第26話 勇者とは
本気で走るのは久しぶりだった。
土の地面では足の力をすべて支えてくれず何度か地面を掘り抜いて転んでしまった。
落ち葉まみれになりながら村にたどり着くと、燃える村とハーフ達の遺骨だけが残されていた。
俺は火魔法を燃える家々の上に上書きして炎を操ると消火してゆく。
燃える家を抜けた先にある広場に村の男たちと、きらびやかな装備の一団がいた。中でも一番きらやかな鎧を着た男が一列に並んだ村人の男たちの首を切断している。
「お前たちがっ、淫魔との子を為すという外道なことさえしなければ!こんな事にはならなかった!」
偉そうに言いながら男は剣を振りかぶる。
とにかく村人を助けないと。足に力を込め【加速】【加速】と重ねて当てると走り出す。ぎゅんぎゅんっと世界が緩やかに動き出す。
泣く男に遠距離から脳内ファイヤーをお見舞いする。男は振り上げた剣とともに額から血塗れの地面に突っ込んで倒れた。
「リュウスケ!?」「攻撃されたぞ」「どこからだ!」
リュウスケと叫んだのは女で、若く巨乳で美人だった。女はリュウスケの身体に触れて【治癒】と叫ぶ。体が白く光ると脳と脊髄が繋がったようで、ごほごほとむせながらリュウスケは身体を起こす。
俺は加速の効果そのままにリュウスケたち一団の中に踏み込むと、まず回復魔法を使った女の頭に拳を打つ。右こめかみに当てた拳は音速を超えている。久しぶりの実戦で使う海老拳だった。
当てた拳は振り抜かなかった。海老人と違って人体はもろい。当てた衝撃だけで脳内をシェイクできる。おそらく脳みそが頭蓋骨の中で跳ね回り崩れた豆腐のようになっている。
女は白目を向いて崩れ落ちる。
殺した女の他にリュウスケの仲間があと三人いる。
走って距離を取ろうとしている弓の女。巨大な鉄の棒で俺に突きを放とうとしている巨漢。手に魔力をためて何かしらの攻撃魔法を撃ちそうな女だった。
全員の脳に炎を出現させる。左手の人差し指をかざすと、青い指輪に魔力を流す。いつもの省エネではなく、容赦なく焼き切るために炎を出す。
頭蓋骨の中すべてを炎で包むように出現させると三人の顔中の穴から炎が吹き出す。両目から鼻から口から。ごうっと燃えた炎は皮膚に黒い焦げ跡を残す。全員が顔面から崩れ落ちた。即死である。
リュウスケは起き上がった後、俺を見てニヤニヤしていた。俺を指差し、仲間たちに合図を送りすでに勝った気でいたようだ。甘い男である。
四人の仲間が即死したことで、ようやく立場が逆転したことに気付いたのか、仲間を見捨てて逃げようとする。
今度は炎を抑えて脳と脊髄の繋ぎ目だけを焼き切ると、リュウスケはまた額から地面に倒れ込むのだった。
仰向けにして喋れるようにだけイメージして回復してやる。
息もできるようになったようで、はふはふと荒く呼吸をしながら目だけ左右に激しく動かしている。
あたりを見回す。
村の広場に男たちの死体が山積みされていた。
生きているのは十人ほどだろうか。
残りの男たちは首を切断され、折り重ねた死体が山となっている。最後には火をつけて燃やすつもりだったんだろう。
淫魔やハーフ達の生き残りはゼロである。
「おい、バラバとおいちゃんはどこだ?生きてるか?!」
遠くの生き残りたちに声をかける。
男たちは小さく首を横に振る。
ひとりが手を上げた指の先を見ると襲撃者たちの荷物があり、その中においちゃんの首が入っていた。おそらくおいちゃんは魔より人に近かったのだ。溶けずに残った首はやはり美しかった。
リュウスケと呼ばれていた男の頭をつま先で蹴る。
「おい、俺がアーサーだ。俺が魔王だと誰が言ったんだ?」
「ひっ!」
「俺たちがやりたくてやった訳じゃないんだ。魔法省の懲罰作戦なんだ。村から逃亡した上に、モンスターと子供を作っていると報告があったんだ」
魔法省だって。聞き覚えがあるぞ。確かペニンナに売られた先にいた男。思い出した。何とかマン・ピルトダウンと言っていた。
顎を吹き飛ばしたことを恨んでいるのだろうか。治してやったのに。
あの後、俺の後をつけていたのは間違いなさそうである。
「あの荷物にある生首はなんの真似だ?」
「め、珍しい魔物の首は高額で売れるんだ。戦利報酬なんだ」
はぁあ。ため息しかでない。
何が戦利報酬だ、このアホが。
生きた美しいおいちゃんを殺してなんの価値があるというのだろう。
「俺は勇者だぞ!勇者リュウスケだ!俺を殺すと大変なことになるぞ。いまなら、今ならお前たちに危害がいかないよう抑える。約束する。勇者にはそれだけの力があるんだ」
見開いた目であわあわとつまらない事をしゃべる男である。
ふと疑問に思う。
「なあ、勇者ってなんだ?」
俺とてピルトダウンに勇者認定された男である。
だが何ら恩恵を受けていない気がする。なんせ奴隷生まれだし。
リュウスケは口の端から泡を出しながら話し出す。
「勇者は勇者だ!俺はお前たちなんて想像がつかない発展した世界からこの世界を救うために来たんだ!人類の平和こそ勇者の使命だ!」
俺は口の端から噴き出す泡を見ていた。人の口から泡が出ていると妙に不安な気持ちになる。正気ではない証のようなものである。
この男を生かしたとしてろくなことはしないだろう。
殺そう、と決意したときにリュウスケが口を開く。
「俺たちは先遣隊だ、この後で軍が進軍している。お、お前たちが目的じゃないんだ。お前たちが見つけた甲虫人、あれは金になる」
ほほう。そこんとこもっと詳しく。足で突くと説明が続いた。
どうやらピルトダウンは俺がどこに行くか追跡させていたらしい。
俺たちが辿り着いたこの未開の地にいた甲虫人の外殻は高値で取引されるそうで、軍は一年の準備をしていま進軍してきているそうである。その数、五千人。一旅団というところである。
ピルトダウンの野郎、自分の失態を誤魔化すために俺を悪役にしやがったな。
目の前に横たわる男の顔を見る。怯えきった表情で涙を流している。
遠くにおいちゃんのデスマスクが見える。
青白い顔に紫の髪が美しい。死してなお美しいよおいちゃん。
俺は勇者リュウスケを放置して生き残りの村人を集める。
勇者一団の荷物を回収して、村の男たちにも生活用品などを回収させる。ほとんど燃えてしまい、あまり回収できなかった。
村人たちは俺のダンジョンに連れて行く事にする。
男たちを急かして村から脱出させる。
俺は最後尾にいて、生き残りがいないか確認する。
村は無人だった。
魔力を開放して村ごと包み込む。
高温の炎はおいちゃんの首を、見つけられなかったバラバの身体を、多くの村人たちを灰にする。ついでに勇者リュウスケも燃やしてくれることだろう。
生き残りの男たちも振り返り、祈りを捧げている。
ごうごうと魔力を注ぎ込み炎をしばらく燃やすと、火を鎮める。
黒い焼け跡だけが残る村の跡地であった。
向かう先にある銀のドーム。
ここは守らなければ。俺の居場所である。
男たちと一緒に俺は無言で歩くのだった。
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