『またね』
いとり
娘はすくすくと育ってます。
私は煙草に火をつけ、一服しながら彼女の前で彼女を待つ。
「待たせちゃったかな?」
「ちょっとな」
「へへ、ごめんね。ちょっと手続きに手間取っちゃって」
「手続きって何だよ」
「向こうでは色々あるんだよ」
「そうか」
「ちょっと痩せた? ちゃんと食べてる?」
「腹は順調に育ってるよ」
「またお酒ばっかり呑んでるんでしょ」
「……」
「あの子は元気?」
「ああ」
「—―良かった」
彼女は安心した様に笑う。
「この前、目玉焼きを作ってくれたよ」
「え! ほんと??」
「ああ」
「火傷とかしなかった?? ちゃんと出来た??」
「ちゃんとそばにいたよ。味はとても香ばしかったが」
「そっか。もう立派なお姉さんだ」
「ああ。ちゃんとあの子なりに育ってくれてる」
「良かった。安心した」
「上から見てたんじゃないのか?」
「見るための望遠鏡、予約でいっぱいだからなかなか順番が廻ってこないの」
「そんなシステムなのか」
「そうなんでよ!」
「ちょっと待ってろ」
「なになに?」
「ほらこれ」
私は、彼女にスマホの写真を見せる。
「あ! あっちゃんだ」
「3歳の誕生日」
「こんなに大きくなったんだ」
「? 泣いてるのか?」
「えへへ」
彼女は照れた様子で、涙をゴシゴシと袖で拭った。
抱きしめてやれればいいのだが、それは出来ない。
「—―ごめんな」
「え? 何が?」
「いや。何でも」
「ねえ! 他には無いの??」
「他には……」
スマホを横にスライドさせていると
「あ! パパの寝顔だ」
「いつの間にこんな写真撮ってたんだ」
「あっちゃんスマホも使えるようになったのかあ」
「どうやらそうみたいだな」
「ああ、私の知っている小さなあっちゃんはもう、いないんだね」
「そうかもな。近くにいる僕でも、気づかない間に大きくなってる」
「うれしいけど、ちょっぴりさみしい気持ちもあるかな」
「敦子も――いつか嫁にいくのかな」
「どうしたの急に? 自分の元からいなくなるのがさみしいのかなかな?」
「……あの想いは、一回だけで十分だ」
「……そうだね。ごめん」
「謝ったって許さない」
「えーー。でも、ほんとに、ごめんね」
「3度目の謝罪でも許さん」
「ぶーーー」
「—―直接、目の前で誤ったら、許す」
「それはダメ! 今度はあっちゃんが、さみしくなっちゃうから」
「……そうだな」
「君は、ゆっくりおいで」
「—―うん」
「そういえば、あっちゃんは今どうしてるの?」
「ああ、長い執り行いに疲れて、お義父さんと先に家に帰ったよ」
「そっか。会いたかったけど、会っちゃうと逆にさみしくなっちゃうかもしれないね」
「もう少し、大人になったら、ここにも連れて来る」
「うん。私、泣かないでいられるかな」
「スマホで泣くくらいだからな。きっと大泣きだな」
「ふんだ。自分もたまに私の前に参った時にこっそり泣いているの知ってんだからね」
「な! さっき望遠鏡がどうたらって、見れないとか言ってじゃないか」
「へっへんだ」
自慢げに笑う彼女の姿が、だんだんと見えなくなってきた。
「そろそろか?」
「うん。時間が来たみたいだね」
「そうか」
「次は――七回の時かな?」
「そうだな」
「あっちゃんの事――よろしくね」
「ああ」
「じゃあ。またね」
「ああ。また」
『またね』 いとり @tobenaitori
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