魂唱のエウロギア

猫野和史

プロローグ 少女旅立つ 荷物に紛れ

 そこは森の中にあった。

 城門の外で馬は自身に繋げられている馬車と一緒に主人を呑気に待っていた。

 隠れるように、とまではいかないものの全容をぼかす程度には森の中に潜んでいる城門、それが囲んでいる都市の周囲ではそよ風が優しく木や葉同士を当て合い爽やかな音を流す。小鳥たちの囀りも聞いていて気持ちいい。無理やり切り拓いて住んでいるとは思えなかった。

 実際、馬の主人である人間もそのことを不思議がっていた。


 馬は口の中を動かしつつも若干微睡みつつある。もうすでに眠たくなりつつある時間が経っていた。

 すぐに用を済ませると言っておきながら中々戻ってこない主人達の不誠実さに苛立ち少し呆れ殆どを思うところもあったが、居住する領域以外の木々を刈り取らずあるがままの自然と共に暮らす都市の在り方が齎す漠然とした心地よさが馬を穏やかに待たせていた。

 内側で絶えずおきている轟音怒声とは対照的である。現地の住民の小競り合いに彼らは巻き込まれているのだろう。だがそんなことは待たされている身からすれば知ったことではない。


 それでももう少ししたら汚れた格好で戻ってくるはずだ。脱力した体たらくに、留守を怠けていたと知ったら溜まりこんでいるだろう怒りの感情はこちらに向くかもしれない。

 が、眠いものは仕方ない寝よう。


 叩き起こされるまでそんな閑静とした空気に溶け込もうとしていたその時、馬車が弱く揺れる。何事かと起き上がった時には既に馬車はしんとした様相を取り戻してしまっていた。 

 不意に起きた些細な出来事を怪訝に思っていたのも束の間、また馬車が揺れる。さっきとは異なり荒々しく暴れた。

 ゆっくりと立ち上がっていると、声が飛んでくる。余裕はない。

「おい、早く出せ!追ってくる前にできるだけここから離れるんだ!」

「……何やってる!叩かれたいのか!」

 そんな怒声に気圧されたのか、訳も分からぬまま馬は馬車を走らせる。

 未だ続く激しい音は遠くなっていった。





 揺れる馬車の荷物の一つの中に、少女はいた。

 箱の中は暗い。何も見えず、音もくぐもるからこそ、混乱した頭の中は徐々に整理されていった。


 少女はこれまでを振り返った。

 急いで入ったためよく把握できていない荷物に体を挟まれながら愛憎は甦る。

 両親の死をきっかけとして一から創られた都市に住むようになったこと。

 出来事に様々な感情をぶつけられるようになった頃から都市の人間から嫌われるようになったこと。

 そして今日、騎士と亜人の間で三つ巴の激しい争いが起き、どさくさに紛れる形であの都市を追い出されたこと。

 首を優しく撫でる。指に伝わる温もりが少しだけ熱い。


 それからこれからに思い馳せる。

 溢れ出す不安を避けるように体を丸める。

 どこへ連れていかれるのか。

 この箱が開けられるとき、どんな人に見つけられるのか。

 そして何のために自分は使われるのか。

 考えれば考えるほど湧き上がってくる、押し潰されるほどに暗い感情が思考を鈍らせ、体を重くする。

(もう、このまま気づかれたくない……)

 暗闇に誘われるように一時の眠りへと落ちていく少女を乗せて、馬車は道を進んでいく。




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