第29話 吸収
次の日、早朝から待っているがパウロとマラコイが部屋から出てこない。
仕方がないから部屋をノックするが、防音しすぎたせいで中まで音が届かないようだった。だが二人がいないと潜るのに程よいダンジョンの場所がわからないのだ。
仕方なく覚悟を決めてドアを開けると鍵はかかっておらず、二人は室内に居なかった。ゴーレムを集合させ、二人を探させるとちょうどダンジョンの外から帰ってきたところだった。
何やら朝から軍籍を抜けてきたらしく、ついでに最新のダンジョン情報も仕入れてきたそうである。あれ?意外に有能なんじゃないか?
ようやく四人揃ったところで出発である。
パウロは革の軽鎧に細い両刃剣、マラコイは上半身裸にすけすけチェーンメイルに戦斧、ミクリは腹だけを重点的に守ったアダマンタイト製の鎧を身につけ、アダマンタイトで出来た黒い槍を持っている。この槍と鎧は空間ポーチに入れてあったインゴットを利用して、昨夜のうちに俺と二人で作ったのだった。
さて、俺はというと、白いTシャツに短パンで腰に空間ポーチの軽装である。靴はダンジョン内でミクリに作ってもらった派手なスニーカーだった。
「アーサーいくらなんでも油断しすぎだ」
「そうだよ、せめて武器ぐらい持ったほうがいいよ」
二人がそう言うのを手で、まあまあと抑える。
今回は偵察のようなものである。甲虫人については多少の知識はあるし、スピード第一で攻略するつもりだったのだ。それに何かあっても大体は治癒でなんとかなる。
「二人ともスピード重視だからな今日は。あんまり魔石にこだわり過ぎて離れるなよ」
「了解。でも本気で妊婦を連れて行く気かい?」
ミクリはずっと冷めやかな目で俺たちを見ている。
「もういいから、アーサー早く行こ」
そう、ミクリの肉体はじゃぶじゃぶ溢れる魔力をとことん注ぎ込んだ特別製なのだ。実戦は初だが、彼女自身のことはあまり心配していなかった。
「お腹の子供が危なそうなら即撤退だからな、それだけは守れよ」
しつこいがミクリに釘を刺すと、こくりと頷く。そこは同じ気持ちなようで安心する。
「よし、行くか。じゃあ俺たちの尻を追ってくれよアーサー」
そう言うとマラコイは歩きだす。尻か。なんだろう嫌な気分になる。俺たちの後ろと言えばいいじゃないかこの野郎。
一時間ほど歩いた先に俺の背の二倍はある太さの倒れた巨木があった。周りを兵が巡回している。マラコイは手を上げながら兵士たちに近づいていく。知り合いのようで少し話をすると俺たちを手で招いた。
あまり無茶はするなよ、と好奇心な目を向けてくる兵士に愛想良く、お疲れ様ですと言いながら腹の中で謝る。すまんがこのダンジョンは潰しちゃうわ。
倒れた巨木の中は腐り落ちて空洞になっていて、奥に進むと空洞いっぱいに蓋をするように銀の膜がたゆたっていた。
膜をくぐるが、同じような景色が続いている。巨木の空洞が洞穴のようにひたすら続いているのだ。
しばらく歩くと洞窟の壁に裂け目があり透明な膜が揺れている。
「この膜からも外に出れるんだよ」
パウロが教えてくれる。このダンジョンはあちこちの裂け目に銀膜があり、すべて最初の出入り口に繋がっているらしい。撤退のしやすさから選んだらしく、ありがたい配慮だった。
素直にありがとう、とお礼を言い、正面を向くと奥からずんぐりとした太ったような甲虫人が出てきた。
カナブンだ、とマラコイは言うと俺に道を譲り、ミクリの前に立った。守ってくれるのだろう。パウロは後方を警戒している。
入る前にこのカナブンについては聞いていた。二メートル近い身体を羽根と脚力を使い一瞬でトップスピードまで加速して突撃してくるんだそうだ。当たれば脅威である。当たればな。
頭部に火魔法はカナブンにも有効だった。4つの足で立ち、2本の手を構えていた甲虫人はあっけなく崩れ落ちる。すぐにマラコイが飛びかかり首を跳ねた。
マラコイとパウロは死んだ甲虫人の身体を解体し魔石を取り出す。慣れたコンビネーションであった。
木の洞穴のようなダンジョンを歩く。少し下り坂の一本道だった。出てくるのはカナブンの甲虫人ばかりでぽんぽんっと脳内を焼けば危なげなく殺すことができた。
パウロとマラコイは大量の魔石を得てホクホク顔である。
「お前ら冒険者結社設立の夢が絶たれたのに何で金がいるんだ?おい?なんでだ?」
パウロを肘でつつくと、長めの髪を耳にかけながら、「いやぁ、俺たちゲイは子供作れないから老後のために稼がないと」とリアルな事を言い出した。
