第12話
本当に入っても大丈夫なのだろうかと不安に思い、お店の外観を眺めた。ヨーロッパの童話に出てきそうな家、奥に見える庭はお世辞にも丁寧に手入れされているとは言い難く、雑草が鬱蒼と生い茂っている。門柱はあるが門はなく、そのすぐ奥にステンドグラスが不規則な形に嵌められたドアがある。
庭へ入るのは躊躇われるほどだが、門からドアまでは霞んだ青を基調としたモザイクタイルが敷かれており、それなりに手は加えられているみたいだった。
ドアには、『Open』と書かれた手作り感満載の木のプレートがかかっており、目を凝らすと小さく『お気軽にお立ち寄りください』と添えられている。
お気軽に立ち寄らせる気があるのか疑う。この店は言ってることとやってることがまるで違う気がする。
それでも、入っても良いと書いてあるのだから、とサクラは息を飲んで、めっきが剥がれた金色のドアノブに手をかけた。ひんやりしている。
そろそろと、忍び込むみたいに店の中に入り込み、ドアをパタンと閉めた。その瞬間に、耳を突き抜けるような音が響き、サクラは言葉にならない声を上げて肩を竦めた。
家の雰囲気には似つかわしくない、妙に真新しい小鳥のおもちゃだった。
「び、びっくりした……」
祖父母の家にも似たようなのがある。それは、ドアの開閉時の物音に反応してピヨピヨと鳴くのだ。うるさくて仕方がない。
それにしても、入った瞬間から、驚かしてくるなんて本当に怖くないお化け屋敷みたいだ。
小鳥が鳴き止んでから、サクラは深呼吸して、店の中を見渡した。少し埃っぽい。
店内は八畳の和室よりも狭いんじゃないだろうか。営業しているのか怪しいくらいに薄暗く、光源は窓から入る光だけだった。真ん中にはテーブルが置かれて、その周りを一周できるようにレイアウトされている。そのテーブルの上にも周りの棚にも物が密集している。
百年くらい動いていたのではないかと思うような古びた時計に、鮮やかなガラスのランプシェード、ぬいぐるみやおもちゃに服も置いてある。
それにしても、店員はいないのだろうか。サクラが「すみません」と何度か声をかけるもしんとして、日に照らされた埃だけがキラキラと舞っていた。
「あのぅ……」
サクラは一歩踏み込んで声をかけた時、店の奥にカウンターがあり、その中に影を見つけた。一瞬、それが人だとわからず、言葉を失った。心臓が跳ね上がってそのまま止まってしまうのかと思うほどに驚いて固まってしまった。
しかし、それもすぐに項垂れている老人だとわかった。室内だが、ハンチング帽を被り、小洒落た白シャツにカーディガンを着ている。彼に「お尋ねしたいのですが」と声をかけるが、ピクリともしない。二回、三回、と声をかけても反応がない。
嫌な予感が背筋に走った。
この前、年寄りが脳卒中かなんかで倒れて孤独死……なんて昼間のニュースでやっていたのを思い出す。
こんな時、どうしたらいい? 救急車? 警察?
サクラは冷たく汗ばんでいる手で、カバンの中を漁りスマホを探した。こんな時に限ってすぐに見つからない。
ようやくスマホを取り出したその時だった。突然ドタドタと足音がカウンターの奥の方から慌ただしく聞こえ、それはだんだんと近づいて、そして、カウンターの奥の部屋から飛び出してきた。
長い黒髪に、大きな眼鏡をかけた線の細い女性だった。
「もう!! まぁた、こんなに暗くして!!」
女性が、壁の電気スイッチを押すと店内は暖かい光に照らされた。
サクラはスマホを手にしたまま、呆然と女性と老人を見ていた。
女性はため息をついて、サクラの方を見て、申し訳なさそうに眉をひそめた。それから、老人の肩に手を置いて口を彼の耳元に近づける。
「じいちゃん!! 店番変わるわね!! 昼寝なら、部屋で寝やあよ!!」
老人の鼓膜が心配になるほどに大きな声で女性は話す……というよりも、叫んだ。入り口に置いてある鳥のおもちゃがピーチクパーチク鳴き出す。
老人はゆっくりと目を覚まして、彼女を見てにこりと笑う。
「花苗か? もう作業は終わったんか?」
花苗と呼ばれた女性は困ったように笑って、また大きな声で叫ぶ。
「終わったよ!! 店番はわたしに任しといて!!」
「ほうかほうか」と老人はのんびりと立ち上がって、壁を伝いながらカウンターの奥の部屋へと消えていった。
花苗は、その姿を見送ってサクラの方へ向き直る。
「ごめんなさいね。おじいちゃん、耳遠くて、昼寝しちゃったらあれくらい大きい声で喋んないと聞こえないんですよ」
花苗は少し疲れた様子で困ったように笑顔を見せた。
「しかも、目も悪いもんで、見えんくはないんだけどねぇ。明るいのが苦手なんで店番頼むと電気消しちゃうんですよ。いつもサングラスしとるんですけど、今朝壊れちゃって」
「は、はあ……それは……大変ですね」
サクラはさっきまでのしんと静まり返った不気味さからの変わりように面をくらい、言葉も上手に出てこなかった。
お化け屋敷と思ってたが、ただのビックリハウスだったみたいだ。
「ああ、気になるのあったら教えてくださいね。わたし、ここにいるんで」
花苗は気の良さそうな笑顔を見せて、カウンターの中の椅子にどかりと座り、早速スマホを触り始めた。
「あの……少しお尋ねしたいんですが」
サクラはスマホを握りしめたまま、おずおずと花苗に話しかけた。
花苗はスマホをカウンターに置いて、サクラを見上げた。よく見ると、狐を思わせる彼女の目が優しげに垂れ下がる。
「なんでしょうか?」
「わたし、ある人形を探していて。昔ここで見たような気がするんです」
花苗は首を傾げる。
「うーん……祖母がいた頃は結構人形を仕入れとったけど、今は全然。ていうか、もう最近は仕入れなんてしてないか。かなり前ですか?」
「十年くらい前なんですけど」
花苗は眉をひそめて、目を閉じた。彼女の顔を見ているとサクラはなんとなく、今回もダメなんじゃないかと思ってしまう。
花苗は二十代中盤から後半に見える。十年前は流石に働いてないだろう。そう思っていたが、花苗の答えは予想に反したものだった。
「どんな人形? 一応、わたし十年以上ここを使ってるし、あ、わたし作家で、ここの二階のアトリエ使ってるんですよ。正直お店は祖父母の趣味みたいなもんだで、昔から仕入れも少ないし、もしかしたらわかるかも」
花苗は両手を合わせて、明るい声で話す。そう言われると、期待してしまう。彼女がマルルのことを覚えていて、どこから来たのかわかれば……。
サクラはマルルの特徴を話した。百年くらい前に作られた人形で、相当古かったが状態は良かったこと、綺麗な金髪をおさげにして、白い花……シロツメクサの飾りがついた帽子を被っていたこと、緑のエプロンドレスだったこと、そして目の色は覚えていないが綺麗な色をしていたこと……サクラが覚えているマルルの見た目は全て話した。
花苗は口を挟むことなく聞いており、時折目を閉じたり、「うーん」と唸ったりしていた。
「たぶん……あの子かなぁ……」
花苗は半目になって、小さく漏らす。
サクラはその小さな声にどきりとした。
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