5-4.

 「この部屋だけ見ると、船の中じゃないみたいですよね」

春日原は、上着をハンガーに掛けながら感心していた。扉の鍵は最新式のオートロックで、鍵を持った人間がドアノブを回すと開く仕組みだった。まるで車のようだ。

「うん……。思ってたより、揺れないし」

今日明日は晴天の予報で、窓の外に広がる海は凪いでいた。

「それにしても歌ヶ江さん、今更ですが、本当に僕と同室で良かったんですか?」

普段よりも少々落ち着いた私服に速やかに着替え、春日原が訊ねた。


 さすが豪華客船というべきか、この船の部屋は元から全室がツインルーム以上だ。そして来られなくなった青山の知り合いは夫婦で参加予定だったため、一部屋しか取っていなかったらしい。別室を用意しようとした青山に対し、春日原が

「歌ヶ江さんが良ければ、僕は構いませんよ。オマケみたいなものですから」

と言うので、そのまま一部屋を使うことにしたのだった。


 「別に……。青山の負担も少ないほうがいいでしょ……」

俺も一張羅をハンガーに掛けながら、春日原の遠慮がちな質問に答える。

 髪色のせいかあまり喋らないせいか、「繊細そう」とか「気難しそう」だとか言われることがある。が、学生時代の修学旅行では、同室のクラスメイトたちが女子部屋に行ったことがバレて廊下に正座させられているのも知らずに、一人スヤスヤと寝ていたくらいだ。

 もっと言えば味坂と行った京都旅行など、宿代を浮かすために見知らぬ他人と同室のゲストハウスだった。ベッドは狭いわ布団は薄いわ他の宿泊者と意気投合した味坂が夜中までやかましいわで、あの時とこの豪華客船を比べるのは、同乗者を含めた全てにおいて失礼だが。

「なら、良かったです」

着替え終わった春日原は、ベッドの上をのそのそと移動しはじめた。寝床で足踏みする猫のようだ、などと考えていると、

「あ、ありました」

枕の下に手を突っ込み、封筒を取り出した。

「歌ヶ江さんも調べてみてください。多分そっちのベッドにもありますよ」

言われたとおりに枕の下を探ると、すぐに封筒に手が当たった。

「……これが『一休み』か……」

最初の指示にあった「一休みすれば道は開ける」とは、ベッドを探せということだったらしい。

「また暗号ですね」

早速封筒の中を見た春日原が、面白そうに笑った。

「……もう解けたんでしょ」

「これ一枚では、何とも」

差し出されたはがき大のカードには、四つの漢字と矢印の中心に四角が書かれていた。四つの漢字全てと熟語になる漢字を答えろ、という問題だ。

「僕のカードの答えは『室』ですが、室が付く部屋は、いくらでもありますから」

カードを見てから笑うまで、ほんの数秒だった気がする。

「歌ヶ江さんのカードは何でした?」

「……『号』かな」

少し考えてから答える。四角の周りにある漢字は、令、番、泣、信。号令、番号、号泣、信号というわけだ。

「ということは、きっと客室番号ですね。皆さんと合流しましょう」


*****


 彩菜嬢の部屋は、俺たちの部屋より上のデッキにあるジュニアスイートクラスの部屋だ。

「やっぱりそっちにもあったんだね」

道中、よそ行きの普段着といった雰囲気のワンピースとジャケット姿の花枝嬢と再会した。案の定、彼女もカードを持っていた。

「花枝さんのカードの答えは、数字でしたか?」

「うん。とは言え、まだどの部屋かはわからないんだけど。あくまでも、一人では解けないようになってるみたい」

見せられたカードには、ただの算数問題――に見せかけて、実は漢数字の画数を計算するクイズが書かれていた。

「4ですか。ということは、青山先生と彩菜さんは、きっとローマ字と数字ですね」

常ににこやかな春日原だが、どうやら考え事をする時だけ表情が消えることに、今し方気付いた。物理的に瞬きの間に解いた姿を見て、さすがの花枝嬢も少し引いていた。

「あれ、青山先生?」

彩菜嬢の部屋だと教えられた番号が刻まれた扉の前で、青山が首を傾げていた。

「どうしたの? 彩菜は?」

「それが、ノックしても返事がないんです」

「どうしたんだろ。疲れて寝ちゃってるとか?」

花枝嬢もノックするが、やはり反応はない。

「彩菜、いないの?」

ドアノブに手を掛けると、本来なら鍵の抵抗があるはずのドアはあっさりと口を開けた。

「え、開いちゃった」

驚きつつも、花枝嬢はそっと中を覗く。

「ちょっと見てくるから、ここで待ってて」

客室とは言え女性の部屋だ。俺たちは各々頷いて、入り口で待つことにした。

「どうしたんだろう……」

青山はそわそわと、心配そうに廊下をうろついている。春日原は、さりげなくドアを調べていた。

 ドアを開け閉めする音と、花枝嬢が彩菜嬢を呼ぶ声が数回した後、

「いないみたい。シャワーでも浴びてるのかと思ったんだけど」

腕組みをして戻ってきた。

「スマホも置きっぱなし」

その手にはラインストーンがあしらわれた上品なケースに入った、最新型のスマートフォンがあった。ランプが点滅しているのは、青山が電話をかけた不在着信の痕跡だろう。

「男性諸君も入って大丈夫だよ。青山くん、二人をきみの婚約者の部屋に入れてもいい?」

「はい……」

不安げに肩を落とす青山の背中を押す花枝嬢の後ろを、俺と春日原も顔を見合わせてから、静かに付いて行った。

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