何かもっと面白い返事を期待していたのにがっかりである。
途中で危なかったのは、挟み撃ちをされた時ぐらいで、その時は全面は俺が火魔法で、後ろはミクリが黒い槍と投擲して一撃で殺している。ミクリの戦闘力はまだわからないが、やはりこの女は恐ろしく強いのだ。
さくさくと甲虫人を殺しながら下り坂を降りていく。カナブン系の甲虫人は体当たり以外に攻撃手段が無いようで、遠距離からの火魔法と相性が良かった。
坂が終わり、平坦な広場に出る。濃厚な緑の匂いに包まれた。
天井は高くドーム状になっていて、壁一面から木が内側に向かって生えている不思議な部屋だった。
天井あたりから一匹の黄金色のカナブン型の甲虫人が羽根を高速で震わせながらゆっくりと降りてくる。
四本脚で立つその腹には巨大な透明のダンジョンコアがあった。
俺が魔法を使おうとした時、後ろからミクリが俺の腕を引いた。
「アーサー、私があいつの相手をするから」
「いや、ミクリは最後のとどめだけすればいいから」
俺が慌てて答えるが、ミクリは首を振る。
ボブカットの髪が左右に揺れる。
気の強そうな二重の目が光り、長いまつげが艶めいている。
ミクリは片手でアダマンタイトの黒い槍をくるくると軽く回している。
あの槍、俺も持ったけど柄まで全部金属でめちゃくちゃ重いのだ。
槍を止めると、すっと俺達の前に出る。
止めるタイミングを失ってしまった。
黄金のカナブン甲虫人は背中の甲殻を開き、中の羽根を広げる。
三枚づつ二対の羽根を大きく広がり、びぃぃぃいいいいーーーーーという高音をあげながら振動している。
俺はミクリが微動だにしないのをハラハラしながら見守っている。
さっさとやってしまえばいいのに。
重そうな黄金甲虫人の身体が地面から少しだけ浮いている。
俺は急いで【加速】を全員にかける。
だが魔法の光がミクリの身体に届く前に黄金甲虫人が動いた。
来る!!
甲虫人の姿が消えた。
それに合わせて、ミクリが非常にゆったりとした動きで槍を斜め上から下に、するっと振ったのだ。
かろうじて加速が間に合った俺でも、ハッキリと見えないほど高速な勝負だった。
振り下ろした槍の先に黄金甲虫人の姿があった。
槍で横向きで地面に張り付けにされている。
斜めから走った槍は、高速で突進する黄金甲虫人の横腹を刺し、速度を殺しながら右横腹から左横腹まで貫通させ、横向けの状態で射抜かれていた。
あれほど加速した巨大な物体を、驚くほど滑らかに地面に縫いつけたのだ。
どれほど実力差があればこんなことが可能なのか。
ミクリはすたすたと張り付けの黄金甲虫人に近づくと、丸出しの腹のダンジョンコアに触れる。
甲虫人は気絶しているのか死んでいるのか、まったく動かない。
コアに触りながら、ミクリは振り返る。俺たちを見て、悪戯っ子のような悪い笑みを浮かべたのだ。
「アーサー行くよーーー!」
ミクリが叫ぶと、ダンジョンコアに黄金甲虫人の身体がにょんっと吸い込まれた。
いや、それだけでは終わらない。
広場の土が、ドーム型の天井を覆う木々が、壁が、全てがコアに向かって収縮を始める。
俺たちが通ってきた道が後ろから迫り、俺たちを追い越してコアに吸い込まれる。
殺してきた甲虫人たちの死体も背後から高速で飛んできては、どんどん吸い込まれていくのだ。
俺たち三人は目で驚きを伝え合う。
景色は縮んでゆき、気がつけば銀の膜をくぐった巨木の中に立っていた。
銀膜は無くなり、その向こうにはただの木の洞窟が広がっている。
ミクリの手に巨大なダンジョンコアだけが残っていた。
珠の中を様々な色の光がくるくると回っている。
「ほらアーサーすごいでしょ」
微笑むミクリは華奢な身体にぽっこりと膨らんだお腹を抱えていて、愛おしかった。
ミクリに聞くと、このダンジョンで使っていたエネルギーをコアに戻したらしい。
そう言いながら手の中のダンジョンコアから魔力を吸い上げていく。
カラフルな魔力の光がミクリの身体に吸収されていく。
魔力が空になったダンジョンコアは最後はシャボン玉が割れるようにぱんっと消えたのだった。
「これでダンジョンコアのエネルギー回収はおしまいよ」
確かに、これはミクリにしかできない。
俺たちは巨木から素知らぬ顔で出ると、警備の兵士たちに、ありがとうなーと声をかけて、すぐ次のダンジョンに向かったのだった。
バレて面倒なことになる前に1件でも多くのダンジョンを潰すためだった。
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