第28話 再会

ダンジョンから出るのは久しぶりだった。

膜を潜る前に、俺の足は止まってしまった。

眼の前にあるものに気付き嫌な予感がしたのだ。


膜の前は広場のようになっていて、その端に一つのテントが張ってある。

軍の見張りかと思ったが、テントの横に日干しされている鎧に見覚えがあったのだ。


真上に上がる春の陽気にきんきらと輝くその鎧は、すけすけのチェーンメイルだった。

もの凄く嫌な予感がする。


膜を静かに潜り、テントの方に気を遣いながら、軍が駐屯する方向へ移動を始める。

広場を抜け、踏み鳴らされた道を歩いていると正面から来た男二人組とばったりと出会ってしまった。


「やっと出てきたかアーサーくん」

「ずっと待ってたんだぞアーサー」

パウロとマラコイの二人だった。


パウロは胸元が無駄にはだけた白シャツで、マラコイは上半身裸に黒い革のズボン姿だった。

二人に引きづられるように俺のダンジョン前にあったテントまで連れてこられる。


「なにしてんだよ、二人とも」

「アーサーくんにお願いがあるんだよ」

パウロはそう言いながらジャラジャラと硬貨が入った袋を出した。


「お金ならあるんだ、アーサーくんの村に俺たちも住めないかなって」

んんーーー???状況がよくわからないなあ。

パウロにもっと説明しろ、と要求するとこんな話だった。


二人は首都で冒険者結社を立ち上げようと奮闘するも許可が下りなかったらしい。

結社の賃貸物件も貸し渋りをされ、結社の許認可も下りない。

その原因は二人が恋人同士だったからだった。

男同士の恋愛は差別され、関係を隠さないパウロとマラコイに物件を貸してくれる人なぞいなかったそうだ。


「恋人なのを隠せば良かったのに」

「俺たちは隠してたんだが何故かどこにいってもバレるんだよ」

というマラコイに、お前の鎧のせいだよばか、という感想しか浮かばなかった。


仕方がなく、軍が公募するダンジョン攻略に冒険者として応募し、この森に来たらしい。


「公募の書類を見たときに、これってアーサーくん達が向かった場所じゃないかなーって心配になったのも理由なんだけどね」

そういうパウロはちょっと格好良かった。


そして森についたものの俺たちはいなかったが、森の中を通る一本道をみて俺の仕業だとわかっていたそうで、探ってみると謎の不可侵な場所があると聞いてピンときたらしい。

そんな変なことをやるのは俺だろう、と。


2ヶ月前くらいからあの広場から軍に通う生活をしていて、本来なら軍の規律上は別行動は禁止されているがなぜか特別に許可が下りたらしい。どうせ毎晩ピンクの光をぴかぴかさせてたことは想像に難くなかった。


「ゲイは肩身が狭いんだよ」

とマラコイは笑う。

アーサーたちは誰も俺たちを差別したら笑ったりしなかったから、パウロが呟く。


「わかったよ、俺のダンジョンに入れてやるよ」

仕方なくだぞお前ら、いや、まじで。


かわりに軍の状況とか、ダンジョンの攻略具合など聞いてみる。


そもそも軍はダンジョンを攻略する気がないらしい。

甲虫人の外殻は通常は人間の爪のようなものだが、ここの甲虫人は外殻を固くするために地中の金属を食べて、それを外殻にしているんだそうだ。


「ほら、お前も持ってただろ、黒い金属の延べ棒、アダマンタイトがそれだ」

ああ、すっかり忘れてた。

あったね、そんな金属。

最近は何かあればミクリを呼んで魔力で作ってたから忘れてた。


甲虫人の外殻はアダマンタイトの含有量が高く、鋳造すると簡単にアダマンタイトが採れるという。

なので軍としてはダンジョンボスは殺さず、甲虫人の目標獲得数を設定して個体数を管理しているそうである。


いまや近隣のダンジョンはすべて軍に抑えられ、出入り口にも歩哨が立ち、人の出入りはもちろん、甲虫人が勝手に飛び出さないよう管理しているらしい。

そして、軍は簡易テントでなく、森の開発に着手し、いまは村作りが始まったという。

炭鉱を中心に町が出来ていくように、ここではダンジョンを中心に村が出来始めている。


軍がさっさとダンジョンを攻略すれば帰っていくと思っていた俺には計算外だった。


現在、軍が管理しているダンジョンは全部で18個だそうだ。

もしダンジョンが無くなれば軍がここにいる理由も消えるだろう。

ものすごく気が進まないが、俺がやるしかなさげである。


はぁ。めんどくさいわぁ。

俺のダンジョンに戻りミクリに会って、外のパウロとマラコイをダンジョンに入れて貰う。

あと、この辺りのダンジョン全部潰してくるわ、と言うと妊婦のくせに私も行きたいと言い出した。


最近のミクリはもうセーラー服は卒業している。妊娠八ヶ月目でお腹も大きくなっていて、ダボッとしたワンピースをよく着ている。


「ねぇアーサー、妊婦だからってのはわかるんだけど、私も一緒に行かないとダンジョン潰してもまた再生するよ?」

そう、俺のダンジョンも潰したダンジョンの再生品だった。

だが通常は失った魔力の回復に数百年ペースでかかるところを、俺が無理やり魔力を注いで復活させた、とミクリは言う。


「だからダンジョンが再生するのは何百年か後だけど、私が一緒に行ってコアを吸収したらもう復活しないよ、

あと他のダンジョンのエネルギー吸収したらアーサーのダンジョンもっと強くなるし」


うーん、じゃあまずは一箇所だけ一緒に行ってみるか、ということになった。

ミクリの安全を最優先で危なそうなら即撤退する。


パウロとマラコイをダンジョンに入れて案内する。ミクリを紹介するとあまり興味がない顔で自己紹介をしていた。俺の嫁さんなのに。遠回しにノンケアピールも兼ねていたのに。


そして二人はガラス張りで端が見えない巨大な建物を見て口をあんぐりと開けていた。

こいつらはピュアなエルフたちに悪い影響を与えそうなので、エルフと出会いにくい反対側に連れて行く。

適当な場所で部屋を繋げて部屋を作ってやる。巨大なリビングにプライベートを確保できるベッドルームを二つだ。

おおっとマラコイよ、ベッドルームは二つだ。一つじゃない。人間が二人なら、ベッドルームは二ついるんだ。


最後に部屋の壁を通常の三倍分厚くして、遮光性の高いカーテンを窓につけ、玄関のドアは雪国の家みたいに二重にした。

絶対に中の音が漏れ出てきて欲しくない。俺の希望がこもっている。


二人に、俺とミクリはダンジョン攻略してくるから、と伝えると自分たちも連れて行ってくれと言い出した。

こいつら弱くはないけど、たいして強くもないのだ。


うーん、と悩んでいるとミクリが一緒に行ったらいいよ、と勝手に言って決まってしまった。

パウロたちは準備の時間が欲しいというので明日の朝に出発することにする。

俺とミクリなら今日行けたのに。

わざとらしく舌打ちをするとパウロが、拾った魔石は四等分するから許してと甘えた声を出しながらしなだれかかってくる。

するっとマラコイと入れ替わりあとはお任せする。

ミクリの手を繋いで俺たちの部屋に戻った。

俺とミクリは夫婦になったのだ。

いつのまにか。

なし崩し的に。


ミクリの膨らんだ腹を抱えさすりながら眠ることにしたのだった。

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