第13話
もしかして、花苗は覚えている?
花苗はゆっくりと半目だった目を開けて話始める。
「十年前でしょ? ならわたし、大学生だったから……。あの頃、妙に目が綺麗で、そんで帽子を被った子が来たのは覚えとるんですよ。すごく怖くて、結構見えにくい所に隠すみたいに置いたんで……たぶんあの子で違いないかな……」
その話が確かなら、サクラがマルルを掻き分けて見つけたという曖昧な記憶とも一致する。
「でも、あの子……ある日突然消えたし、おじいちゃんもおばあちゃんもちゃんと覚えとらんもんで……もしかしてわたしの記憶違いと思ってたんですけどね。こんな所で覚えてる人に会えるなんて、ね」
花苗はにこりと嬉しそうだ。
マルルが消えたのはひとりでに動き出し、魔法少女を見つけたからだ。そう思うと、サクラは自分のせいでマルルが消えてしまったんじゃないかと罪悪感を覚える。
「もしかして、その子をお探しだった?」
「ええ……まあ、その……」
「十年前に見た子が気になっちゃったなんて、お姉さん相当人形好きですね」
「その……一目見たいなぁ……って思って……」
サクラは歯切れ悪く話す。
「でも、お話しした通り、いつの間にやらお迎えが来て行っちゃったみたいだで、ここにはないんですね。残念ですが」
花苗は申し訳なさそうに、でも少し嬉しそうに言う。いないのは当然だ。マルルはサクラたち魔法少女と共にいたのだから。
「アンティークドールをお探しならあと何人かいますよ。一人はフランスから来たビスクドールで──」
「あの、人形は探してないです。その子だけです、探してたのは……」
サクラは花苗の言葉を遮る。花苗はきょとんと笑顔のまま黙ってしまう。ほんの数秒の沈黙が、むず痒くて長く感じた。
「その……すみません」
なんとなく申し訳なくなり、つい謝罪の言葉が口から漏れた。花苗はすぐに自然な笑顔になって答えた。
「あ……ああ、別にそういうこともありますよね。気になさらず」
「えっと……もう一つ、いいですか?」
サクラは花苗が話し終えたのを確認し、すかさず話を切り出す。
「どうぞ?」と花苗は答えた。
「その、お人形はどこから仕入れたものですか?」
一番知りたかったことだ。きっと、これがわかればマルルに近づける。マルルが何者かわかれば、アプラスにだって近づける。そうすれば、マルルを疑わなくたって良くなる……はずだ。
サクラは固唾をのんで、花苗の答えを待った。ゆっくりと花苗の口が動く。
「ごめんなさい、さすがにそれはわかりませんわ」
花苗は老人に見せたのとは違う、申し訳なさそうな困り笑いをしていた。
それもそのはずだ。十年前の人形がわかっただけでも奇跡なのだ。それがどこから来たのか、そんなに簡単にわかるわけがない。奇跡がそう何回も起きるわけがないのだ。
サクラはふっと笑うようにため息を溢す。
「ああ……そう……か……」
「んん……当時は本当に大学生だったから、手伝いは毎日しとらんかったし。ごめんなさいね。それに、やっぱり知っとっても個人情報とかから教えるわけにはいかんのですよ」
「まあ、そうですよね」
「じいちゃん……あ、えっと、祖父にも聞いてきましょうか?」
サクラがあまりに落ち込んでいるように見えたのだろうか、花苗はそう聞いた。
「いや、でも……」
「知らんって言っとったけど、もう一度ちゃんと聞いたら思い出すかもしれんですし、誰に売ったかはともかく、どこから仕入れたかは、わかるかもしれないんで」
「でも、個人情報は……」
「まあ、個人が特定されないように気をつけて伝えますよ」
花苗は「お待ちください」と、サクラの返事も待たずに店の奥へと行ってしまう。
ぽつんとお店に取り残されたサクラは、数秒間呆然としていた。そのうち、ただ待つのも勿体無い気がして、暇つぶしに店内の商品を見て回ることにした。しばらくして花苗の大声が壁を隔てて聞こえてくる。サクラの祖父もここまでではないが耳が遠く、周りもいつもより大きめの声で話している。そのためか、彼女に少し親近感が湧く。
店の中央のテーブルには食器類やランプなどの割れやすいものが置かれている。どれも値札が付いていない。花苗や店主のおじいさんが決めているのだろうか。食器類を流し見て、サクラはさらに奥へ入り込み、出窓の人形を横目に棚の前に来た。
どこでマルルを見つけたのかは思い出せないが、確か、棚の端に埋もれていた。こちらを見られているような感じで、振り返った時に、物の隙間から目が覗いていたのを覚えている。
変わったお人形、と思って周りの物を退けてみて、触れちゃいけない気がしたけど、ついつい引き込まれるように触れてしまった。そしたら、確かマルルが動き出して「起こしてくれてありがとう」なんて言うから……そうだ、慌てて逃げ出したんだ。お人形なんて見なかったことにして、何食わぬ顔してお店を出て、そのまま人気の少ない公園まで逃げた。そしたら「逃げるなんて酷いわ」って隣にいたんだ。その後に世界を救うお手伝いをしてほしいってマルルに頼まれた……そうだった気がする。
今思い出すと、相当なホラー体験をしたものだ。
思い出すと少し笑えてしまう。思えばマルルはいたずら好きだった。突然驚かすなんてしょっちゅうしていたし、すぐに拗ねてしまう。それがすごく可愛かった。
そんなマルルを疑うことはしたくない。
嫌な予感も、過去の疑問も、思い過ごしであればいいと、マルルを思い出すほどに強く感じた。
サクラは棚の中に置かれた、手のひらサイズの兎や猫の陶器人形や、止まった懐中時計を眺めた。花苗の声はまだ時折聞こえてくる。
サクラは、『Handmade』と描かれたプレートのある棚の前に来た。ガラスや、ドライフラワーやビーズを使って作られた値札のついたアクセサリーが丁寧に並べている。手前には何種類かの名刺が積み上げられている。
花苗の名前が載っているものを手に取ってみる。花苗はハンドメイドの作家なのだろうか。フルール工房言う名前とSNSのIDと何軒かのお店の名前が載っている。その中にこの『夢』は載っていなかった。他の名刺も見てみたが、どれにも『夢』の場所は書かれていなかった。
本当に宣伝する気がないんだな。
サクラは花苗の名刺だけ、手帳型のスマホケースのポケットに入れた。
それから、ゆっくりとまた棚から離れて、カウンターの方へ戻る。
入ってきた時には気がつかなかったが、カウンターの横には何枚かの絵が飾られている。これも売り物なのだろうか。
サクラは暇つぶしに一つずつ絵を見ていく。
どの絵も個性的で、見たことのない絵ばかりだ。それもそうか、有名な画家の絵はだいたいが美術館にあるのだから。
ただ、サクラはもともと絵には興味がない方で一枚ずつに目を通すも、全て流すように眺めていた。
次ので最後の一枚。やはり絵を見るだけじゃ時間は全然潰せないなと思う。しかし、最後の一枚の、カウンターのすぐ横の大きな絵を見た時、今日はなんのためにここに来たのか、全て忘れてしまうくらい、自分の目が信じられなくなってしまった。
たった一枚の絵から目が離せなくなったのは生まれて初めてだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます