店主は常連らしい老人と話しており、二人ともこちらを見向きもしていなかった。
「で、その様子だと……ただ懐かしくなって駄弁りに来たわけじゃないんでしょ」
「ん……そう……だけど……」
サクラは頭の中で六秒数える。感情を抑えたい時のおまじない。
冷静を保とうと、辺りを目線だけで見る。リツが怖い顔をしている。隣ではモモカが胸元に手を当てて、サクラとリツを見ている。何か言おうと口を開くも言葉が何も出てこないようだった。
「なんなの。黙ってちゃわかんねーし」
リツは腕を組んで背もたれにもたれた。言葉こそ静かだが、リツは睨むように眉をひそめて、指で組んだ二の腕をトントンと叩いている。
上手に話さないと。
モモカと同じように言葉が出てこない。何から話したらいい? リツはどうしたら理解してくれる? そもそもリツはどうして突然そんな不機嫌になったのだろう。
「言いたいことあるなら早くしろって」
「もう、今話すから!!」
急かすリツに痺れを切らして、サクラはテーブルの上のコーヒーに向かって語気を強めた。
リツの顔が見られなかった。
「あ、あのね、リッちゃん……」
今話すと言ったのに、サクラはやっぱり頭がぐちゃぐちゃにこんがらがってしまう。その、ほんの数秒の沈黙をモモカが遠慮がちに打ち破った。
「わ、わたしもどこから話したらいいか、その……わからなくて……だから……」
「だからなに? あたしに何を伝えたいわけ?」
リツのイライラは呆れに変わったのか、ため息混じりに言う。モモカは怖気づいたようで、「ご、ごめんね」と謝って黙ってしまう。
「わたしたち、魔法少女だったでしょ」
サクラはこんがらがる頭でそう切り出した。
リツは否定も肯定も、何の反応もせずにサクラを見下ろしていた。
「その時にブリザードボーイっていたじゃない?」
「は? なにそれ」
リツは怪訝な顔をして、首を傾げる。モモカがもごもごと口を挟む。
「あれだよ、リッちゃん。すごく弱かった……ツンツンの子」
「知らねーわ」
「そいつを覚えてなくても全然構わんのだけど……」
リツは耳に髪をかけ直した。おそらく、ブリザードボーイのことは完全に忘れているみたい。
ひとまず全てを聞いてほしいと、リツに断ってからサクラはブリザードボーイことユキトの話をした。それでも、どうにもまとまらなくて途切れ途切れになってしまったが。
ユキトは普通の人間で、当時は植物人間だった。その時にアプラスに操られていたのではないか。そして、その当時も、夢から干渉してきたアプラスが、再びユキトにマルルのイメージを伝えてくるのだと言う。それはもしかすると、アプラスはマルルを狙っているのではないか。
……マルルが生きているか、死んでいるか、それだけは声にしようとすると喉につっかえてしまい、話せなかった。
「あの時、マルルが倒したアプラスが復活した……もしくはしようとしてるんじゃないかってわたしたちは思ってるわけなんだけど……──」
「ねえ、あんたさ……マジでそれ信じたの」
一瞬途切れた隙をつくように、リツは言う。
「十年来の敵の言葉を信じるなんてさ、馬鹿じゃねーの」
リツの言葉は氷の剣みたいだ。街を凍らせたブリザードボーイなんか生温く感じるほどに、サクラを凍りつかせる。
だけど、確かにそれは正論だ。状況だけ聞けば、怪しすぎる。サクラだって最初は怪しいと思っていたはずだ。
「そりゃ、怪しくないわけじゃないけど……」
だけど、サクラにはユキトが嘘をついているようには見えなかった。真面目に働いていて、仲のいい家族がいて……、ユキトにはたぶん失いたくないものがある。だからユキトはサクラに助けを求めたはずだ。
……違う。サクラがユキトの話を信じた決め手はきっとそれじゃなかったはずだ。
リツがふっと鼻で笑う。
「あんたは、正義感が強いつもりかなんなのか知らんけど、度が過ぎて寧ろお人好し。あんた本当いつか詐欺に遭うんじゃね?」
かちんと頭に来た。サクラも反射的に言い返す。
「こっちが真剣に考えて話してんのに茶化さないで!!」
「事実を言っただけなんだけど? あんたは、良い歳してもう一度魔法少女にでもなりたいんじゃないの?」
「な……っ、そんなわけないじゃん!!」
「け、喧嘩しないで……二人とも」
モモカが、泣きそうな顔してサクラの腕をそっと掴んだ。リツはため息を吐いて、サクラから顔を背けた。
「ご、ごめん、モモカ……」
「サクラちゃん、その……マルルのことは……」
モモカはサクラから手を離しつつ、小さく呟く。
「ん……わかってるよ……マルル、ね」
まだ、マルルについては何もわからない。だからこそ、疑うことも信じることもできる。リツだって、マルルのことを知ればきっと少しくらい信じてくれるはずだ……。
「マルルってあの人形でしょ。それがなんなの」
リツには丸聞こえだったようで、彼女から話を振ってくれた。サクラは深呼吸して氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーを飲んでから話し始める。
「ユキトの話から、考えるとさ、マルルが生きてるのかもしれないでしょ。もし、よ? マルルが生きていたら、わたしたちに助けを求めたり、会いに来たりすると思わない?」
「来れねーんじゃないの。大人には見えないとか」
「ユキトが手に入れられるんだから、それはないはずでしょ。ていうか、来られない状況なら助けてあげないと……」
来られない状況……。どんな状況かはわからないけど、マルルはきっと苦しんでいるんじゃないだろうか。
チェリーブロッサムはマルルが苦しんでいるなら、なりふり構わず助けに行く。だけど、サクラの中ではやはり何かが引っかかった。心の底からマルルを救わなくてはならないと焦ることができなかった。
「で、あんたたち、結局どうしたいわけ」
リツが吐き捨てる。
「アプラスを倒すの? マルルを救いたいの? それをあたしに話して、どうしたいわけ?」
「マルルがいないとアプラスは倒せんし。だから、わたしたちはマルルを探してる。なんの情報もないけど今いろいろ調べてて」
サクラはリツの顔を見る。リツも本当にティアドロップだったのだろうか。雰囲気も口調も同じなのにその口から出てくる言葉の中身は、似ているようで違う。
だけど……
「だから、もう一度力を貸して欲しいの、リツ。もしかしたら、世界はまた──」
「馬鹿じゃねーの」
リツは、眉を寄せてため息混じりにそう言った。
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