第2話 ゴブリン

ガチャガチャという金属の音がかすかに聞こえて来て目が覚めた。

滝の水音にまぎれているが誰かが滝壺にいるようである。


寝床の窪みから顔を出して様子をうかがう。

三人の小さな男がいた。

黒っぽい緑の肌で身長は140センチぐらいだろうか。

鉄の鎧のようなものを着て、手には錆びた幅広の剣を持っている。

三人とも異様に筋肉が発達していて全身が筋肉でパンパンである。


(マッチョすぎるやろ、首が頭より太いやんけ)

俺はこいつらを筋肉ダルマと呼ぶことにして観察を続ける。

三人は剣の練習をしているようで、二体一になったり一対一でガインッガインと剣を打ち合わせている。


しばらくすると森の中から四人の筋肉ダルマがやって来た。

その中の二人は肩に気絶した女性を抱えている。

一人はひらひらの派手な服で、もうひとりは鎧を着ていた。

筋肉ダルマたちは一人を滝壺に残して滝の裏に消えていく。

どうやら滝の裏に住処があるようだった。


滝壺に残った一人は剣を素振りしたり川の水を飲んだりしていたが眠くなったようで、川沿いの大きな岩の上に横になると剣を横に置いて腕枕をして寝始めた。


さっき連れて行かれた女性が気になる。

助けに行くべきだろうか。

そもそもこの筋肉ダルマがめっちゃ強そうである。

勝てるかもわからないし、助けたところで自分は逃亡中の奴隷な上に何の知識もない。


なんといっても手持ちの武器がないのである。

あの昼寝中の筋肉ダルマが持っている剣を今なら盗めそうである。

錆びているが剣には変わりはない。


(よし、盗むか)

腹をくくると、川下に回り込んで下流からそっと近づく。

他の筋肉ダルマを警戒しながら進むからなかなか近づけなくて焦れる。


(めちゃくちゃドキドキするぞ)

筋肉ダルマが寝ている石の横にたどり着く。

呼吸する背中が見えるが、やはり筋肉がすごい。


目の前にある剣に手を伸ばして掴むと、そーっと持ち上げる。

しっかりとした重量はあるが、坑道で鍛えられた俺の身体なら余裕で使えそうだ。


さっさと逃げようと剣を下ろしたところで、筋肉ダルマがいつの間にか寝たまま頭だけこちらに振り向いている。

大きな目に比べて極端に小さな瞳孔とばっちり目が合う。

筋肉ダルマは跳ね起きて岩から飛び降りた。


「いや、すんません、ちょっと触ってみたくて…」

まあ適当な言い訳である。


筋肉ダルマさんは血走った目で口の端に泡を溜めながら何か声は出しているが、何を言ってるのかまったくわからない。


走って逃げようとしたら腰にタックルをされる。

ゴロゴロと二人で転がり右手の剣を取り返そうと必死な筋肉ダルマを突き飛ばすようにして離れた。

筋肉ダルマの右手首がなくなっている。

転がった時に切り落としてしまったようだ。


筋肉ダルマの怒りは絶頂に来ているようで、全身の筋肉ををバネにして飛び込んでくる。

俺より少し小さいが全身ムキムキの筋肉の塊である。


かなりのスピードに驚いて俺も剣を振り下ろす。

思ったより手に馴染みヒュンと軽く振れたのだ。

その剣先は筋肉ダルマの頭に吸い込まれるように当たり、そのまま頭部をバカっと両断してしまった。

予想より遥かに軽い手応えだった。


(いや、盗むだけで殺す気はなかったのに。なんかまじごめん)

いたたまれない気持ちになるが、殺さないと殺されていただろうし、正当防衛である。


せめて埋めるべきか悩んでいると、滝の裏から二匹の筋肉ダルマがすごいスピードで走ってきた。

逃げる間もなく、走ってきた筋肉ダルマが振り下ろす剣を転がって避ける。

仲間を殺した復讐に殺気びんびんである。


二体に殺気と剣を向けられてこっちも必死である。

交互に剣で斬りつけてくる筋肉ダルマたち。

力任せにブンブンと振り回される剣を必死で受けるが、一撃受けるたびに手が痺れてくる。


どこを狙えばいいのかわからない。

当てやすそうな剣を握る指を狙って剣を振る。

しゅびっといい音がして、筋肉ダルマの指というか、思ったより斬れてしまって右腕の肘から先が落ちた。


驚く筋肉ダルマの横から、もう一人が突きをかましてくる。

剣の横腹で弾いて、また指を狙って剣を振る。

自分でも嫌らしい攻撃だと思うけど成功である。

こちらは指だけを切り落とすことができ、筋肉ダルマは剣を落とした。


(大チャンスだ!)

剣を後ろにスイングさせて大ぶりに横から剣を振る。

ざんっと左腕を切り落とした剣は、勢いよく胴の鎧にまで食い込む。

筋肉ダルマは倒れてぎゃうぎゃう騒いでいる。

食い込んだ剣を抜く間もなく、手を離してしまった俺は武器がなくなってしまった。


最初の一撃で右腕の肘先がなくなったもう一体が、残った手に剣を持って俺と対峙する。

胴に剣が刺さったままの一体は徐々に静かになっていく。


対峙している筋肉ダルマの右手からは、どくどくと緑の体液が出続けている。

(これ、このまま出血させればこいつも死ぬんじゃないの?)


足元に落ちている剣を拾う振りをする。

筋肉ダルマは拾う振りをする俺に、絶対に拾わせないぞと頑張って動き回る。

その度に腕から緑の血が吹き出し、筋肉ダルマは意識が飛びかけている。


何回か拾うフリをしていたら、ちょこちょこ白目を向くようになった。

さらに同じ動きを数回したところで、白目を向く時間が長くなって膝をつき、地面に正面から倒れ落ちた。


思いがけず三人も殺してしまった。

でも明らかに人間ではなかったからモンスターなんだろうと思う。

たぶん。

そうであってほしい。


筋肉ダルマの装備は持ち物で使えそうなものは頂くことにする。

脱がした鎧は腐臭がするので川でじゃぶじゃぶと洗って干した。

腰のベルトにくくりつけたポーチから干した木の実が出てきたので口に放り込む。

酸っぱいが食べられそうである。

腹が減っていたので食べながら作業を続けた。


乾いた鎧を身につけると少し丈が短いが着ることができた。

腰にはポーチと剣を二本挿す。

死体を森の中に動かしたが地面を掘るのが面倒でそのまま放置した。

どうか安らかに自然に還ってほしい。


筋肉ダルマの巣がある滝の裏に行くかどうか。

(さっきの女性を助けられるといいんだが。)

三人の筋肉ダルマに傷つけられることなく勝てたことで、少し気が大きくなっている。


(まあ巣に入ってみて無理そうなら全力で逃げよう)

坑道内での逃げ足には自信がある。


勝った勢いのまま俺は滝の裏に入っていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る